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#年の差
水無月 京
836
鷹槻れん

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鷹槻れん

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#強引
一方羽衣子は、出掛けてしまった昴を恋しがり少しだけご機嫌ななめになっている希海をなだめながら一緒にお風呂へ入っていた。
「パパまだかなぁ……」
しょんぼりと肩を落とす希海に羽衣子は優しく微笑む。
「きっとすぐ帰ってくるよ。それまで良い子で待ってようね」
そう声を掛けながら髪を洗ってあげたり、お湯で遊んだりしているうちに希海の表情は少しずつ明るさを取り戻していき、お風呂を出る頃にはすっかりいつもの笑顔に戻っていた。
「希海くん、何して遊ぼっか?」
下着や服を着せて髪を乾かしたあと、リビングで水分補給を済ませた希海に羽衣子がそう声を掛けると、パッと瞳を輝かせる。
「えっとね、えほんよんでほしい!」
「絵本? それじゃあベッドで横になりながら読もうか?」
「えー、まだねるのはやいよ」
少し不満そうに頬を膨らませる希海を前に羽衣子はくすりと笑う。
「寝なくても大丈夫。でも、もしかしたら眠くなっちゃうかもしれないでしょ? だから、横になってようね」
「うん、わかった」
今日はパーティーの準備ではしゃぎ回り、昼寝もしていないと聞いていた羽衣子は希海は絵本を読んでいるうちにきっと眠ってしまうだろうと考えていたので、すんなり納得してくれた希海に安堵した。
希海が選んだ三冊の絵本を抱え、二人は並んでベッドへ横になる。
ページをめくるたび、羽衣子の穏やかで優しい声が寝室に静かに響いた。
羽衣子の読み聞かせはとても上手で、普段からリビングで読んでいると昴や乙哉や皐月までも自然と耳を傾けてしまう程。
そしてその柔らかな声音には不思議と心を落ち着かせる力があり、気が付けば大人たちまで眠気を誘われてしまうことも少なくない。
その”睡眠効果”は、やはりお昼寝をしていない希海には絶大だった。
一冊目の途中には瞳が次第にとろんと細まり、小さな欠伸を繰り返す。
そして読み終えた頃には規則正しい寝息を立てながらすっかり夢の中へ落ちていた。
「ふふ……おやすみ、希海くん」
羽衣子は愛おしそうに頭をそっと撫でて布団を肩まで掛け直し、穏やかな寝顔を確認すると起こさないよう静かにベッドを抜け出して音を立てないよう部屋を後にした。
部屋を出た羽衣子は様子を見に来たらしい乙哉と廊下で鉢合わせた。
「羽衣子ちゃん、希海は寝た?」
「はい。絵本を読んでる途中で眠っちゃいました」
「はは、羽衣子ちゃんの読み聞かせは効果抜群だからね」
「そんなことは……」
照れたように首を横へ振る羽衣子に乙哉は笑いながら続ける。
「いやいや、本当だって。俺や皐月は勿論、昴さんも言ってたし」
「え? 昴さんが?」
「うん。読み聞かせの声が心地良くて、聞いてると眠くなるって」
「そうなんですか? 初耳です」
「昴さん、そういうこと本人には言わないからね」
苦笑した乙哉はふっと表情を和らげた。
「それはそうと、今日は色々あって疲れたでしょ? 希海のことは俺が代わるから自室でゆっくり休みなよ」
「良いんですか?」
「勿論、そのつもりで来たんだから遠慮しないで」
「ありがとうございます。それじゃあお言葉に甘えますね。希海くんのこと、お願いします」
「了解~」
軽く手を振る乙哉に見送られた羽衣子は自室へ戻った。
部屋へ入るなり張り詰めていた糸が切れたようにベッドへ身を投げ出す。
一人になると、どうしても考えなくていいことまで考えてしまう。
だからこそ、希海と一緒に過ごしていた方が気が紛れると思っていた。
けれど、兄との別れは想像していた以上に胸へ重くのしかかっていて、『本当に、これで良かったのか』という思いがふいに頭に過ぎる。
それでも、自分で決めたことで今更後戻りはできないからこそ、この選択は間違っていなかったのだと自分に何度も言い聞かせる。
「……昴さんは、お兄ちゃんをどうすることにしたんだろう……」
静かな部屋に小さな独り言が零れた。
「別の組織に引き渡したのかな……それとも……」
そこまで口にしたところで羽衣子は言葉を飲み込み、羽衣子の頭の中には最悪の可能性が浮かんでいた。
――二度と会うことはない。
昴がそう言った意味を考えれば、どうしてもその結論へ辿り着いてしまう。
「……もう考えるのはやめよう……お兄ちゃんは……あの人と私はもう関係のない人なんだもん。どうなるかなんて考えても意味ないよね……」
そう口では言い聞かせても羽衣子の胸の奥に残る不安だけは消えてくれない。
ただ、それは兄と二度と会えなくなることへの悲しみではない。
羽衣子が本当に恐れているのは、その処遇を決める立場にいるのが昴だということだった。
昴が生きる世界は自分が想像しているよりもずっと厳しく非情な世界だからこそ、もし兄の最期を決めるという責任を昴自ら背負ってしまっているのだとしたら――。
「……そんなの、嫌だよ……」
掠れた声が漏れる。
「昴さんにはそんな選択、してほしくない……けど、立場的にも、無理なのかな……」
兄の行く末よりもその選択によって昴の心が傷ついてしまうことの方が今の羽衣子には何よりも怖く、早く帰ってきて欲しいと願うばかりだった。
コメント
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うわあ、この家族の空気感が本当に温かくて、胸がいっぱいになりました。羽衣子さんの読み聞かせで希海くんがスッと眠りにつくシーン、すごく優しい時間が流れていて。それでいて、一人になったあとの羽衣子さんの胸の内が切なくて……「昴さんにはそんな選択、してほしくない」っていう台詞、彼女の優しさがにじみ出てる。乙哉くんが「昴さんも眠くなるって言ってた」って教えてくれるのも、さりげなく家族の絆を感じさせてくれました。