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花瓶を片付け、鞄に荷物をまとめる。
教室を出れば、カチン、と冷たい音がその場に響いた。白いライラックのキーホルダーが床に落ちた音だった。
そのキーホルダーは淋しげな光を放ってただその場に留まるだけだった。まるで友情の終わりを示すかのような、そんな光。
私はキーホルダーを拾って、家へ止まること無く走っていく。雨の音はあまりにも五月蝿くて、泣き顔を隠すように顔に雨がぶつかる。
「ただいま」
びしょ濡れの私をみて母は風邪をひくからと風呂へ行くよう促した。雨でよかったと思った。泣いているのがバレにくいから。
それでも鼻や目は少し赤いから、顔を隠したまま風呂場に入る。身体を洗って湯船に浸かった時、私はボーっとして眠ってしまうような安心感と虚無感に包まれた。
今日のことを振り返る。
叶恵と凪が私のことを嫌いになった。頭の中でそれしか考えられなかった。風呂場で涙を拭うつもりだったのに、また涙が出てくる。水面に顔を付けて、涙が見えないようにする。もう見たくないから。
顔を上げると少しマシになったような気がした。家庭環境に少し問題がある叶恵。私は父も母も揃っていて至って普通なのは有り難い。だから、叶恵の方がよっぽど辛いはずと、そう言い聞かせた。片親とか関係なく、幸せになれることは知っている。でも今だけは、陰謀論でも何でもいいから少しでも自分が楽になる考え方をしたかった。
風呂から出て、そのままベッドに入った。
何も考えたくないから、すぐ眠りに入った。
次の日。憂鬱な足を引き摺って学校に行く。教室に入ると、凪や叶恵達が此方をみては、感じ悪くそっぽを向く。どこか笑っているように見えた。
移動教室。凪を含んだ女子達がトイレに行った時、やっと叶恵が一人になった。教室にはもう叶恵と私以外誰も居ない。私は駆け寄って、恐る恐る聞いた。
「叶恵。学校…どう?」
「紬、ごめん話しかけないで」
目を見ることもなく叶恵は教室を出ようとする。咄嗟に叶恵の手を掴んで、待ってと張り詰めた声で言った
「…何?」
冷たい優しい形のままの目を此方にむける。
「なんでそんな態度とるの」
震える声でそう言った。
「凪ちゃんから聞いたんだ。紬がいじめしてたってさ。」
「まって、そんなことしてな」
叶恵が言葉を遮って淡々と話す。
「紬が同じ中学の凪ちゃんと仲良くなって、過去の私の話を聞いて、花瓶を置いたり手紙を置いたって」
睨む様な目線に私は足が竦む。
叶恵がまた歩き出す。ぬるい風が吹いた。
「叶恵…?誤解だよ…まってよ…!ねぇ!」
泣き叫ぶような声でそう言っても叶恵は止まること無く、角を曲がって行ってしまった。
涙が乾いて顔に跡が出来ている。重い足を進め、移動教室へと向かった。叶恵の顔を見ないように、自分の席へと座った途端にチャイムが鳴り出した。
ひたすらに憂鬱な時間を過ごし、放課後になった。着替えて部活へと向かう。すると凪が私の方に駆け寄ってきた。
「紬、行くよ!」
私の右手を掴んで走り出そうとする凪を見ては何か虫唾が走った。考える間もなく、私は左手で凪を手の平で殴っていた。
右手を少し強く握った後に離した。赤くなった右頬を手で隠し、顔を少しずつ上げて此方を見つめる。私は焦りながらも苛ついた調子のまま凪に訊く。
「叶恵に何言ったの」
顔を見るのは怖かった。だから顔を俯けたまま訊いた。すると凪は少し目を細めたまま黙り込んだ。
暫くの沈黙の後、凪が口を開いた。
「ずっとあいつの事嫌いだったのに。紬があいつの味方になろうとするから、引き離したかったの。あいつとも縁切るし」
震えた様に感じる落ち着いた声でそう話す。
「嫌いって、それ」
私は対極的に、落ち着こうとした震える声になっていた。
「分かってるなら訊かないで!」
突然声を荒げた。声に驚いて体を少し竦めた。
息が荒くなった凪は、此方を見つめていた。少し涙目の様に見えたのが印象的だった。
「それじゃあ、私もう行くから」
そう言うと凪は走り去ってしまった。今考えてみれば、あの時の凪の心配の眼差しは叶恵の味方になるかどうかの心配だったのだとする、今頃気付いた。