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ゼンティとの結婚式を控えたリィラは、王妃になるために様々な教育を受ける日々であった。
口調や礼儀など淑女の嗜み、食事や社交のマナー。それに貴族の交流会、お茶会、晩餐会などにもゼンティと共に必ず出席する。
王子の記憶を持つゼンティは慣れた様子で余裕だが、一般人のリィラは疲れ果ててしまう。
「リィラちゃん、毒を吸いたいんだけど……」
「どうぞ、お好きなだけ、お召し上がりくださいませ」
「……リィラちゃん、口調がレンみたいになってるよ……」
ゼンティは本気で引いている。宿敵のレンティを連想してしまい、それだけで食欲が失せてしまう。
リィラは記憶喪失の設定なので、ある程度の世間知らずは許されるものの、貴族の生活には慣れない。
これなら家畜扱いされていたが自由に生活できたベスティア王国の方が楽だったかもしれない。
ゼンティは人目に付かない場所に外出さえしなければ、城で命を狙われる事はない。一見、平穏な暮らしに思えた。
昼下がりの休憩時間にリィラが一人で中庭を歩いていると、花壇の前に腰掛けて休憩している男性を見かけた。
それは以前にも会った、黒衣に黒い髪のドクターだった。
「あっ! リィラ様、お疲れ様です」
ドックは明るい笑顔でリィラに手を振る。リィラはもうすぐ王妃になるのに、友達に接するようなドックの態度は変わらない。
リィラはドックに近付いて立ち止まると、ドレスの裾をつまんで丁寧にお辞儀をする。すっかり貴族の挨拶のマナーが身に付いている。
「ドックさん、こんにちは。今日は珍しく地上にいるのね」
「あはは、そんなモグラみたいに言わないで下さいよ。僕だってお日様の下で休憩します」
暗い地下の研究室で孤独に働いている割には、ドックは明るい性格をしている。逆に笑顔ばかりで心が読めない怖さもある。
ドックは立ち上がると、ズボンの尻についた砂を払ってから再びリィラに笑顔を向ける。こうして見るとゼンティよりも身長が高い。
「お時間があるなら地下の研究室を見に来ませんか?」
「……私が見に行ってもいいの?」
「当然です。未来の王妃様に隠し事なんてしませんよ」
そうは言うが、未来の王であるゼンティには秘密にしていると思われる。どちらかと言えばドックはレンティ側の人間だ。
リィラを誘ったのは何か目的があるに違いない。そう思ったリィラは、誘われるままに城の裏口へと向かって歩き出す。
地下へと続く石の階段を下ると、施錠された扉をいくつも開けては閉めての繰り返しで通り抜けていく。
ここは元は地下牢であり、今は秘密の研究をする場所なので厳重に戸締まりをするのに適している。
「ここが研究室です。毒の研究、開発、製造を行っています」
薄暗い室内に実験台のような横長のテーブルが1つ。その上には試験管やらビーカーやら置かれていて理科の実験室のようだ。
周囲の棚には薬品の入った瓶が無数に並んでいる。そして、何かの白い粉が大量に入った大きなビニール袋が床に置かれていて、やけに目立つ。
何よりも、この部屋で毒を製造しているせいか、リィラは馴染み深く懐かしい匂いを感じた。毒物を扱う割には地下室は換気が悪い。
「ここって秘密の場所なのよね。どこまで質問して大丈夫?」
「何なりとどうぞ」
「何のために毒を開発しているの?」
リィラは最初から核心に迫った。これはゼンティから聞いた話の答え合わせでもある。
ドックが真実を語るかは分からないが、ゼンティの話の通りであれば、魔物を大量毒殺する目的だろう。
「その答えは私がお話しますわ」
どこからか聞こえてきた女性の声に驚いて、リィラは壁の方に向いて目を凝らす。
暗がりで見えなかったが、実験台の横の壁際に女性が立っていた。ずっと気配を消していたらしく、壁に背をつけて腕を組んでいる。
その女性がこちらに近付いてきた時に、リィラはそれが誰であるかを認識した。
「レンティさん……!?」
レンティはドックと同じく、医師が着る白衣を黒く染めた黒衣を纏っている。長いウェーブの銀髪も結んでいて、普段の華やかさはない。
まるで別人格のように、その表情や声色にも闇を感じる。ここでは王女ではなく研究者の顔をしている。
レンティはリィラの正面で足を止めて堂々と向かい合った。
「毒の開発の目的は『復讐』ですわ。両親を殺した魔物への仇討ちですわね」
(やっぱり……)
予想通りの答えなのでリィラは驚かない。しかし、このままではゼンティの仲間である魔物が再び毒殺されてしまう。
レンティにとっては、本来は魔物に殺された両親とアレンの仇討ちなのだろうが、アレンは生きていたので今は理由に含まれない。
どうするべきかとリィラが黙って思案していると、レンティは毒について語り続ける。
「毒を作るには毒が大量に必要なのですわ。毒を好む魔物だって大量摂取すれば逆に毒になりますもの」
それは言えるかもしれない。毒を好むゼンティだって、リィラの毒を摂取しすぎて依存症と禁断症状を起こしている。
しかし、なぜリィラに毒の製造方法まで説明するのだろうか。その意図を考えた時に、リィラは恐ろしい予感がした。
「研究の結果、人毒を高濃度にした毒が魔物に効果的だと分かりましたの。人毒とは、毒の種族の体内に流れる毒ですわ」
リィラはハッとして周囲を見回す。さっきから気になっていた、ビニール袋の中に詰められた大量の白い粉。これが何なのか……気付き始めてしまった。
リィラの視線に気付いたレンティは薄笑いを浮かべながらリィラを追い詰める。
「ポワゾンにはもう毒の種族はおりませんでしたので、骨から毒を製造する方法を研究中ですわ」
「ポワゾン……骨……!?」
リィラの震える口では、もう言葉を発する事さえ困難になっていた。それでもリィラは真実を確かめなくてはならない。
「レンティさんが、ポワゾンを……?」
「えぇ。あの里はすでに滅んで生存者はおりませんし、骨を回収した後は焼き払って消毒させましたわ」
(ちがう……私が、私がいたのに……)
リィラは、毒の里・ポワゾンのたった一人の住民。そして毒の種族の最後の生き残りでもある。
しかしリィラはゼンティによってベスティア王国に連れて行かれた後なので、里には誰もいなくなってしまった。
レンティは毒の原材料を得るために、ポワゾンの墓地を掘り返して遺骨を持ち帰った。さらにポワゾンを焼き払って消滅させた。
今、この場所に置かれている白い粉の正体……それはポワゾンの民の遺骨を粉砕して粉末状にしたものだった。
「なんで、そんな、ひどい……」
「有毒なまま放置したら領地にもできなくて利用価値がありませんもの。有毒な地を有益にしてさしあげましたのよ」
リィラは悲しみと憎しみが混じった感情が今にも弾け飛びそうで、それを必死に抑えるだけで精一杯だった。
……しかし、どんなに悲しくても憎くても、今は泣いてはいけない。泣けば紫色の涙で、毒の種族だとバレてしまう。
なぜ自分は、こんな非道な王女を守ろうとしたのだろうか。憎しみを叫びたいし、今すぐに殺してやりたいとさえ思う。
今なら、ゼンティの言う『復讐』が理解できる。こんなにも人を憎いと思った事などない。
しかし、この場所にリィラを連れてきた本当の目的。それを考えた時に、もう逃げ道を塞がれている事にも気付いた。