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いつの間にかレンティは手に短剣を握っていて、その刃をリィラに向けていた。
「ねぇ、リィラさん。記憶喪失との事ですので、あなたが毒の種族なのかを確かめさせてくださいませ」
「え……!?」
身の危険を感じたリィラは後ずさるが、レンティの瞳の狂気は本物だと見て分かる。
すでにドックに毒の種族だと見抜かれた事で、同じ研究者であるレンティにも見抜かれるのは当然の事だった。
「ご心配なく。少し傷付けて血の色を確かめるだけですわ」
リィラは首を横に振って後ろへ下がるが、何重にも施錠された扉の地下室では逃げ場などない。
傷付く事など怖くはない。だが毒の種族だと知られれば、それを利用される。魔物を大量に殺す手段として。
「協力して頂きたいのですわ。もし毒の種族であっても秘密にしますし、致死量の血は頂きませんのでご安心なさいませ」
骨からでは猛毒の製造は上手くいかず、レンティは何としててでも毒の種族の『血』を手に入れたい。
レンティの計画に反対するセンティは邪魔なだけ。レンティはリィラの秘密を握る事で協力させて味方につける魂胆で、つまり脅迫だった。
(いや……ゼンティ!!)
リィラは心でその名を叫ぶ。それは、ここでは決して口に出して叫ぶ事のできない名前。偽りの王子『センティ』ではなく、獣魔の王『ゼンティ』の名前なのだから。
その時、研究室の出入り口の扉が勢いよく開いて、その大きな音が地下室に響いた。
わざとらしく豪快に扉を開けたのは、リィラが心で叫んだ名の人物だった。
「へぇ……ここが研究室。陰湿だね」
ゼンティはいつもの笑顔で感心したように部屋を見回しながら呟いた。
リィラは驚きのあまり声が出ない。代わりにレンティが驚きに声を上げる。
「お兄様!? どうやって、ここに……!?」
「ん? 別に普通に入れたよ」
厳重な扉の施錠などゼンティにとっては問題ではなかった。彼は魔物、獣魔の王なのだから。
ゼンティはすでにレンティの計画も研究室の存在も知っている。だが今は何も手を下さずに問い詰めない。
……だが、リィラだけは守る。それがゼンティの行動理念だった。
「レン。変な行動は起こさない事だね。こんな研究はオススメしないよ」
「……! ただの趣味、ですわ……」
ゼンティは言葉に圧をこめて牽制している。ゼンティはリィラの肩を抱くと、そのまま部屋の外へと連れ出していく。
静まり返った研究室では、呆然と立ち尽くすレンティと、黙々と研究を続けるドックだけが取り残された。
地下室の階段を登って地上に出てもリィラは黙ったままだった。
だが、隣にゼンティがいる事と、明るい陽の下にいる事で緊張が解けて安心していく。
「ゼンティ……どうして気付いたの……?」
「あぁ、ヒメが教えてくれたよ。あの子は鼻がいいからね」
ヒメは常にリィラの行動を見ていた。地下室の存在も知っているし、匂いを辿ればリィラの居場所も分かる。
知らないところで、リィラはヒメにも守られているのだと実感して、心までが温かく満たされていく。
だが今は別の感情で涙が溢れ出そうになっていた。
「リィラちゃん。辛いけど、もう少し涙は我慢してね」
ゼンティが耳元で優しい小声で語りかけると、リィラの肩を抱いたままゆっくりと歩き出す。
無言のまま歩き続けてゼンティの自室へと一緒に入ると、リィラの緊張の糸が切れた。
リィラは衝動的にゼンティに抱きついて大声で泣いた。感情に乏しいリィラが号泣したのは初めてだった。
紫色の涙が床の絨毯に落ちて、降り注ぐ涙の染色により滲んだ模様を作り出す。
「……リィラちゃん、辛いよね。だから、まだ教えたくなかったんだ」
ゼンティはリィラを強く抱きしめながら、リィラの気が済むまで腕の中で全ての涙を受け止める。
リィラに獣魔の捕食を見せないのも、あえて全てを話さずにいるのも、全てはゼンティの優しさだった。
そしてゼンティが話さずにいるレンティの闇の全貌は、こんなものではない。リィラは今もまだ『復讐』の全てを知らない。
「もうすぐリィラちゃんの分まで復讐を果たすからね」
ゼンティの復讐の裏にある優しさに気付いたリィラは、自分はゼンティにもセンティにも守られている事にも気付いた。
(センティはあの日、私を守るためにポワゾンを探していたんだ……)
センティと出会った、あの日。
レンティの計画を知ったセンティは先回りをして、毒の里ポワゾンの唯一の生き残りであるリィラを逃して救おうとしていた。
その過程でセンティがリィラを愛したのも事実。だからこそ、リィラをアディール王国に迎えて自分の側で守ろうとした。
その全てを一人で実行していたところから、センティ王子には味方がいなかったのだろう。
だからこそ、両親が死んだ後もセンティは正式に王位を継ぐ事ができなかった。……周りが継がせなかったのだろう。
いや、センティの事だから、最初からレンティに王位を譲るつもりだったのかもしれない。
(センティも辛かったのね……)
リィラは、その時のセンティ王子を今のゼンティに重ねて、彼の頬に手を伸ばして触れる。
魔物とは思えないほどに美しい、偽りのスカイブルーの瞳に呑まれたいと素直に思う。
気付けば唇が自然と動き出して、今の願望を言葉で伝える。
「ゼンティ、お願い。抱いて……」
「いいよ。リィラちゃんの願いは叶える」
ゼンティはリィラの身体を抱き上げると、寝室まで運んでベッドの上に降ろした。
自分のシャツの前ボタンを外しながら、ゼンティはいつもの意地悪そうな笑顔で付け加える。
「今、すごくお腹空いてるからさ。優しくできないと思うけどね」
……優しかった時なんてあっただろうか。
ゼンティに抱かれながらも、リィラは悲しみに満ちた身も心も彼の熱で満たされていくのが心地よく感じた。
今思えば、もしセンティ王子が殺されずに人間のままで結ばれたとしても、リィラとは決して触れ合う事ができない。
体内に毒を持つリィラは人間にとって有毒。センティとはキスをする事も、交わる事も、子を成す事もできない。
皮肉にも、センティ王子が殺されて魔物のゼンティとなった今だからこそ、こうして唇も肌も重ねる事ができる。
まるでゼンティと結ばれる事が運命であるかのように。今は愛する獣魔に自分の毒を捧げて悦ばせたいとすら思う。
「……ゼンティ、愛してる」
「うん。リィラちゃん、愛してるよ」
今、偽りの愛が本物の愛に変わったのかもしれない。