テラーノベル
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支度を終えた二人は玄関で並び、いつものように自然と距離が近くなる。
すちは靴紐を結び終えたみことの頭に、ぽん、と優しく手を置いた。
寝癖の残る髪を軽く整えるように撫でながら、穏やかな声で言う。
「今日も頑張ってね。試験、最終日だよね?」
みことは少し緊張した表情で頷きながらも、その手の温もりに安心したように目を細める。
「……あのさ。試験終わったら、すちの大学に迎えに行っていい……?」
遠慮がちに上目遣いで見上げるその仕草に、すちは一瞬言葉を失いかける。
嬉しさが先に胸いっぱいに広がって、思わず口元が緩んだ。
「もちろん嬉しいよ …でもさ、ちゃんと俺のところにまっすぐ来るんだよ? 他の人について行かないでね?」
心配と独占欲がほんの少し混ざった声色だった。
みことは一瞬きょとんとしたあと、むっと頬を膨らませる。
「……なつ兄と同じこと言ってる……」
小さく拗ねた声でそう呟き、視線を逸らす。その様子があまりにも可愛くて、すちは思わず吹き出した。
「ごめんごめん。心配しすぎたね」
そう言って、もう一度みことの頭をやさしく撫でる。
そして自然な動作で一歩近づき、みことの額にそっと唇を触れさせた。
「ちゃんと待ってるから。試験、ファイト」
額に残った温もりに、みことは少し照れたように目を細める。
「……うん。行ってくる」
名残惜しそうに一度だけ振り返ってから、みことは玄関を出ていった。
午前の講義が終わり、大学のエントランスホールには人の出入りが増え始めていた。
大きなガラス窓から差し込む光の中、すちはベンチに腰掛け、ノートと参考書を広げて静かに自己学習をしていた。
普段なら講義が終わるとすぐに帰る彼の姿が、こんな時間まで残っているのが珍しかったのだろう。
通りがかった同級生たちが次々と声をかけてくる。
「え、奏今日残ってるの?珍しくない?」
「いつも直帰なのにどうしたの?」
すちはペンを持ったまま顔を上げ、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「ちょっとね」
それ以上は何も言わず、曖昧に笑ってごまかす。
みことが来ることは、なぜか言いたくなかった。
その中には、すちに好意を寄せている女子も混じっていた。
少し緊張した様子で、意を決したように口を開く。
「ね、みんなでお昼行かない? たまには一緒にどうかなって……」
視線が集まる中、すちは一瞬だけ迷ったあと、申し訳なさそうに首を傾げた。
「ごめんね。今日はちょっと……」
その穏やかな断り方に、女子は少し残念そうに笑って引き下がる。
――その瞬間だった。
エントランスの自動ドアが開き、外の光を背負って一人の姿が入ってくる。
見慣れたシルエット、少しきょろきょろと辺りを見渡す仕草。
みことだった。
すちはそれを視界に捉えた瞬間、反射的に立ち上がっていた。
参考書を閉じる間もなく、迷いなく駆け寄る。
「みこと」
呼びかける声には、自然と嬉しさが滲む。
みことは少し息を切らしながら、申し訳なさそうに笑った。
「遅くなってごめんね……」
「ううん、来てくれてありがとう」
すちはそう言って、安心したように微笑む。
その様子を見ていた同級生たちがざわつき始める。
「え、弟くんじゃん」
「前に見学来てくれた子だよね?」
興味津々で集まってくる中、さっきの女子が明るく声をかけた。
「ねえねえ、弟くんも一緒にお昼どうかな!?奢るよ!」
「学食おいしいよー!」
突然の誘いに、みことは一瞬戸惑ったように目を丸くする。
どう答えていいかわからず、無意識にすちの方を見る。
すちは少し考えるように視線を泳がせてから、みことに優しく問いかけた。
「どうする? 学食、一緒に行ってみる?」
みことは少しだけ迷ってから、小さな声でぽつりと答える。
「……すち兄と、食堂行ってみたい」
その言葉に、すちの表情がふっと柔らかくなる。
「そっか」
そして同級生たちに向き直り、丁寧に頭を下げた。
「ごめんね。そういうことだから、今日は一緒に食べないよ」
名残惜しそうな視線を背に受けながら、すちはみことの歩調に合わせて食堂へ向かった。
学食は昼時でほどよく賑わっていた。
すちは二人分の日替わり定食をトレーに乗せ、空いていた角の二人席へ運び、 並んで腰を下ろす。
「いただきます」
みことが一口食べた瞬間、ぱっと表情が明るくなった。
「……おいしい」
その声と、ほわっと緩む頬。
その小さな変化ひとつひとつが愛おしくて、すちは思わず微笑んでしまう。
「気に入ったならよかった」
みことは夢中で箸を進め、時々幸せそうに目を細める。
その様子を、少し離れた席から同級生たちが遠巻きに見守っていた。
普段は誰とでも穏やかに接するのに、特定の誰かと親密になることはほとんどないすち。
ましてや異性と二人きりになる場面など、意識的に避けている姿を皆知っている。
そんな彼が、みことにだけ見せる柔らかく甘い表情。
そのギャップに、密かに胸を高鳴らせる者も少なくなかった。
そのとき、みことの口元に小さくご飯粒がついているのに、すちは気づいた。
「みこと」
そっと指先を伸ばし、優しく拭い取る。
「え……?」
みことがきょとんとする間に、すちは自然な仕草でそのまま指を口元に運んだ。
「ついてた」
何気ない動作なのに、どこか親密で、温度のある距離感。
みことは少しだけ頬を赤らめ、小さく笑う。
「……ありがとう」
その様子を見て、すちはますます愛おしそうに目を細めるのだった。
食堂を出ると、昼下がりのキャンパスはさらに人が増えていて、あちこちから話し声や笑い声が聞こえてくる。
すちはトレーを返却し終えると、自然な流れでみことのすぐ隣に立った。
「人多いね」
みことはきょろきょろと周囲を見渡しながら、感心したように目を輝かせる。
その無防備な様子に、すちは無意識のうちに一歩、みこととの距離を詰めていた。
通路ですれ違った女子学生が、ちらりとみことを見て小声で話す。
「さっきの子かわいくない?」
「弟くんって言ってたよね」
そんな視線に気づいた瞬間、すちは反射的にみことの肩に手を置いた。
「こっち行こ」
特に理由も説明せず、ほんの少しだけ人の少ないルートへと誘導する。
みことはきょとんとしながらも、素直についてくる。
「そっちの方が近道なの?」
「うん、まあ……人少ないし」
実際にはそこまで変わらない道だが、 みことが人の視線にさらされないように、自分が外側に立つような位置取りをしていた。
みことはそんなすちの行動にまったく気づかず、のんびりとした声で話しかける。
「学食おいしかったね。すちと食べるともっとおいしい気がする」
「……それは、よかった」
心臓にじわっとくる言葉に、すちは少しだけ目を逸らす。
すると後ろから、さっきの同級生たちの声が聞こえてきた。
「すちー!」
「弟くん、また今度一緒に食べようねー!」
明るく手を振られ、みことも反射的に手を振り返そうとする。
「あ、うん……」
――その瞬間。
すちはみことの手首をやさしく包むように掴み、自然な動きで自分の方へ引き寄せた。
「今日はもう帰ろっか」
声はいつも通り穏やかで、表情も柔らかい。
けれど、みことを自分のすぐ横に収める仕草は、どこか迷いがなかった。
みことは少し驚きながらも、すちを見上げる。
「もう帰るの?」
「うん。俺、今日はみことと一緒にいられたらそれで満足」
そう言って微笑む。
同級生たちは一瞬きょとんとしつつも、「はーい、お邪魔しましたー」と笑って離れていった。
みことは何も疑問に思わず、にこっと微笑む。
「そっか。じゃあ一緒に帰ろ」
その言葉に、すちは胸の奥がじんわり温かくなる。
みことが他の誰かの視線に触れるのが、少しだけ落ち着かなくて。
自分のすぐ隣で、安心した顔で笑っていてほしくて。
みことはそんなすちの内心など知る由もなく、ほわほわとした表情で歩きながら、ふと思い出したように言う。
「ねえすち、さっきのご飯粒、ちょっと嬉しかった」
屈託なく笑うみことに、すちは思わず苦笑する。
「みことはほんと無防備すぎ」
「え?そうかなぁ」
首を傾げるその仕草すら、可愛くて仕方ない。
すちは自然と、みことの歩くスピードに合わせながら、また少しだけ距離を縮めるのだった。
玄関の扉が閉まった瞬間、外の冷たい空気が遮断され、家の中にほっとした静けさが広がる。
靴を脱ぎながら、みことは小さく息を吐いた。
「……ただいま」
「おかえり。それと、試験お疲れさま」
そう言って、すちは自然に腕を広げる。
みことは一瞬だけ照れたように視線を逸らしてから、すちの胸に飛び込むように抱きついた。
ぎゅっと抱きしめ合うと、互いの体温がじんわり伝わってくる。
長い一日を終えた安心感と、再び一緒にいられる嬉しさが重なって、胸の奥がふわりと温かくなった。
すちはみことの背中を優しく撫でながら、少しだけ身を屈める。
みことも自然と顔を上げ、視線が重なった。
――そっと、唇が触れる。
強く求め合うキスではなく、労いと安堵を込めた、柔らかいキス。
みことは目を閉じて、それを大切そうに受け止め、わずかに口元を緩めた。
唇が離れると、みことは少し照れたように笑う。
「……ねぇ、すち」
「ん?」
「明日から土日でしょ。家でゆっくりしたいなって思って」
「え、いいの? どこか出かけたいって言うかと思った」
すちは少し意外そうに目を瞬かせる。
みことは指先をもじもじと絡めながら、小さく視線を落とした。
そして、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、ぽつりとこぼす。
「……家でゆっくり……その……い、いちゃいちゃ……したい、な……」
言い終えた瞬間、耳まで赤く染まる。
その言葉に、すちは一瞬きょとんとしたあと、ふっと優しく笑った。
「……そんなの、最高じゃん」
そう言って、もう一度みことを抱き寄せる。
「試験も頑張ったし、いっぱい甘えてよ。俺も、みことと一緒にのんびりしたい」
胸に顔を埋めたみことは、安心したように小さく頷く。
「……うん」
特別な予定がなくても、ただ一緒に過ごす時間そのものが、何よりのご褒美になる――そんな週末を、二人は自然と楽しみにしていた。
コメント
2件
サイコーです、まじでみこちゃんかわええ
独占欲強めのすっちーが大好きなみこちゃん可愛すぎるって、!(天然かわええ……)存分にイチャコラしてくださいッッ!!!