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「カー…………」カラスの鳴き声が彼の眠りを覚まそうとする。


「ん~、うるせぇ……。もうちょい寝かせて……」


少し不機嫌に手で目覚まし時計を探すが、見つけられずに再び眠りに落ちていく。


そんな天を向いて爆睡する彼の顔に、白い液体が降り注ぐ。


「べちょ!」


左目の下に付いた液体に彼は驚き、体を起こす。


「なっ!なんだぁ!?」


彼は顔に付いた謎の液体を拭って、その正体に気付く。


「……カラス!またお前か!」


天に向かって彼が叫ぶと、大きなカラスは「カーカーカー」と鳴いて空に飛び立つ。


「くそ!いっつも悪戯しやがってよ……。まぁ、朝起きれたしいっか!」


そして彼は床から体を起こして、壁だった場所から外を見る。


「いやぁ、日光と風をそのまま感じられて気持ちいいなぁ……。うん、今日もなんか良い事ありそうな予感!」


壁の吹き飛び、外と部屋の区切りの無い一室で、希望に胸を膨らますこの男は、福永幸太《ふくながこうた》。25歳平社員。どこにでもいるパッとしない男。いわゆる陰キャである。普通はそんな主人公では小説など書けないが、彼にはある特徴があった。この物語はそんな、彼の一生を描く日常譚である。



ところで彼が、そんな珍妙な部屋で目を覚ますのは、数日前の出来事がきっかけだった。


数日前の朝。


いつも通り目を覚ました彼は、広いベッドの上をころころと転がりゆっくりと身を下ろして、のそのそと洗面台に向かい顔を洗う。適当にタオルで顔を拭き、歯ブラシを持って歯磨き粉を出そうとする……が、出ない。押すとチューブの先からわずかに顔を出すが、歯ブラシに付けようとするとすぐに引っ込んでしまう。これは非常にもどかしい。


「ぐぬぬ……でも大丈夫。こんな時は蓋を閉めてぶんぶん振り回すとまだ出るって知ってるもんね!」


そう言うと彼は歯磨き粉の蓋を閉めて、勢いよくぶんぶん振り回した。


三度ほど振った瞬間――「びしゃ!」


誰もが予想できる結末だ。恐る恐る足元を見る幸太。


「うわぁ、やっぱ中身出てる……ちゃんと蓋は閉めたはずなのになぁ」


床に飛び散った歯磨き粉を見て幸太は苦笑いをしていたが、あることに気づく。


「お、チューブからちょっと歯磨き粉出てるじゃん、ラッキー!床も掃除する理由が出来たしこれって一石二鳥ってやつか!」


そういって彼はノリノリで歯磨きを始めた。


確実に閉めたはずの歯磨き粉の蓋が外れて床が汚れた状況を見て、普通は自分の不運を嘆くだろう。だが彼は違う。彼は不運な状況でも常に前向きなのである。



そうこうしていると出勤時間ギリギリになり、焦って家を飛び出す幸太。現在午前8時35分。彼の家から会社までは自転車で約10分。何とか会社の出勤時間には間に合いそうだ。焦りつつも自転車のかごにカバンを乗せて彼は走り出した。


「二度寝したから、家を出るのがギリギリになっちまった。でもこれなら始業10分前には着きそうだな。15分前に着かないと部長にぐちぐち言われるけど、法律上は問題ないからな!」


確かにそれで仕事が出来るのなら問題はない。しかし幸太はいつも始業前にバタバタしているので15分前に出勤したほうがいいとも思う。

長い遮断機の前でボーとしていると、目の前を黒い影が横切った。


「うわっ、なんだぁ?」


影の通った先を見ると電柱の上で、額に白い羽が生えた大きなカラスが鳴いていた。口元を見ると何やら見覚えのある物をくわえている。


「俺の社員証じゃん!返せってば!カー!」


カラスはこちらを見て首を傾げて、動きを止めた。そして口から社員証を放してくれた。


「おっ、通じた!ありがとうな、カラス!」


感謝の言葉をカラスに伝えて、自転車から降りて落ちた社員証を取りに行く幸太。そんな幸太をカラスはジーと見つつ尾羽を縦に揺らしていた。そして幸太が社員証に手を伸ばした瞬間、ぴとっと言う音とともに手のひらが真っ白に。また、わかりやすい展開である。


「うわっ、糞を落としやがったな!いいやつだと思ったのに……」


カラスはそんな幸太の反応を見て喜んでいるかのように「カーカーカー」と鳴き声を上げていた。しかし何かを察知したかのようにピタッと止まり遠くを見つめると、再び幸太のほうを見て6回鳴くと慌ただしくバサバサっと飛び去って行った。


「なんなんだ、あのカラス……まぁ手は洗えばいいから問題ないか……スーツとかじゃなかっただけラッキーだね!でも鳴き声とかの意味を知ってたらもっとうまくコミュニケーション出来たのかな?どれどれ……カラスの鳴き声には回数によって意味が異なります?」


もっとカラスとコミュニケーションを取りたくなった彼は、スマホでカラスのことを調べだした。ちなみにカラスの鳴き声は1回するとあいさつ。3回だと満足したときや自分の位置を知らせるときなんだとか。幸太に糞を落とした時にカラスは3回鳴いていたので、つまりカラスは幸太にいたずらが出来て満足だったのだ。


そして6回鳴くときは逃げろの警告だったりする。

「へぇ~回数の意味を覚えたら結構コミュニケーションが出来そうだな。今度実践してみよ……って仕事のこと忘れてた!これじゃもう間に合わない……」


頭の中で口うるさく部長に怒られる想像をしながら彼の広角はだんだんと下がっていく。


「……これじゃ、部長の説教30分コース確定だ……部長、鼻息荒くなると「ピーピー」鳴り出すから笑いこらえるのしんどいんだよな……「福永君!ピィ~今回で同じミス2回目だよピィ~!どうして同じ失敗をしたか考えてみなさいピピィ~!」ってね、ははは……」


そんな成山《なりやま》部長のことを話す彼の脳裏には別の記憶が流れ出す。


「おい、謝罪をしろ。お前は俺を裏切った。使えないものはゴミだ」


――だめだ、思い出しちゃいけない……部長のピーピーを思い出すんだ……。


それでも忘れたい記憶は、幸太の意思に反して頭に雪崩のように流れ込む。


「あ……あ……」


途端に頭の中が重くなり、ぐるぐると渦を巻く。じわじわと頭に圧迫感のある痛みと鋭い痛みが走る。手の感覚も薄くなりだんだんと吐き気までやってきた。平衡感覚を失いたまらず地べたにへたり込む幸太。思い出したくもないのに嫌でも思い出してしまい症状は悪化していく。他の事を何も考えられず、だんだんと耳鳴りが始まる。耳鳴りはどんどん低く大きくなっていく。


しかしそれがいつもの耳鳴りでないことに気が付いた幸太が重たい頭を上げて天を仰いだ瞬間、耳鳴りは経験したことのない重低音に変わる。

目を開けると――そこには、一機の戦闘機の姿があった。


幸太は呆然とする。


次の瞬間、戦闘機から何かが落ちると、直後に光が弾け、轟音が町中を揺らした。


何が起きているのかを理解するのには時間がかかったが、どこに落ちたのかはすぐに分かった。このあたりで目立つ高層マンションの一角から火も上がることなく煙だけが立ち込めているためである。遠目ではしっかりと中を確認することは出来なかったが、それを見た幸太の内心は穏やかではなかった。一目散に自転車にまたがり爆発現場のマンションへと走り出す。


「そんな……そんな事があるわけ……」


慣れた感じでマンションのエントランスまでたどり着き自転車を止める事もせず、その爆発した階の部屋まで向かう。幸太が現場にたどり着くと立ち込めていた煙が消え、現状が分かってきた。


どうやら被害は一部屋だけのようだ。玄関から一面の壁が爆発で無くなり部屋の中が丸見えになっており、そこにあったはずの玄関の扉はへしゃげて天井に刺さっている。がれきで荒れた部屋の中には、コイルがむき出しになったダブルサイズのベッドや使わないであろうおしゃれな間接照明の残骸が部屋中に散らばっている。


ここの家主がどんな考えでインテリアを選んだのか、幸太にはすぐに分かった。いや、幸太はすでに知っていたのだ……。

「うん……俺の部屋じゃねーか!将来出来るあろう彼女と同棲するための二人の城が……。二人で過ごすダブルベッドもムードを演出するおしゃれな間接照明もみんな、みんな吹き飛んじまった……俺の未来と共に……」


どうやら謎の戦闘機がたまたま爆弾を落としてしまい、たまたま幸太の部屋だけを吹き飛ばしたようだ。そんなたまたまが起きるはずはないが、それを起こすのが彼、福永幸太ふくながこうたなのである。


そう、彼は重度の不幸体質なのだ。


「これじゃあ女の子を家に呼ぶことも出来ないじゃないか!くそぉ……」


さすがの彼でも部屋を爆破されるのは耐えられなかったようだ……いや、自分の生活より女性の事ばかり気にしてんなコイツと作者も思ったその時ある事が彼の脳裏に浮かぶ。


「はっ……これって遅刻しても許されるんじゃね……」


そう思った時には彼の広角はどんどんと上がっていた。


「なるほど……これが、不幸中の幸いか……ラッキー!」


そこにはもう苦しむ姿はなく、屈託のない笑顔の幸太がいた。


その後、笑顔で部長にありのままの状況を報告した幸太。しかし遅刻が許されることは無かった……無念。



それから数日後。とある場所にて。


「5年ぶりだもんねぇ、楽しみだなぁ!ねぇおばあちゃん?」


「そ、そうじゃのぉ……」

――なんだか、いやな予感がするの……。


その男は忙しなく社員が動くオフィスの中で、1人キーボードを打ちながら笑っていた。

これにて第1話、おしまい。

福永幸太の不幸な日常

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