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コチコチと、無機質な一定のリズムが時を刻んでいる。
うちの家の時計は、こんな音をしていたのかと改めて知った。
時の流れそのものは、いつもと変わらないはずなのに、朝倉くんが出ていってからというもの、一分一秒がやけに長く感じられた。
現在、五時三十五分。
私は玄関前の床に膝を抱えて座り込んでいた。
朝倉くんからは、なんの連絡もない。
メールチャットにも既読はつかず、電話をかけても電源が入っていないらしく、繋がらなかった。
怒らせてしまったことに、私は大いに反省していた。
自分の勝手な思い込みで、彼の気持ちを疑った。
しかも、美麗さんに言われた言葉をそのまま彼にぶつけてしまったのだ。
考えれば考えるほど、ひどいことをしたと思う。
それ以上に、彼が安全に夜を越せたのかが気になって、一睡もできなかった。
もう少しで出勤の準備を始める時間になる。
朝倉くんは荷物を取りに戻ってくるのだろうか。
それとも、もうこの家には戻ってきたくないと思っているのだろうか。
もし帰ってきたら、許してもらえなくてもいい。
まずは頭を下げて謝ろう。
そう決めていた。
せめて、元気な顔だけでも見せてほしい──。
私は膝の間に顔を埋めながら、そう願っていた。
その時だった。
扉の向こうの廊下から、コツコツと足音が聞こえてきた。
私は少しだけ期待して、顔を上げた。
朝倉くんであってほしい。
そう祈りながら、扉をじっと見つめる。
足音が近づいてくる。
あの足音がうちの前で止まって、その扉から朝倉くんが入ってくる。
そんな光景を想像した、その瞬間──
ガチャリ──ッ。
「瞳子さん! ずっとそこにいたんですか?」
扉が開き、目を見開いた朝倉くんが、そこにいた。
……朝倉くんだ!
祈りが通じた。
本当に、朝倉くんが帰ってきた!
私は返事もできなかった。
ただ、その事実だけで涙があふれ出した。
彼は右手に買い物袋を下げている。
夏目莉央
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くま🐻☁️
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そんなことはどうでもよかった。
何より、彼が目の前に戻ってきてくれたことが嬉しかった。
私は飛び起きると、そのまま彼に抱きついてしまった。
彼が一瞬、後方へよろける。
けれど、すぐにあの安定した体幹で踏みとどまり、私をしっかりと抱き留めてくれた。
いなくなってから九時間。
たった九時間なのに、もう二度と触れられないのではないかと思っていた。
また朝倉くんに触れることができた。
そのことだけで、胸がいっぱいになった。
「朝倉くん……昨日は……あなたを傷つけて、ごめんなさい。本当に……無事でよかった……」
私は残り少ないエネルギーのすべてを使うような気持ちで、朝倉くんに謝罪した。
彼は少し驚いていた。
それでも何も言わず、片手でしっかりと私を抱きしめてくれる。
「僕も、連絡もしないで心配をかけてすみませんでした。待っていてくれたんですね。嬉しいです」
私は言葉にならず、ただ頷いた。
「瞳子さん、ここは寒いですから、リビングに行きましょう」
促されるまま、私たちは暖房のついているリビングへ戻った。
冷え切った手先が、暖房の熱を受けてジンジンしてくる。
それさえも、朝倉くんに再会できたことで、ようやく生きる熱を取り戻したように感じられた。
私たちはソファーに腰を掛けた。
すると彼は、持っていた買い物袋をテーブルの上に置き、その中から白い箱を取り出した。
「それは何?」
私が訊ねると、朝倉くんは少し照れたように俯いた。
「実は……瞳子さんが欲しがっていた高原プリンです」
「高原プリン? それを買いに行っていたの?」
「はい。到着したのは真夜中だったので、朝一番に戸を叩きました。事情をお伝えして、前日の売れ残りを買い取ってきました。ほら」
彼は箱を開け、その中身を私に見せた。
中には、あの高原プリンが十個ほど、ぎゅうぎゅうに詰められている。
「あ……本当に買ってきてくれたのね」
私は、このプリンを手に入れるまでが簡単ではないことを知っている。
わざわざ山奥まで行って、電波も届かない場所で一晩を過ごして、それでも私のためにプリンを手に入れて帰ってきた。
そう思うと、申し訳なさと愛しさが一緒に込み上げてきた。
私は唇を噛んで、泣き出すのをなんとか堪えた。
「瞳子さん、これを食べたいって言ってましたよね。でも、本当に山奥で電波は入らないし、逆に心配をかけてしまって……すみませんでした」
「ううん」
私は懸命に頭を横に振った。
彼の行動を責める権利なんて、私にはない。
自分のことを信じてもらえず、思い込みだけで怒られたのだから、朝倉くんだって傷ついたはずだ。
「朝倉くん……どうして、これを買いに行ったの?」
私が不思議に思って訊ねると、彼は恥ずかしそうに口を開いた。
「恋愛初心者の僕に、『女心』は難解です。急に不機嫌になる理由や、その機嫌の治し方を最新のAIで勉強しても、しっくりくる恋愛の論理はありませんでした」
「……AIで勉強したの?」
思わず訊き返すと、彼は真面目な顔で頷いた。
「はい。だから、瞳子さんの大好きなスイーツなら、機嫌を直してくれるかなと思って……」
「それで、あの高原まで?」
「それしか思いつかなくて……」
朝倉くんが、照れくさそうに顔を赤く染めていた。
こんなにも不器用で、一途に私を愛してくれる人を、私は一生、大切にしなければいけない。
もう、自分の勝手な不安で傷つけたくない。
「私の気持ちが不安定だったから、朝倉くんに迷惑をかけてしまったね。でも……私も朝倉くんと結婚したい気持ちは変わらないよ。ありがとう」
そう伝えると、朝倉くんは何も言わずに私を見つめた。
その瞳を見ているだけで、胸の奥にあった不安が少しずつほどけていくのを感じた。