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桜介や神門が上層部と話し合いをしていた頃、一方の鳴海達はといえば…
「この間まで雪がっつり積もってたのに…」
「すっかり溶けちゃったね~」
「あと63周だ。」
鮮やかな緑が広がる学園のグラウンドで、学生らしく体育の授業中。
無陀野が見守る中(考えたのは鳴海)、体力づくりのためひたすら走り込んでいた。
隣でぼやく一ノ瀬に返事をしながら、鳴海は少し前方を走る矢颪に視線を向けた。
慈愛に満ちたそのまなざしには、強い決意が宿っていた。
「(もう碇ちゃんを1人にしない!まずはたくさん話をしなきゃ!)」
無陀野から自分にはない力を持っていると言われ、鳴海は気持ちを新たに矢颪と向き合おうとしていた。
命と未来は無陀野が守ってくれる。それなら矢颪の精神面は自分が守ろうと。
“頑張る!” という思いで愛しい人へ視線を移すと、彼はすぐに気がついてくれる。
“どうした?” と声が聞こえてきそうな表情で首をわずかに傾げる無陀野。
そんな彼に明るい笑顔を向ければ、それに応えるように無陀野も少し口角を上げた。
と、その時…
無陀野のスマホに1本の電話がかかってくる。
「何ですか、校長。」
『面白いお客がこっちに接近してるから入れるねー。鳴海くんは知ってると思うよ』
そう言って切られたスマホを見つめた後、無陀野は気配を感じて空を見上げる。
まだ遠くて姿形はハッキリしないが、確かに何かが近づいて来ていた。
遅れて生徒たちも気配に気づき、走る足を止めて視線を上に向けた。
それから1分も経たないうちに、近づいてきた “何か” はグラウンドへと降り立つ。
鳴海たちの目の前に、血で構成された大きな鳥と、その上に乗っていた軍服姿の2人の男性が現れた。
固唾を吞んで不審な訪問者の言葉を待つ生徒たちだったが、発せられた言葉は意味を成していなかった。
「んんんーんんん!」
「え?なんて?」
「口パンパン…」
「あぶねー!ギリセーフ!俺の黒鳥の上で吐いてたら蹴り落としてたぞ!」
「ん!」
「あっちで吐け!…すんませんねーあいつ乗り物酔いひどくて。」
「なんだ…?こいつら…」
「出会って即吐いた…」
「大丈夫かな…」
突然の出来事に全くついていけない一ノ瀬たち(鳴海は呆れていた)を他所に、軍服を着た2人はまた何やらやり取りを始める。
どうやら片方が相当な方向音痴らしく、吐いた場所から戻って来れないようで…
相棒が捜しに向かい、場は一旦静けさを取り戻した。
数分後、ようやく落ち着いた軍服コンビが改めて羅刹メンバーの前に姿を見せた。
口火を切ったのは、先程口をパンパンにしていた男だった。
「失礼した!お邪魔しますも言わずにお邪魔してしまったこと、お詫びしよう!」
「お詫びする所そこじゃねぇ。」
「(相変わらずの爆裂方向音痴…変わんないなぁ颯ちゃんは)」
「その軍服…鬼國隊か。」
「鬼國隊?」
「そうだ!鬼國隊大将・等々力颯!」
「鳥飼羽李っていいます。」
「なんなんだ鬼國隊って。」
「鳴海が詳しいから鳴海に聞け」
「…最近各地の桃の部隊を潰している鬼機関にも所属しない集団。」
「そう!我々の目的は桃の完全抹消!1人残らずこの世から桃を根絶する!久しぶりだな鳴海!元気か!!」
「颯ちゃんうるさぁい…てか、相変わらずの過激派思考で安心したよ。仲良くは出来ないと思うけど。」(※かく言う本人も過激派思考寄りの脳みそをしている)
「そんな奴らが何の用だ?」
無陀野からの問いかけに、大将・等々力は一ノ瀬の名前を挙げる。
自分と同じ鬼神の力を継ぐ彼に興味があり、仲間として勧誘しようと遥々やって来たのだった。
自身を風を司る鬼神の子であると伝えた上で、一ノ瀬の力が必要だと訴える等々力。
無陀野が以前言っていたような平和的解決などもってのほか。
1人でも桃太郎が生きていれば、鬼に本当の自由は訪れない。
だから桃太郎の血を根絶する。
それが鬼國隊の思想の全容であった。
「自由とは不自由と戦い、手を伸ばした人の掌の中にしか存在しない!ともにこの世から桃を根絶しよう!」
「え?やだよ。」
「(即答かい)」
「そうか!わかった!失礼した!」
「いいのかよ?せっかくここまで来たのに?」
「押し付けた理想に魂は宿らない!」
そう言って、等々力はさっさと乗って来た鳥の方へ向かう。
思っていたよりもあっさり引き下がってくれたことに、鳴海は拍子抜けしてしまった。
だが安心したのも束の間、後方から思わぬ言葉が聞こえてきた。
「待てよ!俺も連れてけ!」
「えっ!碇ちゃん!?」
「矢颪!お前何言ってんだ?」
「こんな所にいても俺は強くなれねぇ!こいつらについてった方が強くなれそうだ!桃殺すのが目的なんだろ?俺もだ!」
「来る者は拒まない…乗れ。」
「矢颪マジで言ってんのか?」
「ちょ、ストップストップ!」
戸惑いながらも、何とか矢颪を引き留めようとする鳴海と一ノ瀬。
だが彼はそんな2人を突き放し、険しい顔で振り返る。
「こんな所にいても意味なんかねぇ!俺には合わねぇ考え方だからな!仲間を作る?心を何だって?気持ちワリィんだよ!俺はテメェらと仲間になる気もねぇし!なりたいとも思わねぇ!テメェらと馴れ合う位なら死んだ方がマシなんだよ…ここにいた時間全部が無駄だったと思うよ。俺は行く。あばよ。」
矢颪の攻撃的な態度に、同期たちは返す言葉が出てこない。
そうこうしているうちに、矢颪は着ていた学園指定の上着を脱ぎ捨て、等々力たちの方へ歩いて行く。
遠くなっていく彼の背中を見つめていた鳴海は、ふと、ある用事を思い出した。
“羅刹の事が落ち着いたら俺が行く”
今やってる事が落ち着き次第、本土に行く予定だったことを思い出した鳴海。
どの道、今彼を行かせても迎えに行くことになるのは目に見えている。
「(栃木に行く予定だったし途中まで乗っけてもらって碇ちゃんの返答次第で羅刹にお迎えを要求しようかな)」
とは言え、だ。過激な思想を持つ団体に入るのはいつでも勇気のいること。
いくら百戦錬磨の鳴海でも彼らとの衝突は避けたいしなんなら逃げたい。めんどくさいし
でも結局の所、本来の仕事にも戻らないといけないし派遣先の偵察にも行かないと行けない
「(碇ちゃんお世話係は俺だし視察にも行かないといけない…これ着いてった方が得なのか?いやでも、戦闘は避けられないだろうし…)」
顎に手を当てて長く考えた結果
「俺も行く。颯ちゃん羽李ちゃん連れてって」
まるで、”コンビニ行くなら乗せてってよ” のノリでそう告げた。
続けざまに予想外なことが起こり、生徒たちはまた言葉を失くす。
止まった空気をいち早く動かしたのは、彼を天使と慕う一ノ瀬だった。
「鳴海まで何言ってんだよ!本気じゃないよな?」
「本気だよ。もう行くって決めたの。」
「…やだ。行かせない。こんな形で鳴海と離れたくな「四季ちゃん、聞いて?」
「…」
「俺は、今四季ちゃんと同じ気持ちだよ。」
「えっ…?」
「碇ちゃんをこのまま行かせたらダメだって、そう思ってるでしょ?俺も同じ。無人くんに、碇ちゃんを見守らせて欲しいってお願いしたの。だから1人にするわけにはいかない。」
「なら俺も…!」
「ふふっ。ありがとう。一緒に来て欲しいけど…でも今はダメ。」
「何で?」
「今のトゲトゲ状態だと、売り言葉に買い言葉でまたケンカになっちゃう。だから一旦気持ちが落ち着くまでは、俺が傍にいる。でも最終的に碇ちゃんに一番必要なのは、何でも言い合える仲間だと思う。……追いかけて来てくれる?」
「! 当たり前だろ!絶対皆で迎えに行く。」
「うん!待ってる。」
生徒たちから少し離れた場所で、小声で言葉を交わす2人。
最後に向けられた鳴海の優しい笑顔を、一ノ瀬は頭に刻み込んだ。
鳥に乗り込もうとする想い人に駆け寄らないように…
“行くな” と叫んでしまわないように…
彼の手と口元にはグッと力が入る。
一時の別れだと分かっていても、その表情にはツラさと寂しさが溢れていた。