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「ゆ、指輪!?」
「やっ、いきなりそういうのは重いと思って、やめたんですけど」
赤ら顔の宮本を見ていうちに、橋本の頬も赤く染まっていった。
「俺は別に、重たいなんて思わないけどさ」
本心を言いながら置かれたままのケースを素早く手に取り、静かに蓋を開けた。
「これは……」
中に入っていた物の輝きに、目を奪われる。フロアの天井にぶら下がっているシャンデリアの光を受けて、煌めくように輝いているそれを、瞬きを忘れて見入ってしまった。
「ネクタイピンです。それなら仕事で使えるかなって」
「このくっついてる石はなんだ?」
橋本は恐るおそるそれを突っつきながら、宮本に訊ねた。ネクタイピンについている石は大きくないものの、青く輝く色合いと中に浮かび上がっている星模様で、高価なものだというのが見てとれた。
「……スターサファイアです」
「っていうことは、このシルバーはプラチナでできてるんだな?」
「ご明察通りっス……」
ネクタイピンが落ちないように、ボタンに引っかけるチェーンがついているが、何かの拍子でチェーンが切れたりしたらと思うと――。
「仕事でこれを付けるには、かなり勇気がいるな」
ハイヤーの運転手として、ただハンドルを握るだけじゃない。お客様から預かった大きな荷物の運搬など稀にあるので、躰を動かすこともしばしばある。
「そんなこと言わずに、付けてほしいです。なくなったら、また買ってあげますから」
「また買ってあげるなんて言ってるけど、ほいほい買える代物じゃねぇだろ。おまえの趣味を封印してまで買ってることくらい、俺にはわかるんだぞ!」
「スターサファイア、石の意味知ってますか?」
宮本のお財布事情を知っていたので、あえて口にして指摘したというのに、いきなり話題転換されて、橋本の頭がパニくる。
「博識の恭介じゃあるまいし、そんなの知らねぇよ」
「運命です。俺にとって陽さんは運命の人で、その星の輝きと同じように、陽さんはキラキラしている俺の憧れの人なんです」
「ぶっ!」
臆することなく、真顔で説明した宮本に対し、橋本は顔だけじゃなく、全身が火照ってしょうがない状態に陥った。
「雅輝てめっ、よくもそんなこと、素面でペラペラ言えるな。俺のどこがキラキラしてるのか、全然わからねぇよ、まったく。プレゼントつきで、剛速球投げつけてくるな。対処に困ってしょうがねぇ……」
橋本は片手を使って、顔をぱたぱた扇ぐ。そんな恋人の顔を、宮本はきょとんとしたまま見つめた。
「剛速球なんて、投げつけてないのに。俺の素直な気持ちを言っただけですって」
「おまえの気持ちがピュアすぎて、腹黒い俺には衝撃が半端ねぇんだよ」
言いながら橋本がテーブルに突っ伏しかけた途端に、グランドピアノのほうから拍手喝采が聞こえてきた。
「あ、恭介の演奏、全然聞けなかった」
しまったと思ったときにはすでに遅し。グランドピアノの周りには、いつの間にか人だかりができていて、その中にいる榊は苦笑いをしつつ何かを言いながら、和臣のほうを見ていた。
「俺はキョウスケさんの演奏のお蔭で、陽さんにプレゼントを渡すことができました。話をしながらでしたけど、素敵な演奏に耳を傾けていましたよ」
「アイツら、このまま帰るっぽいぞ」
人だかりの中から和臣の手を引っ張った榊が、出口に向かって歩き出した。名残惜しそうな顔した和臣がコチラに振り返る。橋本は遠くから見てもわかりやすいように、大きく右手を振り、宮本はニッコリ微笑みながらピースサインを作った。
「あとでメッセしておくか」
「俺の分までお願いします」
榊たちが去ったあとは、蜘蛛の子を散らすよう席に戻っていく。しかしピアノを演奏する者がいず、人々の囁き声がそこかしこから聞こえてきた。
「キョウスケさんの素敵な演奏のあとだと、やっぱり弾きにくいのかもしれませんね」
「そうだな。ずっとピアノを弾いてたヤツに比べて劣るところはあるのに、勢いというか聞き入ってしまう何かを、恭介はもっていたと思う」
「陽さんってば、ピアノの音の違いなんてわかるんですか?」
宮本は顎を引きながら、目を瞬かせる。
「若い頃はジャズやクラシックなんてジャンルにとらわれずに、いろんな音楽を聞いていたし。耳はいいほうかな」
橋本の説明を聞いた宮本は、嬉しさを表す感じで瞳を細めた。
「やっぱり、陽さんの引き出しは大きいなぁ。今度教えてくださいね」
喜びに満ちた弾む声を聞きながら、橋本はネクタイピンを手に取り、締めているネクタイにつけてみる。スーツの隙間から覗くそれは、ギリギリのラインでスターサファイアが見え隠れした。
「……似合うか?」
「男前二割増っス! ますます惚れちゃいそう」
「ああ、そう……」
またしても宮本に直球を食らった橋本は対処に困り、視線を右往左往させて、この場をやり過ごすのに、必死になったのである。