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「そこにいる男は、報告にあったお前の子供か」
「はい。ブルーノと言います」
「お前の後継者として育成したいと申したな……、ひとまず本国へ着くまで拘束する」
「……分かりました」
父がブルーノに意識を向ける。
ブルーノの存在についてはグエルが報告していたのだろう。
父は傍にいる兵士にブルーノの拘束を命じた。
内、二人の兵士が父の命令に動き、ブルーノの腰に刺さっていた杖を素早く抜き取り、手脚を縄で縛り、布で口を縛った。
「アリアネさま、彼の服にこのようなものが――」
(いけない!)
ブルーノを拘束していた兵士の一人が、秘術が書かれた手記を父にかかげる。
まずい。
あれを父に取り上げられてしまったら二度と戻ってこない。
オリバーとの約束を破ってしまう。
「なんだ、この汚い字は?」
兵士から手記を受け取った父は、ページをパラパラとめくる。
書かれていた文字に対する感想を述べた。
拘束されたブルーノは手記を手にする父をきっと睨みつける。
さるぐつわそされているため、言葉を発することはできないが「触れるな!」と言っているかのような表情だった。
「お父様、こちらはブルーノさまの日記でございます。その……、ソルテラ伯爵もそうなのですが、彼らは字が汚いのです」
「……メリルの報告にそのようなものがあったな」
父は私の言葉に耳を傾けてくれた。
そしてメリルの報告を思い出し、手記について納得してくれた。
「エレノア、我が娘よ」
「お父様、ご心配をかけて申し訳ございません。私はこの通りソルテラ伯爵のメイドとして働いていました」
「……お前が異国でメイドをしているとはな。盲点だった」
「私は、二度とお父様の前に現れないと心に決めていたので」
「今回の家出は、そこまでに意思が固かったのか」
「はい」
メリル、グレン、ブルーノときて、父は最後に娘である私に言葉をかけた。
私はメイド服の裾を掴んで深々と礼をし、謝罪の言葉を述べる。
元帥の娘として厳格に育てた父のことだ、部下に大捜索させ迷惑をかけた私を許すはずがない。
一発、殴られることを覚悟したが、父の拳は飛んでこなかった。
鋭い眼差しが少し緩み、私を案じているかのような表情を浮かべている。
父の予想外の対応に私は戸惑った。
「私は祖国に帰りたくありません」
「だめだ」
「私は……、お父様、あなたに心を傷つけられました。心当たりがございますか?」
「いいや」
娘の事を案じているのならと私は家出の理由を父に訊ねた。
父は首を横に振る。
「……結婚が嫌だったのか?」
ぼそっと父が思い当たる節を述べる。
全然わかっていない。
私は父の態度にため息をついた。
「女は結婚が最大の幸せだろう? 婚約破棄されて意気消沈していたお前に新たな婚約者をという親心が分からないのか?」
「……」
父の考えは家出する前からまったく変わっていない。
「チャールズ第二王子との婚約破棄、あれは仕方のないものだろう」
家出の発端は、チャールズ第二王子との婚約破棄である。
チャールズ・ツール・マジル。私より三歳年下の婚約者。
彼との婚約は十年前、私が十歳の時に決まった。
その瞬間から、私は第二王子妃としての妃教育を施された。
「チャールズ第二王子はメヘロディ王国と友好関係を結ぶため、かの国の公爵令嬢と結婚するのですから。仕方ありません」
私の人生は一年前、マジル国王の方針転換によって一変した。
それは、チャールズ第二王子の婚約者を私からメヘロディ王国の公爵令嬢に変更するという突然の知らせだった。
第二王子の妃だともてはやされていたけれど、婚約破棄が決まった瞬間、皆の冷たい視線が私に刺さった。
特に刺さったのは”いき遅れ””売れ残り”という言葉だった。
チャールズ第二王子が成人、十八歳になったら結婚することになっていた。
そのため、三歳年上の私は彼が成人するまで待っていたのだ。
マジル王国の上級階級の令嬢の結婚適齢期は十六歳から十八歳。
一年前、婚約破棄を言い渡された当時の年齢は十九歳。
周りから陰口を囁かれてもおかしくない年齢だった。
「私が家出を決意したのは、一方的に婚約破棄され、周りに中傷されたからではありません」
「なんだというのだ」
「この際ですから、はっきりと申し上げます」
私が家出をした理由、それは――。
「お父様が私の容姿について侮辱したからです」
「……心当たりがないな」
「それと、性差別な発言もされました」
それは、チャールズ第二王子との婚約破棄が私に言い渡されたその日だった。
父は私にこう言ったのだ。
『婚約破棄されたのは、お前の容姿がチャールズさまの好みではなかったのではないか』と。
さらに追い打ちをかけるように『その胸と尻はなんのためにある。身体で誘惑して夢中にさせていれば、結果も変わったかもしれん』とも言われた。
父は覚えておらずとも、私は一字一句覚えている。
「次の婚約者を決めたのも、チャールズ第二王子との婚約破棄が決定して三か月後のこと」
「それはエレノアのためを思って――」
「お父様は私が長年、結婚するのだと想い続けていた相手と突然別れることになり、その悲しみを三か月で立ち直れると思っていらっしゃったのですか?」
私の意見に、父は沈黙する。
新しい相手が決まり、彼と結婚すればチャールズ第二王子との婚約破棄の事を忘れられると思っていたのだ。無神経な発言が相殺になると思っていたのだ。
父は半年前となんら変わっていない。反省もしていない。
そんな父に絶望して、私は半年前カルスーン王国への家出を決意したのだ。