テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
深夜の静まり返った廊下。手の中にあるココアの熱が、今の状況を妙にリアルに伝えてくる。
「……ありがとうございます、いただきます」
「いいよ。少し、そこで話さないか? 部屋に戻るにはまだ名残惜しい夜だしね」
凌先輩は踊り場の窓枠に腰を下ろし、隣を指差した。私は少し迷ったけれど、冷えた体にはその温かさが魅力的で、先輩の隣に座った。
「小谷先生、怖かったろ? 彼は仕事には厳しいからね。でも、君のことを評価しているからこそ、ああやって直接指導するんだと思うよ」
「だといいんですけど……。ただのミスなので、自分が情けなくて」
「ふふ、真面目だね。そういうところ、僕は好きだよ」
さらりと言われた言葉に、心臓が跳ねる。凌先輩は私の動揺に気づいているのかいないのか、ゆっくりと自分のココアを一口飲んだ。
「……ねえ、紗南ちゃん。さっき、遥と何を話していたの?」
穏やかな口調。けれど、その視線はまっすぐに私を捉えていて、逸らすことができない。
「あ……えっと、昔の話です。小学校の頃の林間学校のこととか」
「へえ、思い出話か。……遥は、君の前だと本当に子供に戻るよね」
凌先輩は窓の外の闇に目を向けた。その横顔は、いつもの完璧な笑顔よりも少しだけ影を帯びていて、胸がざわつく。
「でも、今の僕は……君の『今』が知りたいんだ。過去の思い出じゃなくてね」
そう言って、先輩は空いた方の手を私の手にそっと重ねた。ココアよりもずっと熱い体温が伝わってきて、私は息を呑む。
「……明日からの練習試合、僕が活躍したら、その時はもっと僕のことだけを見てくれる?」