正勝はビック・ジンの郵便配達車を、軽快に運転して山道を走っていた
やがてふもとの小さな町に出ると、「スナック順子」の前にジンの車を停車した
ここのママさんの「順子さん」はお料理上手で、ここら界隈の労働者達がお昼休み(午前十二時)には、決まって「スナック順子」の日替わり定食を食べるようになっている
午後十二時を少し過ぎた今「スナック順子」は食事と酒を楽しむ人達で満席だった
食事を楽しむ人たちの賑やかなしゃべり声が、入口のドアを開けなくても聞こえてくる、正勝が勢いよく店のドアをバンッと開けた
一瞬店の客がシン・・・となって正勝を見た、夜になるとカラオケ画面になるモニターは、今は地方競馬中継が流れている
そこからまたガヤガヤと店の中はランチの匂いと、賑やかな騒音になった
一人が騒音に負けじとテーブルに身を乗り出して正勝に聞いた
「どうだった?美人だったか? 」
正勝が入って来たのに気が付いた客が、日替わり定食の箸を置いて立ち上り、首を伸ばして入口に立っている正勝を見た
正勝は丁寧に郵便局マークのついた、帽子を脱ぎ迎える客たちにまぁまぁと答えている
「ブスに決まっている!」
小柄な男が言った
「俺は美人のほうに千円かけたぞ!」
「どうなんだよ!早く言えよ正勝!」
「北斗の嫁は美人だったのか?」
ヤンヤと労働者と暇人が集まって、手を叩きはやし立てている
正勝はスナック順子の労働者達に、自分が注目されている心地よさに酔っていた
そしてとうとう両手を挙げて叫んだ
「めちゃくちゃ美人だ!!」
ドッと客達の歓声が沸き起こった
カウンターでワハハハとビック・ジンが高笑いをする
「な?言っただろ!北斗の嫁は美人だって!おい正勝!俺の郵便帽を返せ!そんでブスに賭けていたヤツは千円づつ持ってこい!」
「ちぇ~~!!どうして北斗のような武骨者が、そんな美人を嫁するんだよ!」
一人の男が嘆きながら、財布から千円札を抜き取ってジンに渡す
「まったく低俗極まりないな!いくら村に楽しみ事がないからって、人の嫁さんで賭け事をするなんて、神がお聞きになったらお嘆きになるぞ!」
ジンの横で牧師の和也が首を振って、ランチ後のコーヒーを啜る
「まぁ!まぁ!みんな北斗ちゃんが好きなんだって! 」
スナック嬢でランチタイムを手伝っている、美晴がカウンター越しに笑いながら言う
小太りで胸もお尻も大きいがそれが良いと、言っている労働者もいる、シングルマザーで昼も夜も頑張っている
「もっとも一番賭け事を、楽しんでいるのはママだけどね~」
ジンと和也と美晴の視線の先に、順子ママが煙草をくわえながら、みんなから集めた千円札を数えていた
「ハイハイ!配当は後日みなさんに、あてがうわよ! 」
カウンターの中から、金髪のキツイ髪のカールとバンダナ、真っ赤な口紅が嬉しそうに曲がっている
美晴とは違って細ギスな体型に長身で、迫力があった、そして当然のごとく年齢不詳だ
「北斗の嫁さんは性格が良いぞ!それに髪もちゅるちゅるだ! 」
「なんだそれ!羨ましいぞ!」
「ドラマのお嬢様みたいな言葉を使うぞ!俺に「ごきげんよう」って言った!」
「おおっ!!お嬢様じゃねーか!」
「俺も聞きて―!(生ごきげんよう)」
「だからお嬢様だっていってるじゃねーか!そうなんだろ?ジン! 」
ジンがまだ千円札の束を数えながら、親指を舐める
「ああ!なんでも物凄い宝石商の令嬢らしいぞ、うちの貞子も会いたがってるんだがな~」
「お前の所の嫁さんまだ生まれねーのか?うちのも心配してたぞ」
後ろのテーブルから作業員風の労働者が聞いた、みんな何らかの顔見知りでそれぞれの家族の事情通だ
「まぁ!ジン君大変じゃない 」
「そうなんだよ~予定日過ぎているんだけど、出てこないんだ・・・おかげでかみさん、めっちゃピリピリしてるんだよ!」
ジンが大きな体を縮めてため息をつく
「こういう時にこそ、神は我々をお試しになってるんだ!、我々は常に愛を与え続けないといけない―」
「坊主は黙っとけ!」
和也が振り返ってキレた
「坊主じゃねーーー!牧師だ!!今言ったの誰だ!今日中に教会に懺悔しにこい!」
騒がしい平日の「スナック順子」のランチタイムは、みんな騒音に負けじと各々しゃべり続ける、この町の情報源だ
順子ママは次の賭け事の競馬新聞に夢中になっているし、みんなそれぞれ自由に過ごしている
そして今日のメインの話題は
「氷上町の一番の牧場主の北斗がもらった嫁さんは、美人でどこぞのお嬢様らしい」
ということだった
まさに「スナック順子」はこの氷上町の情報と、噂話の泉だった
その時誰も気づいていないが一番奥の、隅のテーブルの二人の、労働者が一通りみんなの話を聞き終え
頭を突き合わせてこそこそ話し込んでいた、そして一人がこう言った
ボソ・・・「おい・・・鬼龍院様に報告しろ・・」
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