街を追われた3人は、結界の塔のふもとにたどり着いた頃には、すっかり夜が更けていた。
夜空は雲に覆われ、月明かりすら弱々しい。
吐く息は白く、張り詰めた空気が胸を締めつける。
「はぁ……はぁ……」
息を切らしながら、藤澤はようやく立ち止まり、その場に膝をついた。
肩で大きく呼吸しているが、顔色は蒼白だ。
「涼ちゃん、大丈夫か」
若井がすぐに駆け寄り、その背に手を添える。だが藤澤は、苦しそうに顔を背けた。
「……僕のせいだ。僕がいたから……街のみんなは……」
「違う!」
若井の声が夜空に響く。
「お前のせいじゃない。みんなが操られてるんだ。お前が必死に薬を作ってきたことを、俺たちは一番知ってる。」
その言葉に藤澤の瞳が揺れる。
けれど、彼の胸の奥に巣くった罪悪感は簡単には消えない。
「でも……石を投げられて、みんな……僕の方を見る目は……疑っていた。ずっと……」
震える声でそう告げる藤澤の肩を、大森がそっと抱いた。
「……それでも、俺たちは信じてるよ。涼ちゃんが誰よりも街を想ってるって。」
「……元貴……」
藤澤の目から、涙がぽろぽろと零れ落ちる。
3人は塔の影に身を寄せ、焚き火を起こした。
冷たい風に火が揺れるたび、炎の光が彼らの顔を赤く照らし出す。
しばらく、誰も口を開かなかった。
焚き火がぱちぱちと音を立てる中、ふと若井が静かに笑った。
「……そういや、昔もこうやって3人で焚き火を囲んだよなぁ」
藤澤が顔を上げた。
「……10年前?」
「そう。あの時も夜だった。涼ちゃんが……」
若井の目が細められる。
大森が頷いた。
「魔物に囚われて、俺と若井が必死で助けに行った時だ。」
炎が揺れるたびに、あの夜の記憶が蘇る。
藤澤の身体を絡めとった触手、泣き叫ぶ声、そして必死に薬を作り出そうとした姿。
あの時、2人は何度も傷を負いながらも諦めずに彼を救い出した。
「……あの夜のことは、忘れられない。」
若井が呟いた。
「怖くて……でも必死で、お前を助けなきゃって……俺は、あの時ほど必死になったことはなかった。」
大森も火を見つめながら口を開く。
「あれからだよな。3人が、本当の意味で一緒になったのは。……だから今日だって、俺たちは絶対にお前を見捨てない。」
藤澤の胸に、温かなものが広がっていった。
「……僕、ずっと……あの時から2人に守られてきたんだね。」
涙声でそう言うと、若井は頭をぽんぽんと叩いた。
「守ってるんじゃない。一緒にいるんだよ。」
「……そうだな」
大森が微笑む。
「3人で一つ。……俺たちは、いつも一緒だ。」
焚き火の炎が、彼らの顔を優しく照らす。
まるで10年前の夜が再び訪れたような、不思議な温もりがそこにあった。
夜は更けていく。
3人は肩を寄せ合い、冷たい風をやり過ごした。
やっと落ち着いたかのように見えた時だった。
ふと、大森の眉が寄る。
「……何だ、この匂い。」
鼻を突くような、しかしどこか甘美な香りが風に乗って漂ってきた。
焚き火の煙ではない。
もっと濃く、粘りつくような、得体の知れない甘さ。
若井も顔をしかめ、立ち上がった。
「……街の方角からだ。」
耳を澄ますと、かすかに聞こえてくる。
――嬌声。
――吐息。
――誰かの笑い声。
その声は次第に重なり、ざわめきとなって夜風に運ばれてくる。
藤澤の瞳が見開かれ、身体が強張った。
「……これは……禁忌の薬……!」
甘い匂いに混じって、かすかに漂う瘴気の気配。
3人は顔を見合わせ、言葉を失った。
街で何が起きているのか、想像するだけで胸がざわつく。
やがて藤澤が、震える声で囁いた。
「……僕たちを追い出した街が……今、堕ちていってる。」
焚き火の炎が、ぱち、と音を立てて弾けた。
3人の影が大地に揺らめき、やがて甘い香りに飲み込まれていくように溶けていった。
――そして、不穏な夜が始まった。







