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【未知生物の観察記録1:Allay】
「あ、レイ?……アレイ。」
散らばった紙を静かに拾い上げると、古いインクが使われた資料を目にする。
未知の生物について、事細かく記録してある。
文章をなぞるように目を動かしていれば、その横の資料が目に飛び込んできた。
伊達に探偵と盗賊を両立してない。
思わずイナリさんをチラリと横目で確認する。
【未知生物の観察記録 98:Creeper】
その資料の端に、見覚えのあるタッチで描かれた緑色の生物。
記事から知ってはいたが、あの助手はイナリさんだと確信した。
(解ってはいたんだけど、な。)
こんな秘密の部屋を見つけるのは朝飯前──
じゃなかったら良かったのに。
他の資料に目を通したが、未知生物の観察記録はその二枚だけだ。
隣で資料を眺めるイナリさんの変化は一つ。
言葉は言わずもがな。
いつもと同じ白い髪と狐の面。
変化の一つは尻尾も耳も、跡形もなく消えていることだ。
ふと、あの時の「女性」を思い出す。
別人だと言われれば、簡単に納得出来る。
普通の、少し変わった面を付けた可愛らしい女性。
イナリさんがこちらに目を向けて、爪の先を俺に突き立てる。
俺の邪な視線に気付いたのか?
もしかしてあの時起きていて、顔を見たことがバレた?
それともこの屋敷のことを思い出した……いや、それとも。
……その指は俺。の後ろを指している。
振り返れば、埃を被っている本棚に本が並ぶ、ごく普通の家具だ。
それも同じく古く薄汚れている。
しかし、一冊だけ埃のない綺麗な本が差し込まれている。
不審に思い手に取ると、意を決してページを捲った。
………………
ー*月*日
『初めのアレイは、段々と紫に変色していき、消えて失くなってしまった。』
『人に知られぬよう、決して書き起こさなかった。だが、あの興奮が記憶から消える前にひっそりと残しておこう。』
*月*日
『私が病にかかり床に伏せ、西洋の書物を読み漁っていた頃。』
『私は禁術を重ねて、他人の脳に自身の記憶を縫い付ける実験を成功させた。』
『私の体は既に息を引き取っており、声を掛けても返事は無かった。』
『また自由に羽ばたけると足を進めた時、私の体から青い光が揺れ動くのが見えた。 』
『私の、つまり家臣の首元に付けられた紫のネックレス。確かアメジストだったか。』
『それがみるみる内に吸われて、妖精のような形が出来上がった。』
『それが私とアレイの出会いだった。』
*月*日
『私は新たな実験や研究が出来ることに、心を踊らせた。我が国に帰ってしまう前に、やりたいだけ研究をしてしまおうとした。』
『アレイを少しの間、研究するつもりで森の奥深くにある屋敷を借りた。』
『古い建物に住み着いたアレイは、自然とそこに生えていたアリウムを好んでいた。』
『数年の間で研究を進める内に、その花とアレイの関係性が結び付きを強めていることが分かった。』
『その花は少し独特の匂いがある為、何か記憶との関係があるのだろうか。』
*月*日
『この頃は、実験を何度も繰り返す内に、記憶の移植が弱まってきていた。』
『実験体として大量に、孤児や小さな子供を貰い受け、研究と実験を進めた。』
『残念な結果を繰り返す内に、ある行動に目を付けた。』
『感情が動いた時、 何か愛着のあるものを渡すことにした。』
*月*日
『私は一度我が国に戻り、新たな情報等を読み漁った。山のように出てくる宝に自分の欲望が溢れるのを感じた。』
─『古き友人達も、同じような考えだったのだろうか。』
*月*日
『資金が足りず、サーカスを開くことにした。アレイのことを魅せれば、金は簡単に集まるだろう。』
*月*日
『サーカスは大成功だ。私には膨大な情報が手に入るのだ。』
18,968
112
1,552
『実験を繰り返したことで偶然手に入れた、 爆発しても死ぬことがないクリーパーを使い、サーカスに革命を起こした。』
『しかし、ソイツを作るためには”不死のトーテム”との融合が必要になる。簡単には増やせないために、ソイツを”道化師”として活躍させた。』
『クリーパーが指示を出し、人間の子供がピエロのように、奴隷のように動かされる。なんて滑稽なんだろう。最高だ。』
*月*日
『沢山の芸を仕込み、金は余る程あるので新たにクリーパーの実験を進めた。』
『そして私は、ソイツでより強力な感電クリーパーを作ることが出来れば、永久機関を作ることも可能なのではと考えた。』
*月*日
『実験は失敗に終わった。死ぬことがない筈のクリーパーは、蓄積されたダメージを回復出来ず、アイデンティティを失った。』
『仕方のない事だ。サーカスの道化師は、気にかけていた子供が引き続ぐだろう。』
『それに意外にも愛着が湧いていたようで、覚醒する日も近いだろう。』
ー*月*日
『私は”不死のトーテム”を探しに、我が国に戻ることにした。』
『治験体の覚醒状態を知るために、優秀な助手を残しておこう。』
『我が国にまだ残っていれば良いが……』
………………
読み終わった本を放り投げる。
重いため息を逃がして、頭を抱えたくなる衝動に駆られた。
意識の隅に足早な靴音が鳴る。
「イナリさん……何し」
何してるの?_と聞く寸前で固まった。
目の前には、強い匂いを持つ紫色の花。
隅にある小窓には、空っぽの花瓶。
じっくり眺めて、手記の文章を思い出す。
『その花は少し独特の匂いがある為、何か記憶との関係が──』
『実験体として大量に、孤児や小さな子供を貰い受け──』
もう一度本を広げて文章をなぞる。
直感的に次の行き先を決めた。
秘密の部屋から出て、とある部屋の扉を開く。
最上階にある子供部屋だ。
夜のみ子供たちで賑わうこの部屋に、 巧妙に隠された屋根裏への道を見つけた。
汚れた階段に足を踏み入れる。
「……イナリさん、行こう。」
ギィッと扉を開く。
俺は監獄に迷い込んだのだと、一瞬錯覚した。
漆黒の色が、檻の存在感を強くする。境界線が見えるような配置だ。
カーテンから射し込む光が、昔の面影の輪郭を濃くした。
それらから意識を反らせば、ガラクタのような扱いで散らばるオモチャが目についた。
古びた学習机や椅子、子供のおもちゃ箱やサイズの違う衣服は、どれも褪せた色を纏っている。
探偵で無くとも、憶測で語ればそれが真実になりそうな気がする。
過去の名残を消した跡が、鼻につくような気分だ。
押し込まれるような形でバランスを保つ様は、 過去に起きたことを隠したい人間がいた証拠だ。
仕舞われた遺品たちを遠ざけながら、 足を踏み入れた。刹那、ガシャッと何かを蹴った。
気が付かなかったが、 オルゴールが飾られていたらしい。
足元に転がったそれは、随分と繊細な音を奏でた。
その音に合わせて、アレイがクルクルと踊り出す。
「これを……渡せば良いんだよな?」
アレイにアリウムを渡せば、檻の隙間から出て何かの板を押し付けられる。
「これが、……え。」
≪未登録プレイヤーの接続を確認。強制シャットダウンを検出。≫
何処だ……ここは。
目を開けば、画面広がって、手にはコントローラーのような物を持っている。
「……イナリさん?」
振り返る。
≪プレイヤーの権限の喪失を確認。過去のデータをロックします。≫
画面に異質な文が表示された。
それに構わず、決定ボタンを連打する。
──画面に現れたのは、この屋敷の過去の風景だった。
(あの服は別々の子供の物だったんだ……)
開きっぱなしのクローゼットがある。
音声はどこからか流れてくる。
『~。だから、誕生日プレゼントに、これをあげたいんだ。』
少年の声を辿るように、操作をする。
『カボチャ!!被ってたら野生と見分けがつくでしょ?』
画面はノイズもなく滑らかに暗転した。
割れたガラス破片が、キラキラと反射する。
手に触れた重さは、無機質なアレより暖かく優しい手だ。
夢のような出来事は、現実の世界で跡形もなく消えた。
「……排除された?」
ガバッと体を起こして、 理由を探るべく本を読み返す。
──感情が動いた時、 何か愛着のあるものを渡すことにした。
一節の文が目についた。
「感情が動いた時?……誰の?アレイのか?それとも……」
アイテムを渡すとなれば、先程の状況から直感的に思い当たるのは、カボチャだ。
心当たりのあるオモチャ箱を取り出し、次々に中身を並べる。
(無い、よなぁ。……そんな上手くいく訳ない……あれ?)
頭にさっき見た情景が浮かぶ。
カボチャは被り物だ、と少年は思い込んでいたような口調だった。
俺は古びたクローゼットに飛び付き、タンスも全て開けていく。
「あった……!」
年月のせいかヒビが入り、変色しているがあの記憶の通りの代物だ。
【くりぬかれたカボチャ】
──あの続きからだ。
少年とカボチャを被った緑のクリーパー。
爆発する様子はない。
そこへ扉を三度叩く音が響く。
開かれた扉から、黒髪の女性が姿を見せた。
「イナリさん……」
途切れた。
暗い画面に取り残される。
永久機関、。あの日、記事に残った取材文が俺の頭を駆け巡る。
真っ暗の中で、何かの音が響いた。
サラサラと 鋭い物じゃない、近くでも最近聞いた音。
あ、
紙に書く音だ_。
コメント
1件
読み終えました。手記から浮かび上がる狂気の研究と、アリウム・記憶・アレイの繋がりがじわじわ効いてきますね。特に「感情が動いた時に愛着のあるものを渡す」という一文が、あのカボチャのエピソードに結実する流れが綺麗でした。最後の紙に書く音——誰が何を書き残しているのか、続きが気になります。