『鬼ごっこ。』でりょさんが苦しんだぶん、今回はもっきーに、ってしたらシリアス路線まっしぐらに。
苦手な方はご注意を。
社長室を出て、外に控えていたマネージャーから変更になった今日のスケジュールを聞かされながら、先ほどの社長との会話を思い返す。
辞めた理由は個人情報保護の観点から言えない、話し合いは涼ちゃんが望んでいないからできない、事件や事故に巻き込まれたわけではないから捜索願は無意味かつ悪手である、涼ちゃんの居場所を少なくとも社長は把握していて、それを告げる気はない……。
そして、退所の事実は覆らなくとも公式発表しなかったのは、涼ちゃんが不在の理由を俺たちで作る猶予を与えるため、つまるところ表向きは退所したと言わなくてもいいということだ。
最適で最善の結末――それが俺たちが三人に戻ること、涼ちゃんがMrs.に戻ることを意味していることくらいすぐにわかった。でも、そうなることを願っている、と言ったということは、社長でも涼ちゃんを止めることは叶わず、連れ戻せるかどうかは俺にかかっているということになる。
世界の崩壊を阻止することも、世界の再生は俺の手に委ねられているということだ。
「……どうする?」
若井の小さな問い掛けに、少しだけ考える。どうすることが正解なのか、なにをするのが最良なのか、俺自身に問い掛ける。
社長でも止めることができないほどの何か、それが分からない。Mrs.のことを、俺たちのことを真剣に考えてくれる事務所をもってして、涼ちゃんの退所を許可しなければならなかったほどの何か、それが見つからない。
でも、俺の傍からいなくなることを涼ちゃんが選択せざるを得なかった理由は、今ここでどれだけ考えても無意味だ。答えは涼ちゃんしか持っていない。
だから見つけないといけない。見つけるための舞台をせっかく用意してくれたんだから。
「若井」
「なに」
「俺を信じてくれる?」
涼ちゃんを見つけるために勝負に出る俺に、何も訊かずについてきてくれる? そんな気持ちを込めて若井を見つめると、小さく笑ってただ頷いた。
「何があっても元貴を信じる」
中学生の頃から変わらない信頼に、最大限の敬意と感謝を込めて破顔した。お前がいてくれて良かったと、いつも思っているけれど、今は心からそう思う。
まずは、暫くの間涼ちゃんが不在でも変に思われない理由を作り出さなくてはならない。
俺の出した結論の根回しは社長が請け負ってくれると言っていたから、そこは事務所の力を信じよう。
なにがいいだろう、なにをすれば、期間をおいて戻ってきても、誰もが受け入れることができる環境を整えておかなければならない。
日々のスケジュールをこなしながら、猶予期間の切れる三日目、俺は自分のSNSで「藤澤涼架が留学する」という情報を流した。留学先や期間などの詳細は伏せて、パワーアップした藤澤涼架にご期待ください、とだけ載せた。涼ちゃんのアカウントにも空港の写真と「いってきます」という文字を載せて、事務所管理のもと投稿してもらう。
当然、事務所に膨大な問い合わせが来たが、そうきたか、と笑った社長が全てうまく対応してくれている。元々休止期間中に留学する予定だったというのもあり、世間では半信半疑の反応だ。寄せられた大多数は応援のコメントで、出だしとしては上々の結果だった。
プロジェクトとして俺たちだけをマネジメントしてくれている事務所だから、末端のスタッフたちは留学の話を信じていたし、俺たちに近しいところにいるマネージャーたちは俺たちの決定を尊重してくれていた。全てを知っているだろうチーフマネージャーは、痛々しげに眉を寄せることはあったけれど、口出しするなと社長に言われているのだろう、止めることもなかったし、俺たちが不利になるような言動も一切しなかった。
世間の反応なんてどうでもいい。退所が事実として覆らなかったとしても、俺たちの中でその事実は存在しない。涼ちゃんが望んで無くそうとした場所を、俺たちは意地でも護り続けてやる。
脱退や退所、体制変更などを匂わせないように、徹底して涼ちゃんと連絡を取り合っているフリをして、ちゃんとMrs.に戻ってくるのだという布石を打つ。
その間に、俺とも涼ちゃんとも交流のある芸能関係者にそれとなく探りを入れつつ、Mrs.としての仕事も、始動したソロの仕事も、テレビ関係の仕事も全部、今まで以上にこなしていった。
けれど、どれだけ周囲に探りを入れても、誰も涼ちゃんの居場所を知らなかった。急に留学なんてびっくりだよ、と世間と変わらない反応を向けられることしかなかった。
そして一週間が経過する頃には、話題に上ることさえなくなっていった。
そんな現実が、どんどんと俺を追い詰めていく。
まるで涼ちゃんが最初からいなかったかのように。
俺と若井の二人でMrs.であるかのように。
俺たちが涼ちゃんの存在をラジオやテレビで幾度となく仄めかしても、ここにいないのだから話題にしようがない。話題を広げたくても留学という嘘から現在の涼ちゃんという真実が生まれすはずもなく、寂しいね、というファンたちの声も次第に薄れていった。
勝負に出てからもう二週間だ。なんの進展もなく、なにも変わらないまま、ただ時間だけが過ぎて行った。
「……元貴、ちゃんと休んでる?」
ここで、大丈夫かと訊かないのが若井らしい。大丈夫じゃないと分かっているし、そんなふうに訊かれたら、大丈夫だと言うしかないから。俺を信じると言ってくれた若井の前で弱音を吐くことなんて許されないと、俺が自戒しているのを知っているから。
若井だって、俺がついた嘘のボロを出さないように普段は使わない神経を使っているだろう。ふとした瞬間に訪れる悲しみや寂しさを、飼い殺しながら生活しているのだ、そこに加えて俺のことで迷惑をかけるわけにはいかない。
「大丈夫」
だからごめん、敢えて突き放すためにこの言葉を使うわ。
にこ、と笑ったつもりだけれど、安心させるどころか余計に苦しそうな顔をさせてしまって苦笑する。
休まなければならないと分かっているのに涼ちゃんを最後に見た家でじっとしていることができなくて、涼ちゃんと愛し合ったベッドで眠ることができなくて、マネージャーに頼んでできる限り仕事を入れてもらった。少しでも空いた時間ができると涼ちゃんと行ったことのある場所を訪れて、涼ちゃんの姿を探した。
いろんなところに行けば行くだけ思い出が湧いて出てきて、人目につかないところでうずくまって泣いた。そんなふうに空が明るくなるまで外で過ごして、シャワーだけ浴びて再び仕事に向かう日々を送っていた。
円満に送り出した留学だと思わせるためにやつれた姿を見せるわけにはいかない。食欲がなくても作業のように食べ物を無理矢理胃に押し込み、なんとか食事は摂っているがお世辞にも眠れているとは言えなかった。眠れないせいで肌も荒れ、目の下には濃いクマができ、メイクでどうにか誤魔化しているものの、そろそろ限界が近いかもしれない。
仮眠程度にもソファで眠りに就くと、必ずと言っていいほど涼ちゃんが夢に出てきた。やさしい笑顔を俺に向けて、何気ない日常を過ごした部屋で、ゆったりと俺の寝ているはずのソファに座っている。
そこには確かに俺もいるのに、何度呼んでも涼ちゃんには聞こえておらず、手を伸ばしても掴むことができない。やがて涼ちゃんが立ち上がり、俺に背を向けて歩き出す。涼ちゃん! と叫ぶ自分の声で目が覚めて、空中に浮かんだ己の腕を見て、明るい朝日に絶望する。
「元貴、ちゃんと休めって、頼むから」
昼も夜も動き続ける俺を心配してくれているのは分かっている。そんな泣きそうな顔するなよ、と言ってやりたいが、真実を知りたいと自分が言わなければこんな風に俺が無理に動くことがなく、二人で活動を続ける未来を歩んでいたかもしれないと、そっちの方が良かったのではないかと若井が自責しているのも知っているから言葉に困る。
確かに、俺の身体のことを考えればそれの方が良かったのかもしれない。だけど、だからと言って、今更なかったことになんかできないし、なかったことにしたくない。あの時お前が止めてくれて、本当に良かったと思ってるから、だから、大丈夫だよ。
「大丈夫だから」
若井の肩をぽんぽんと叩き、次の現場に向かうために一歩を踏み出したとき、
「元貴!」
視界が真っ暗に染まって、悲鳴にも聞こえる若井の声を、遠い世界の音のように耳が拾った。
ふわ、と額に触れるひんやりとした感触に泥に沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。
ふわふわとした感覚なのに身体は縛り付けられたように重くて、まぶたも糸で綴じられているのではないかと言うくらいに固くて開かない。
不快感に包まれそうなのに、驚くほど気分は穏やかだった。心地よく、俺の大好きな香りをまとったやわらかな風が吹いているからだろうか。
まったく……無理しすぎだよ、ほんと。なにしてんの、と、恋焦がれてやまない声がしっとりと滴った。
……涼ちゃん……?
留学なんて言ってくれちゃってさ、英語の勉強する羽目になったじゃない、と、拗ねたような甘い声が文句を言う。
涼ちゃん!
叫んでいるのに声が出ない。目を閉じているせいで涼ちゃんの姿が見えない。
なんで? なんで動かないんだよ!
ちゃんと休んで、あんまり若井に心配かけちゃダメだよ、と、やわらかい声が諌めるように言う。
涼ちゃん、涼ちゃん!!
大好きだよ……、お願いだから自分のことを大事にしてよね、と、かすかに震える声が言う。
大好きだって言うなら、大事にしろって言うなら傍にいてよ!
俺のせいでごめんね、と、あの白い紙に残した文字と同じ言葉は、隠しようもなく涙で濡れていた。
待ってよ、ねぇ、今どこにいるの、何をしてるの!?
なんで何も言ってくれないの……!
「りょうちゃん!!」
「元貴!?」
若井の驚いた声と俺の叫びが重なる。
真っ白な部屋に消毒液のにおいが、ここが病院だと俺に教えてくれた。
でも、それどころではない。
「ねぇ、涼ちゃんは!?」
「は……? ちょ、落ち着けって!」
飛び出そうとする俺の肩を掴んで止める若井腕を、離せよ! と振り払って、落ちるようにベッドから降りてドアを力任せに開ける、その直前に若井に捕まる。
「やめろって元貴!!」
「離せってば!」
「……どうされ……、え、なにしてるんですか!?」
俺たちの怒鳴り声が聞こえたのか、廊下に控えていたチーフマネージャーが部屋に入ってきた。暴れる俺を羽交い締めにする若井を見て目を見開く。
「涼ちゃんがいたんだよ!」
「どこに!?」
「ここに!」
若井の叫びに怒鳴り返す俺を、若井は困惑と同情を滲ませた目で見つめた。チーフマネージャーも怪訝に眉を寄せる。
「俺、ずっとここにいたけど……見てない」
「うそだ!」
「ほんとうだって! 手続きで離れた時間もあるけど、十分くらいしか出てない」
じゃぁ、大好きな涼ちゃんのにおいも、拗ねたような甘えるような涙で濡れた声も、全部、俺の夢だったの? 俺の願望が見せた、都合のいい幻影だっていうの?
脚から力が抜けていく。
「……いた、よ……いた、ん、だって……ッ」
ぼろっと俺の目から涙がこぼれた。
俺を抱きかかえるように抱き締めた若井が、元貴、と呟くように言った。
「どこに、いるの……なん、で……ッ、りょう、ちゃん……っ」
答えの出ない問いを、答えが欲しくてたまらない問いを涙と共に吐き出す俺に、もうやめよう、と若井が苦しそうに言った。
なにを、と訊くより先に首を横に振る。
いやだ。いやだよ。
俺は涼ちゃんを諦めたくない。若井だって本当は諦めたくないんでしょ? やめようなんて言わないでよ。
「……大森さん、若井さん」
それまで黙っていたチーフマネージャーが、震える声で俺たちを呼んだ。
顔を上げる気力もなく視線だけを向けると、大きい封筒を差し出された。次の仕事だとでも言うのだろうか。
思わず睨みつけるようにチーフマネージャーを見上げると、
「はやく、見つけてあげてください」
懇願するようにそう言って、俺の眼光に怯むことなく力なく微笑んだチーフマネージャーの目から涙がこぼれた。
「え……?」
若井の口から吐息のような声が漏れ、俺は睨みつけていた目を見開いた。チーフマネージャーは一度強く目を閉じると、真っ直ぐに俺たちを見据えた。
「何もかもが手遅れになる前に」
言葉の意味を訊きたかったけれど、目に入った文字に意識が持っていかれて音にはならなかった。
差し出された封筒には、俺が難聴になったときにお世話になった大学病院の名前が記載されていた。
続。
n番煎じなのでそういうことです。
コメント
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更新ありがとうございます。 1話読み返して、そう言えば…って… もう、❤️さんの愛が重くて、大好きです✨ 次もまた楽しみです💕
な、なんとなく見当ついたのですが、それはそれでソワソワしてます🫣💦笑 ♥️くんが倒れて、💛ちゃんが出て来たシーンは私も泣きました🥲 毎日ワクワクドキドキをありがとうございます🙏
1話にヒントがあったって言う天才的なコメントを見つけてザッと1話を読み返してみました。なんとなく分かったかもしれません...!! 大森さん、夢だけでも会えてよかったかもしれないけど、それもまた絶望ですね...😭更新ありがとうございます!!