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「俊豪様!本日から御指導宜しく御願い致しますっ!!」
翌日の早朝、朝餉を食べ終え片付けてから、急いで可馨の屋敷へやって来た。
颯懔から預かってきた文を渡すと可馨は「私の事何か言っていなかったかしら?」と聞いてきたけれど、「いいえ、特には」と答えると寂しそうに微笑んで、その文をしまった。
今後は俊豪に付いて仕事をするようにと言われて大きな声で挨拶をすると、俊豪は盛大に顔をしかめて迷惑そうな顔をした。
「うるさいな。もう少し可愛らしく、お淑やかに喋れないの?」
「す、すみません」
「あと敬語じゃなくていい。俺もあんたも道士なんだし、兄弟子って訳でも無いから」
「うん、分かった。私、道士の友達って1人しかいないから嬉しい」
紅花さんを友達と呼んでいいのか分からないけど、私的には仲良くなりたいと思っているので友達カウントに入れておく。
「ばっ、馬鹿言うな。いつ友達になったんだよ」
「いつって昨日? 昨日知り合ったんだし」
「刃を向けられておいてよくそんな事言えるな。調子のいい事ばっかり言って、ほんと、信用ならない奴だ」
「明るいとはよく言われるけど、お調子者とは言われた事ないよ」
「そうじゃなくて!」
私たちのやり取りに可馨が口元に手をやりながら、クスクスと笑った。
「俊豪、良かったわね。初めてのお友達ともう仲良くなって」
「可馨様!!」
俊豪は顔を真っ赤にしている。なんだ、友達居なかったんだ。恥ずかしがる事ないのに。
「と、とにかく! 仕事を教えるから付いてこい」
「はーい。それでは可馨様行って参ります」
パタパタと俊豪の後ろを小走りで追い掛けた。
やって来たのは、私が勝手に足を踏み入れてしまった薬草畑。
颯懍のところで家具を作っているように、可馨の屋敷では仙薬を作るのに必要な材料を置いて生計を立てているらしい。薬草については畑で育てていて、普段よく使う薬草から、見たことのない珍しいものまであって楽しい。
俊豪は可馨の屋敷で働いている使用人の人達にテキパキと指示を出すと、私にも仕事を割り当ててくれた。
私は言われるがまま、雑草を引っこ抜いたり、余計に生えすぎている芽を間引いたり、堆肥を土に混ぜ込んで植える場所を作ったりと、あっという間に時間が過ぎていった。
「疲れたでしょう。休憩にしましょう」
可馨に声を掛けられて、もう昼食の時間になっていることに気が付いた。食堂へと案内されると、すでに他の使用人によって点心と茶が用意されている。
蒸し立てほかほかの包子を割ると、中には炒めた菜葉が入っていた。大蒜のいい香りと、唐辛子がちょこっとだけ効いていて美味しい。しかも松の実が入っているのがいいアクセントだ。
もう一つの方には甘辛く炒め煮された蓮根が入っていて、こちらもシャキシャキと食感が良くてどんどん食べれてしまう。
「うちの料理はどうかしら。お口にあう?」
「はい、すっごく美味しいです。家だと男メシって感じで豪快なので」
颯懍の屋敷に女は自分一人しかいない。使用人のみんなが作る家具は繊細で美しいのに、料理となると結構ざっくりとしている。大体の料理が適当にカットした野菜をえーいっと炒めただけだ。
だから私が家に住むようになってからは、少しずつみんなに料理の仕方を教えてレパートリーを増やしてもらっているところ。
「颯懍のところは男ばかりなのでしょう? こんなに可愛らしい女の子が一人で大丈夫なの? 困ったことがあったらなんでも言ってね」
「ありがとうございます」
「お前の師匠は相当な女嫌いって聞いたぞ。屋敷に女は出禁にしてたり、会ったとしてもそっけないって話だ。仕舞いには俗世に逃げだしたとか、どんだけなんだよ」
「だから女の弟子を取ったって聞いたときには皆んな驚いたと同時に大喜びよ。女嫌いが解消されれば、諦めていた『嫁の座』が狙えるって」
『嫁』と聞いて、喉に包子が詰まりそうになった。可馨に渡されたお茶を飲んで流し込む。
だから老君の御屋敷で会った仙女達がチャンスが云々と言っていたのか。
私が嫁候補になっているのは老君以外には知られていない。
それは颯懔が老君に、正式に結婚するまでは障りがあるので他言無用にして欲しいとお願いしたから。「ほかの仙女達からのやっかみがあると面倒じゃからな」とか言って、老君も了承してくれた。
実際には婚約破棄後の私へのダメージを、最小限にする為でもある。
「ははっ、あんたは女として見られてないって事だな。俺もあんたみたいな喧やかましい奴を嫁にするとかやだし」
「俊豪くーん、ちょっと黙っててくれる」
どうせ元気なだけが取り柄ですよ。
いちいち人から言われなくたって分かってるよ。
「ところで可馨様。明明の師匠と言えば……薬草の栽培方法を明明に教えてしまっていいのですか。颯懔様がいくら遷人とは言え、可馨様が折角培ってきた薬草栽培技術を他の者に教えてしまうのはどうかと思うのですが」
俊豪が言うことは最もだ。野菜を作るのだって技術がいるように、薬草だって適当に種を撒けばいいってものでは無いだろう。
余所者にその技術を盗まれてしまっては、商売上がったりだ。
「あら、良いじゃない。沢山薬草を栽培出来るようになれば、助かる人が沢山って事でしょう?」
さっ、さすがは天仙になれるだけの仙女様。心持ちが庶民とは違う。
俊豪も同じように感じたようで、可馨の言葉に惚けてしまっている。
「……なんて言ってみたけれど、颯懔なら心配ないわ」
「?」
「颯懔は栽培しないどころか、買ってきた薬草すら使わないんじゃない?」
「そうですね。仙薬を作る時は必ず採集に行きます」
「ええ? 紫蘇や紫蘭も?」
「そうだけど」
「簡単に栽培できるのに。じゃあなに、買わないってことは御種人蔘も頑張って探す訳だ?」
「うん」
「ほら、可馨様。やはり教えては駄目ですよ。御種人蔘は可馨様が栽培方法を編み出したのでしょう?」
「ふふっ、だから、大丈夫と言っているでしょう。颯懔は昔から野生の草を使うのよ。こだわりがあるらしくてね。今もきっと変わらないと思ったわ」
「へえ……そうなんですか」
可馨は颯懔の事を良く知っているんだな。
そう思った途端、胸あたりがチクッとした気がした。さっきつっかえた包子が、まだのどに残っているのかなぁ。
お茶をひと口飲んでみたら気のせいだったのか、嫌な感じは消えていた。
「さて、そろそろ皆んなも食べ終えた頃かしら。午後からもまた頑張ってね」
「はい。ご馳走様でした」
さあ仕事仕事!!