テラーノベル
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前回の続きです。今回は18描写ありません。
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「……はぁ。」
起きて早々スマイルは頭を抱えていた。これでもう1週間。
あの思い出したくもない悪夢を見た日からというもの、毎日同じような夢に苛まれている。
優しい顔と声でスマイルを抱いているきんときの夢。
内容に反して何故か夢精はしておらず、毎日朝から自分の下着を替える羽目になっていないことだけは幸いだった。
今日こそは安眠できますようにと淡い期待を抱くのももう辞めたい。正直もう寝たくない。
しかし明日は全員揃った実写撮影の日。顔を隠すためのペストマスクは他の人に比べて息苦しく視界も悪い。それが分かっていて寝ないで撮影に向かうのはいくらなんでも憚られた。
画面越しなら喋りかけなければ済むし仮にあちらから話しかけられても一言返せばそれで済むのに。そもそも全員が揃っている時には俺ときんときはあまり会話をしないから、返答が短くても不審には思われていないだろう。インターネット上で生きるのがいかに気楽なのかと痛感する。
夢を見るようになってから初めて本人と顔を合わせるが何も悟られないようにしなければ。会話以外の接触は避けつつ、でも不自然にはならないように。
頼む。お願いだから今日だけは夢を見せないでくれ。
……そんな悲痛な願いは届かず、またもきんときに抱かれる夢を見てしまった。
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集合時間の少し前に6人全員が揃う。珍しく今日はきんときが一番遅かったが、時間に間に合ってはいたため予定通り撮影が始まった。
最初に部屋に入ってきた時以外にきんときの顔は見ていない。というより、見れなかったが正しい。顔を見た瞬間に夢の中の優しいきんときを思い出してしまって顔から火が出るかと思った。他の4人が部屋に入ってきたきんときの方を見ていたことと、きんときがこちらを見ていなかったことが幸いして誰にもバレていないようだった。
3Dモデルでの撮影が終わり手元のみを映すボードゲームの撮影へと移る。滞りなく撮影は進んでいった。
「え、スマイルそれガチで?」
「いやいや違うから。俺はぁ、こっちをやろうとしててぇ……」
「仕方ねぇよきりやん、スマイルは放っとこう」
青い声に名前を呼ばれて反射的に顔を上げる。氷のような視線をこちらに向けるきんときとばっちり目が合って思わず目を背けてしまった。不自然と思われたかもしれない。
「まぁいいよ。俺は俺だけで進めるから。」
ボードゲームの方に素早く目を向けて、何でもない風を装った。
……久しぶりに見た、きんときが俺に向けるあの表情。そう、そうだよ。これがきんときだろ。しばらくの間あまくゆるんだ目元ばっかりに見つめられていたせいで感覚が麻痺していた。これが現実のきんときだ。
「ちょっと、手洗い行ってくる」
撮影がひと段落したところで頭を冷やそうと部屋を出た。曲がり角でぶつかりそうになりながらもトイレに辿り着き扉に鍵をかける。一人きりの空間で大きく息を吐いた。
あの夢の中の優しいきんときはなんなんだ。…有り得ない、だろ。
それこそ思い返してみれば現実のきんときはずっと俺に辛辣だった記憶しかない。そう、あの優しいきんときが、俺にだけ。普段は何も感じなかったのに今更苦しいだなんて思ってしまった。
そういえばきんときとプライベートでサシでご飯を食べたのも一回きり。他のメンバーと遊びに行ったりご飯を食べに行ったりという話はよく聞くのに。
たぶん、俺は、あいつに嫌われている。
「……はは。」
当たり前の事実に思わず乾いた笑いが漏れる。一人狭い空間で反響して自分の耳に届いたその音は諦念と哀愁を帯びていた。
ずっとわかっていたはずなのに。
胸の底から何か苦いものがせりあげてきて息が詰まるような感覚を覚える。
もう二度と夢なんか見たくない。
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