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「―――戦争?」
レオニード侯爵家での『相談』を終えて―――
ギルド本部へ戻ってきた私たちは、
ライオット本部長に事の次第を報告して
いたのだが……
その過程で会話に出てきた不穏なワードに、思わず
聞き返す。
「ホラ今朝方、急用が出来たって言ったろ?
その『急用』ってのがソレ。
北に位置するチエゴ国が不穏な動きを
見せているって連絡があってな。
それで王都本部のギルマスである俺にも、
情報共有って形で回ってきたんだ」
「こっちの世界にも戦争ってあるんですね」
思わずポロっと本音が漏れる。
もちろん、この本部長室にいるのが、
事情を知っている4人だけという状況下が
前提で、だが。
「しょっちゅうってワケじゃないけど……
私が生まれてから、これで3回目だっけ?
チエゴ国とやり合うのって」
「人間同士の争いなど、特段に珍しい事では
なかろう?」
ドラゴンであるアルテリーゼはともかく……
同じ人間であるライオットさん、メルの言葉は
どこか軽いというか、違和感を感じる。
その表情を感じ取ったのか、本部長が疑問を
直接ぶつけてきた。
「こっちの世界で戦争があるのは、意外だったか?」
「いえ、軍やそれなりの備えがあるのを見て、
ある程度は予想していましたけど……」
問題は、戦争をする『理由』だ。
古来より戦争になる火種は、基本的に決まっている。
ひとつは食料。
日本の戦国時代でも、たいていはそれが発端だ。
だから農民兵が戦国後期になるまで主流だった。
無理やり徴兵されて、という考えもある意味
正しいのだが―――
実際には、必要に駆られて、というのも大きい。
『女房子供を飢えさせるくらいなら他から奪う』、
これは立派な生存理由であり、動機でもある。
足軽や徴兵された農民の略奪は記録にも残って
いるが……
そもそも、略奪そのものが目的なのだ。
だから戦争時期は冬の直前が多い。
このままでは冬が越せない。
来年までもたない。
なのでヨソから貯えを奪おう―――という事である。
もっともノーリスクというわけではない。
失敗すれば落ち武者狩りが待っている。
どちらも死に物狂いの世界なのだ。
もうひとつは水。
水資源は昔から、日本に限らず戦争理由としては
ありふれたもの。
飲料水に限らず、穀物や家畜の生産、また生活を
清潔に保つためには水は不可欠。
機械や兵器のメンテナンスにもなくてはならない
資源である。
だが、これらは―――
こちらの世界では戦争理由に
・・・・・
なり得ない。
食料は身体強化さえ使えれば何とかなるし、
何より最低限の穀物は、地球の最新技術さえ真っ青の
収穫サイクルを誇る。
水資源については水魔法があり、それもかなり
ポピュラーな部類。
なのでこれも戦争理由としては弱い。というか無い。
あと考えられるのは戦略資源―――
石油とか鉱物とかがこれにあたるが……
今のところ、それに該当するくらいの重要な物資は
見かけた事がない。
せいぜいが木材か石材くらいだ。
外灯に使われている魔導具に、何らかの鉱石が
使われていそうだが……
かと言って国内ですら高価で出回ってない物が、
絶対必須かと言うと―――
「もー、シン!
また何か一人で悩んでいるの?」
と、そこまで考えていたところで、不安そうな
顔をしたメルが、ずい、と顔を突き出してきた。
「悪いクセだぞ、シン」
と、もう一人の嫁も人差し指で私の額をつつき、
「す、すいません。
その、戦争が起こりそうなんですよね?
死傷者もたくさん出るでしょうし、それにしては
みんなあっさりと受け入れているなあ、と」
嫁2人に怒られて、何とか話題を切り出すが―――
それを聞いた面々は、
「死傷者? 何を言ってんだ?
負けそうになれば普通逃げるだろ」
不思議そうな顔をしてライオットさんが答え、
「相手が殺人狂でもなければ、
めったに追いかけて来ませんよー」
「うむ。国の王都を攻め落とすのでも無ければ、
そうそう血みどろの戦いにはならぬはず。
人の戦争とはそういうものであろう?」
と、口々にこの世界の常識に則り戦争論を述べる。
だが、私の常識とそれはかけ離れていて―――
「……というか、何のために戦争を仕掛けて
来たんですか?
チエゴ国とやらは」
そもそもこの世界で『何のために』戦争をするのか、
自分がわかってないのが問題なのだ。
するとライオットさんは腕組みをして、
「土地に決まっている。
連中の住んでいるところは、自然環境が結構
厳しくてな」
そこでようやく自分の疑問も氷解する。
食料も水も戦略物資すら重要視されない世界で
起こる戦争の理由、それは―――
『生存圏の拡大』。
通常ならば資源や豊かな食料が手に入る土地を
奪い合うために戦争を行うのだろうが……
資源そのものの重要性がそれほど高くない
この世界にあっては―――
『土地そのもの』が重要なのだ。
平地で高低差が少なく、そして魔物の出現率が低く、
木材・石材の入手、運搬が容易な土地……
それら巡っての争いならばまだ納得はいく。
死傷者が出る事が想定外なのも、そこを捨てる
覚悟さえあれば、生き延びられる。
相手も土地さえ奪えればいいのだから―――
無理に追撃などしない。
「……それで、今回の土地は……」
「正直なところ―――
『今回』は平地であるという事以外は価値が薄い。
守れたらそれで良し、守れなくても国民を保護して
引き上げる事が出来れば……
最低限の義務は果たせる。
一応メンツのために戦っておく、というのが
国の本音だろう」
続いて2人の妻もそれを追認する。
「まーしょーが無いですよ。
背に腹は代えられないし」
「連中も深追いして―――
本格的にこの国と事を構えようとは思うまい?」
確かに命が掛かっていない以上、重要度としては
低いのだろう。
地球の感覚では、拠点を奪われる=補給路を
作られてしまうという懸念が生じるが……
何せ水食料の補充がほとんど必要ないと来た。
「土地が奪われたら、そのままで?」
すると本部長は眉間にシワを寄せて、
「それは国の方針次第だな。
攻めて取り返すか、それとも物品でカタを
つけるか―――」
解決方法はあるが、そこは重要度による、という
ところだろうか。
「交渉は可能なんでしょうか?」
「別にチエゴ国から宣戦布告されたわけじゃない。
恐らくあちらの諸侯の独断か、手柄欲しさの暴走、
という可能性もある」
だからこそ緊急度や重要性は低い―――
という事か。
「しかし、どうしてそんな情報を?
私たちに教えてもいいんですか?」
その問いにライオットさんは頭をガシガシと
かきながら、
「深刻化した場合は協力して欲しい、という
下心もあるにはあるけどよ。
異界から来た人間の意見に興味がある―――
というのが本音だ」
そこで今度は、3人とも好奇心に満ちた目で
私を見つめてくる。
「そもそも、今回のケースだけを見ると……
戦争というよりは、小競り合いと言った方が
いいレベルなので―――」
「そうなのか?」
やはり為政者という立場がそうさせるのか、
食い気味に本部長が反応する。
「地球では、まず魔法がありません。
水や食料をカバーする手段が無いという事です。
穀物も異世界に比べれば生産量が圧倒的に低い。
水があり、畑を作れ、自然環境が穏やかな場所は、
何としてでも死守すべきもの。
なぜなら、そこを離れた場合―――
生活基盤の全てを失う事になるからです」
話を聞いていた嫁2名も反応し、
「魔法が無いって、ほぼほとんど何も出来なく
なるって事だもんね」
「だがそれでも、死ぬよりはマシであろう?
そこを捨て、別の場所に活路を見出す事は
せんのか?」
彼女たちの意見に、私は腕を組んで、
「それは本当に最後の手段ですね。
実際、住むのに適した場所ってそう無いんですよ。
あと個人レベルではそれで良くても、国家単位で
考えると見過ごせない事もあります」
「ほう?
それはどういう意味か?」
そこでライオットさんが身を乗り出すように
聞いてくる。
「敵の拠点を作られてしまうという事です。
さっきも言った通り、水や食料をカバーする魔法は
地球にはありません。
移動時にはそれらを運搬しなければならない。
それらを集めて保管しておく場所も……
ですので、土地の確保というのは―――
こちらとは比較にならないほど重要なのです」
それを聞いた彼は、飲み込むようにゴクリと
喉を鳴らし、座っていたソファにより腰を沈めた。
「確かにこっちじゃ―――
戦争時に運搬するのは、人と武器の予備、後は
衣類といった消耗品くらいだからなあ。
そこに水と食料が加わるのか。
金がどれだけかかるか、想像も出来ん」
そしていったん大きく息を吐いて姿勢を正すと、
「時間を取ってすまなかったな。
だが、なかなか興味のある意見が聞けた。
そっちからは何か質問はあるか?」
不意に質問を返された私は、少し考えると、
「んー……
一応、軍や私兵はあるんですよね?
ですが、大規模な戦闘や殺し合いは―――
少なくとも今回のようなケースでは起こり得ない。
逆に、大きな戦争に発展するのは……
どんな場合でしょうか?」
単なる小競り合いであれば、その都度徴兵するか
それこそ冒険者に頼めばいい。
金のかかる常備兵がいるという事は、明確に
それを想定しての事だ。
「そっちにあるかどうかわからんが、
一気に広大な『人が住んでいた土地』が
失われた場合だな。
火山の噴火、地震、洪水……
いわゆる自然災害だ。
その時は大勢の死者を出す戦闘になったと
記録が残っている」
男同士の会話を黙って聞いていた女性陣も、
それに納得し、
「それはもう、仕方ないっていうか」
「逃げる先が無ければ―――
それが他国なら、なおさらだのう」
悲観的にではなくあっさりと受け止める。
メルの言う通り『仕方ない』―――
そういう状態・条件なのだろう。
逆に言えばそこまでなければ、大戦争に発展する
可能性は低い、という事か。
「ま、戦争になると言ってもまだ可能性の話だし、
なったとしても今すぐってワケじゃねえ。
本部にも協力要請は来てねえしな。
後はゆっくりと買い物でも楽しんでくれ」
その言葉に、ほとんど3人同時に席を立つ。
そしてドアに向かおうとしたところ、また
声をかけられ、
「それと―――
シーガルを追い詰めなかったのはいい判断だ。
何しろ貴族様ってのはメンツにうるさいからな」
そこでようやく本部長室から解放され―――
私と妻2人は自室へと戻った。
「これで用件は終わりだね、シン!」
「そうだね。
やっとこれで買い物が……あ!」
メルから言われて、私はある事に気付く。
「何じゃ?
もう王家も、レオニード侯爵家の件も
片付いたであろう?
まだ何か残っていたか?」
不審そうにアルテリーゼがたずねてくる。
「その件はもともと、ドーン伯爵家が仲介した
ものだし……
それが2つとも解決したんだから―――
報告しに行くのが筋だと思う」
2人とも顔を見合わせると、私を見てコクコクと
うなずいて同意する。
「ドーン伯爵家は知っている仲だし……
ラッチも連れていって大丈夫か。
じゃあ、さっそく行こうか」
「ハイッ!」
「うむ!」
そしてギルド本部から馬車を用意してもらい―――
ドーン伯爵家の王都滞在用の屋敷へと向かう事に
なった。
「あれ?」
「何か来た時とは違って、バタバタしておる
ようじゃのう」
「ピュ?」
ドーン伯爵のお屋敷に到着した私たちを待ち構えて
いたのは―――
忙しそうに人が激しく出入りしている光景だった。
どちらにしろ、このままでは入れそうにないので、
使用人と思われる一人を呼び止める。
「あのー、ドーン伯爵様に連絡したい事が
ありまして……」
「いや、今ちょっとこっちも忙しくて」
そこへ、怒鳴り声と共に一組の男女が現れた。
「オイそこ!!
何をしている!?
さっさと荷物を運ばんか!」
「兄さま!
お客様かも知れないのに……
あの、何か当家にご用でしょうか?」
いかにも身分の高そうな、兄妹と思われる
2人に、3人揃って一礼する。
20代後半と思われる青年は―――
ブラウンの短髪、無駄なぜい肉は無いが痩せ過ぎ、
という事もなく……
頬がある程度削れ、その鍛錬された経歴を余す
ところなく表に出す。
もう一人、20代半ばくらいの女性は……
身分の高い女性にしては珍しい、冒険者の
ようなショートカット、兄と同じブラウンの
その髪を、肩上までなびかせる。
兄の方を武闘派、とするならば―――
妹の方は女性冒険者タイプ、といった感じだ。
「冒険者ギルド所属、シルバークラス……
シンと申します。
ドーン伯爵様より頼まれていた件が解決
しましたので、こちらへ報告をと」
「冒険者? シルバークラス?」
彼は私たちをいぶかしげな目でにらみ、
「ああ、確か父が寄越していた―――」
そう妹が答えると、兄の方はくるりと背を向け、
「平民ごとき、お前が相手しろ。
私は引き続き演習の準備をしておく。
使えん魔法しか持たない無能でも―――
それくらい出来るだろう?」
それだけ言うと彼はそのまま遠ざかっていった。
「あ、兄が申し訳ありません!
私はアリスといいます。
どうぞこちらでお話をお聞かせ願えますか?」
と、手の平を上にして屋敷の奥を示され、
私たち3人はそちらへ案内された。
王都に来た時は、いずれも本家とは離れた
別棟の建物を使用させてもらったのだが―――
今回は本家の応接室へと通された。
さすがに調度品も家具も、壁に施された彫刻に
至るまで、別棟との違いを見せつける。
「どうぞ」
テーブルにお茶が、従者と思われる少年の手で
用意される。
年齢は10才を少しも過ぎていないだろうか、
白髪にも似たシルバーヘアーが印象的だ。
「では、改めまして……
私はドーン伯爵家三女、アリスと申します」
彼女は深々と頭を下げる。
どうやらこちらは兄とは対照的に、
礼儀正しいようだ。
「冒険者ギルド所属、シンです」
「妻のメルです。
同じく冒険者ギルド所属、ブロンズクラスです」
「妻のアルテリーゼだ。
同じくブロンズクラスだが、よろしく」
こちらも改めてあいさつを終えると、アリス様と
対峙する。
「兄のギリアスがとんだ無礼を……
どうかお許しください。
報告というのは―――
弟妹の婚約について動いてもらう、という
お話でしたが、その事についてでしょうか」
「はい。内容は……」
どうやら、詳細は知らされていないらしい。
ここで妻2人と一緒に、ウィンベル宝物殿と
侯爵家の返礼の品について説明した。
「王家と!?
それにレオニード侯爵家まで!?
それは……何といいますか、スゴイですね。
ファムとクロートに代わり、お礼を申し上げます」
ペコリと頭を下げる彼女に、私は慌てて、
「いえあの、私たちは平民ですので。
ドーン伯爵様にもお世話になっておりますし」
どちらかといえば、兄の方がまだ『まとも』な
対応なのだろう。
侯爵家でシーガルを相手にした後なだけに、
彼女の対応はどこか違和感を覚える。
「てゆーか、この忙しさって何ですか?」
「先ほどあの男が、演習がどうとか言っておったが」
すると、アリス様は少しうつむいて、
「……近いうちに、遠征があるようなのです。
詳しくは言えませんが―――
私がその遠征軍に選抜されまして。
そのために演習を行う事になり、その準備に
忙殺されている次第です」
遠征……
十中八九、例のチエゴ国絡みの事だろうけど。
「アリス様が行くんですか?」
私がつい疑問を口にし、嫁2名もそれに続く。
「フツー、それって長男か次男が行くんじゃ」
「アリス殿が跡継ぎなのか?」
その問いに、彼女は首をふるふると左右に振って、
「いえ、ドーン伯爵家の跡継ぎは長男……
ギリアス兄さまです。
ただ今回の遠征は―――
どの家も、跡継ぎを出す程ではないと判断
しているかと」
何となくだが、わかる。
この遠征がライオットさんに聞いた通りだとすると、
良くて相手を追い返す、悪くても国民を保護して
連れ戻せば終わり。
目立った手柄にはならず、失敗すれば経歴に傷が
付くだけ……
となれば、『失敗してもいい』と考える人材を
派遣するのが自然か。
「私は、バルク・ドーン伯爵様と親しくさせて
頂いておりますが―――
伯爵様はこの事を?」
「……父は、最近は領地経営に忙しいらしく、
王都での伯爵家の一切は、第一夫人である
母上に一任されておりますゆえ」
そういえば、ジャンさんがいつか言ってたな。
ドーン伯爵家には―――
ファム様とクロート様の上に、第一夫人との間に
生まれた、兄や姉たちがいる。
跡継ぎの長男はともかく、他は微妙―――と。
「シンについては?
どれだけ知っているんですか?」
メルがさらに詳しく聞くために割って入り、
「……平民ではあるが、非常に優秀な冒険者と
知り合いになった。
―――それくらいしか聞いておりません。
今回の件も、父からファム・クロートの
婚約について動いてもらう人が来たとしか、
母上から聞かされておらず……
申し訳ありません」
という事は、その第一夫人のところで情報が
シャットアウトされている、という事か。
また頭を下げる彼女に、アルテリーゼが
片手を振って、
「ああ、よいよい。
価値を理解出来ない者はどこにでもいるものよ」
いや相手貴族様だからね?
と、心の中で焦っていると、彼女のフトコロから
義理の子供が出てきて、
「ピュイッ?」
「む? どうした、ラッチ?」
それを見たアリス様が目を丸くし、
「え……っ!?
ド、ドラゴン? の子供?
子供ドラゴン?」
「アリス様、落ち着いて」
彼女の驚きように、従者の少年が思わず声をかける。
「か、可愛い……♪
あの、このコ触っても?」
「人には慣れておる、構わんぞ。
思う存分愛でるがよい」
その言葉に甘えるようにして彼女はラッチを
撫でると、ラッチも頭を猫のように擦り付け―――
それからしばらく、アリス様はラッチを堪能した。
「はあぁあああ……
こんなに楽しい時間は久しぶりでしたわ」
「何、我もこのコの魅力を知ってもらって
満足じゃ」
和やかになる雰囲気の中、アリス様の側らにいた
少年が、顔を彼女へ近付け、
「アリス様―――
この方々ならば、相談に乗ってもらえるのでは」
すると彼女は顔を曇らせ、寂しそうに微笑み、
「……ダメよ。迷惑をかける事になる。
それに、この私の魔法―――
何をどうやったって、役に立つものでは無いわ」
それまで穏やかだった室内の空気に影が差す中、
さらにそれを壊すように怒鳴り声が外から
入ってきた。
「オイ! アリス!!
平民相手にいつまで無駄に時間を潰している!?
お前ごときを相手に演習してやろうというんだ!
さっさと準備に戻れ!!」
彼女は弾かれたように席を立つと、
「も、申し訳ありません!
私はこれで失礼します……!
ニコル、お客様は貴方がお見送りしてください」
バタバタと慌ただしく彼女が退室すると―――
部屋には従者の少年と私たち3人が残された。
「……お客様、本日はありがとうございました。
わたしが門まで案内しますので」
しかし、私はテーブルの上の飲みかけのカップに
手を付け―――
それで察したかのように、両隣りの妻も腰を
上げようとはせず、
「相談したい事があるんでしょ?
シンなら話、聞いてくれると思うわよ」
「それに、ギリアスとかいう男の態度も
気に入らんしのう」
と、嫁2名に促され、ニコルは意を決したように
口を開いた。
「物体浮遊魔法?」
彼から聞いた話をまとめると―――
アリス様は攻撃魔法がほとんど使えず……
物体を浮かす事が出来る魔法を使えるが、
それも軽い物限定で、金属製の剣1本が
せいぜいだという。
「その代わり、制御は完璧で……
目に見える範囲であれば、どのようにでも
動かせます」
話を聞いているとルーチェさんを思い出す。
彼女の火魔法も、出現させるだけなら制御は
完璧だったけど。
「アリス様は兵のまとめ役、いわば指揮官です。
個人的な戦闘力の高さは求められておりません。
それでも、ギリアス様と比較され続けて……」
何とかしたいという気持ちは伝わってくるものの、
効果的な打開策は今のところ浮かばない。
「その魔法で武器を動かせばよいのではないか?
短剣一つでも厄介そうだが」
アルテリーゼが意見を述べると、
「それも考えた事はありますが、
あくまでも目に見える範囲で操作して
いるだけなので……
言ってみれば、糸を使って遠隔操作している
ようなものなのです。
さすがに武器と同じようには扱えません。
身も蓋もない話、投げた方が早いというのが
正直なところです」
と、ニコルに反論されてしまい、
「では、手紙ではどうじゃ?
簡単な指示でも書いて、それを各部隊に
送るとか」
「戦場で何か書くヒマってあるかしら。
送っている間に状況が変わったりしたら」
と、今度はメルに否定され、
「じゃあどうしろというのだ!?」
逆ギレしたアルテリーゼを何とかなだめ、
別の話題を振る。
「演習というのは―――
要は集団戦をやるんですよね?
という事は別に、彼女一人で何でも
対応する必要は無いのでは」
私の疑問に、ニコル君は首を左右に振って、
「私兵も、能力の高い順にギリアス様に取られて
しまうのです。
かくいうわたしも、組み込まれそうになった事が
あります」
ん? とそこで別の疑問が湧き、
「ニコル君は戦えるんですか?」
「戦闘力はありませんが、範囲索敵が使えます。
それに、わたしはアリス様の専属奴隷ですから」
するとアルテリーゼがニヤニヤしながら、
「ほぉ。あの娘、大人しい顔してなかなか良い趣味を
しておるのう」
「病気で死にかけていたわたしを、引き取って
くださっただけですからね!」
怒っているのか恥ずかしいのか、顔を真っ赤に
しながら少年は反発する。
「……あれ?
子供のうちって、魔法が使えないんじゃ」
「魔力制御が上手く出来ないだけだよ。
使える子は探せばいなくはないかなー」
私の疑問にすかさずメルが答えてくれる。
「わたしの場合は―――
先ほど、病気で死にかけたと言いましたが、
治った時に使えるようになっておりまして」
「死の淵から蘇った時に覚醒したのか。
稀にある事じゃな」
ふむ。しかし経緯はどうあれ範囲索敵が使える
人間がいるのは大きい。
となると彼と絡めて―――
かつ、部隊の指揮官として活躍出来る事……
「ニコル君、演習というのはいつ?」
「早ければ5日後には。
場所は、王都郊外で行われます」
両目を閉じる私に、両側から妻たちが聞いてくる。
「何か思いついたの、シン?」
「シンの事だ、きっとまた奇想天外な
解決策を思いついたのだろう?」
期待が背に重いが、私の元いた世界からすれば
常識的な事しかしていないワケで……
一番手っ取り早いのは、私が参戦する事だけど……
それだと目を付けられる可能性がある。
下手をしたら私兵に組み込まれるかも―――
「……演習前に、そのアリス様の部隊を私に
『指導』させて頂けませんか?
もちろん、貴方も彼女も一緒に、です」
そして自分達は冒険者ギルド本部に滞在している
事を告げて―――
ドーン伯爵家の王都滞在用の屋敷を後にした。
「すまない、2人とも。
これから買い物の時間になるはずだったのに」
本部の私室に戻った私は、まず彼女たちに
詫びる。
「べっつにー。
面倒な話は先に片付けておいた方が、
買い物に集中出来るし」
「そうじゃ。
それに夫を支えるのは妻の役目だぞ?」
「ピュピュィッ!」
家族が励ますように答えてくれる。
町に帰ったら、家族サービスを頑張らなくては。
「それにしても、シン。
アリス様に何をさせるつもりなの?」
「それは我も気になるのう。
物体浮遊魔法だったか?
どう考えても、使い道は―――」
私は、部屋にある紙やその他で、やろうと
している事の簡易版をその場で作ってみた。
それを家族に使ってもらう。
その感想は……
「うおおぉおお!?
何コレええぇええ!?」
「な、何だコレは、シン!
魔法ではないのか!?」
「ピュイッ! ピュイィー!」
と、予想以上の反応が返ってくるのを、私は
戸惑いながら受け止めた。
―――2日後―――
ニコル君から連絡を受けた私は、メルと
アルテリーゼと一緒に、王都郊外へと来ていた。
(ラッチは冒険者ギルド預かり)
アリス様と一緒にニコル君もおり、そして彼女の
私兵と思われる、30人ほどの男の集団もいる。
妻2人と一緒に持ってきたブーメラン、そして
野球のボールをイメージして作った模擬弾を
彼らに配る。
これらは、本部で訓練用にと大量に用意されて
いたものだ。
まずレイド君が王都へ行った際、ブーメランが、
またクラウディオさん経由で本部に投球フォームも
伝わった。
オリガさん経由で照準器も伝わったが、そもそも
飛び道具系の魔法を使う者は、アリス様の兄である
ギリアスに取られてしまっていると聞いたので、
不要と判断。
6人ずつ、5部隊に分けるとして―――
1部隊をブーメラン2人、投球を3人にして、
もう1人は……にしよう。
近付けば投球、遠距離はブーメランで対応させる
予定だ。
「見た事も無い武器ですが……」
ニコル君がおずおずと意見を述べる。
「それで、私は何をすればいいのでしょうか」
そして、代表として近付いてきたアリス様に、
私は『ある物』を見せる。
「アリス様には、これを使ってもらいます。
ニコル君と一緒に」
こうして、私は彼らを『指導』する事になった―――