王都フォルロワ・冒険者ギルド本部―――
そこで私は、本部長・ライオットさんと、
メル・アルテリーゼの妻2名と共に、
報告を受けていた。
目の前にはブラウンのショートヘアーの
若い女性と……
ホワイトシルバーとでもいうような輝きを放つ髪の
少年が、姉弟のように座る。
「未だに私自身、信じられませんが……
ギリアス兄さまとの演習で勝利しました」
「完勝、と言っていいほどの結果です。
これもシン様のおかげかと。
わたしからもお礼を申し上げます」
アリス様の私兵指導から3日後―――
ドーン伯爵家で、長兄・ギリアスと三女・アリスとの
演習が行われたのだが……
その成果は、アリス様の専属奴隷・ニコル君が
『完勝』と表現したように、一方的なワンサイド・
ゲームになったらしい。
「しかし、いくら誘導弾と一時的な身体強化アップを
教えたと言っても―――
そんなに圧倒的な差が出たのか?
確か、優秀なヤツは全員、兄の私兵に
取られちまってたんだろ?」
本部長が疑問を直接アリス様にぶつける。
「ブーメランも投球武器も、確かに効果は
絶大でしたが……
それを決定的にしたのは、シン殿がくださった
こちらです」
彼女の言葉と共に、ニコル君が『それ』を
テーブルの上に置く。
「何だこりゃ?」
ライオットさんが怪訝な表情をすると、
それとは対照的に妻2人が微笑みながら席を立つ。
「本部長ー、その端っこ持っててください」
「ちょっと我らは離れるでのう」
そしてメルとアルテリーゼは部屋の奥まで行き、
「アリス様、お願いします。
糸はピンと張るように」
「はい、心得ております」
彼女が物体浮遊魔法を掛け―――
空中でそれが固定される。
ますます何が何だかわからない、という表情をする
本部長。
すると、そこにメルとアルテリーゼの声が……
「あーあー、本部長、聞こえますかー?」
「この程度の距離なら余裕じゃろう?」
その途端、ライオットさんは目を丸くして
『それ』を凝視した。
『それ』は―――
地球でいうところの、糸電話だ。
紙でコップの形態にした物を2つ用意し、それぞれ
離れた場所で『通話』を行う。
私からすれば単なるオモチャだが……
異世界では事情が異なる。
当然、通信手段に無線も電話も無い。
手紙はあるが、戦場で使う手段ではないのは
確かだろう。
「……これ、どれくらいの長さまで使えるんだ?」
「さすがにそんなに遠くは無理でした。
この部屋の倍程度なら……」
本部長の問いに、アリス様は正確に答える。
この部屋自体、端から端まで20メートル
くらいはあるだろうから―――
要するに40メートルまでなら可能、という事だ。
これを常時、アリス様の物体浮遊魔法で、
上空もしくは地面に糸を這わせるようにして
使えるようにしておく。
もちろん、常に40メートルの位置に各部隊を
置くような事はせず―――
『伝令役』の1名に通信を担当させ、時には
単独で行動し、ニコル君の範囲索敵で得た情報と、
アリス様の指示がリアルタイムで伝えられるのだ。
たった40メートルと思うかも知れないが―――
実際に、無線も携帯も無い状態での意思疎通は、
この程度の距離でも非常に難しい。
声はもちろん、文字で伝えようにも大きな
ボードが必要になるだろう。
それがほぼリアルタイムで、正確に伝えられると
いうのは―――
圧倒的なアドバンテージだったに違いない。
「ニコルの範囲索敵も相まって……
まるで戦場を意のままに動かしているような
感覚でした」
「わたしも、こうまで戦闘が劇的に変わるとは
思いもよらず……」
主従が口々に、自身が経験した勝利を分析し、
そして理解する。
「まあ、コレはわかった。
しかしギリアスの私兵が相手だったんだろ?
あちらの方が個々の戦力は上―――
冒険者ならシルバークラスに匹敵する人間も
何人かいたはずだし、しかもギリアス自身は
ゴールドクラス並の実力者だ。
どうやって勝ったんだ?」
ライオットさんの問いに、いつの間にかメルと
アルテリーゼが戻ってきていて、
「それはもちろん、シンが授けた秘策ですよ~♪」
「まったく、いろいろな事を知って―――
いや、考え付くものだ」
そこで本部長の視線は私へと向けられる。
私は頭をかきながら視線を返し、
「何も複雑な事は言ってませんよ。
ただ、攻撃を受けたり狙われたりしたら、
一定の距離を取り続ける。
その追撃してくる敵部隊を―――
別の部隊に後ろか側面から攻撃させる、
それだけです」
私がアリス様の私兵を指導した際に聞いたのだが、
この世界の戦術は、やはり個々の戦闘能力……
もっと言えば魔法に重点を置いている。
だから勝機があり、わずかでも勝ち目があれば
正面から突撃するだけ―――
それがこの世界の戦術だった。
そして弱い側がそれに対抗する手段は皆無に等しく、
まして演習であれば逃げ続ける事は選択出来ない。
そこで、正面切って戦わない事を徹底させた。
戦力が違うとはいえ、一応は同人数での戦いとなる。
そこで30人の集団を6人ずつの5部隊に分け―――
アリス様の部隊を中心につかず離れずの布陣にする。
遠距離はブーメラン×2人でけん制し、
近距離は投球×3人で追い払う。
そして通信用の1人が命令伝達をこなす。
部隊ごとでもアリス様の本隊まで40メートルの
距離に近付けば、情報はアップデートされ―――
ニコル君の範囲索敵で敵味方の位置も共有される。
兄の私兵には範囲索敵持ちはいなかったというから、
それに比べれば集合離散も思いのままだ。
そして確実に相手の戦力を削り取り、一方で
味方の部隊は温存維持させる。
最後は、身体強化と石弾・火球と―――
近距離・遠距離双方の魔法を持つギリアス様が、
身体強化に優れた兵で構成された本体を率いて
アリス様のいる隊へ突撃を敢行したらしいが……
四方八方からブーメランを打ち込まれ、また
アリス様の本隊からもメジャーリーガー真っ青の
ストレートを投げ込まれて壊滅したそうだ。
演習なので当然、ブーメランは木製で刃を
潰したもの。
投球用の模擬弾も殺傷力は無く、たいした
けが人は出なかったとの事だが―――
「そういえば、あの……
お兄さんはどうしてますか?」
おずおずと私がたずねると、アリス様は
苦笑しながら、
「よほど私に負けた事がショックだったのか……
無言で屋敷に戻っていきましたわ」
「いつもなら勝った後に、ネチネチグチグチと
嫌味を……失礼。
戦場での心得や、ドーン伯爵家の跡継ぎとして
説教をされるのですが、今回ばかりは」
うーん。
町へ帰る前に、フォローを入れておいた方が
いいかも知れない。
そして、一通りの報告を終えたと判断した
アリス様とニコル君は、丁寧に礼を述べて
本部長室を後にした。
残されたのは―――
私の秘密を共有する、この部屋の主と嫁2名。
そこで改めて、今回の件の説明をライオットさんから
求められた。
「……『正面突撃は禁止』、
『攻撃は側面か後方から』、
『攻撃を受けた部隊はオトリになって、他部隊が
攻撃するまでつかず離れず』、
『常に挟み撃ちか複数対一の状況を作れ』―――
お前さん、元の世界じゃ将軍か何かだったのか?」
呆れたような、感心したような―――
半々の言葉を本部長は口にする。
何かジャンさんからも似たような事を
言われた記憶が。
父親が自衛隊関係者だっただけで、
自分はただの一般人なんだけど……
「まあそれも―――
アリス様の物体浮遊魔法、そしてニコル君の
範囲索敵あってのものですが」
「情報共有ってヤツか。
確かに、即座に敵味方の状況がわかれば―――
常に有利な判断が出来る。
どのタイミングで攻めるか、待ち伏せするか……
撤退も含めてな」
さすがに王族、為政者だからか、その重要性は即座に
理解したようだ。
魔法があり、個人差があり―――
必然的に戦の戦術は『強大な火力でドーン!!』に
なってしまうのは、この世界では仕方が無い。
血斧の赤鬼・グランツ率いる盗賊集団も
そうだったが、個人の実力が圧倒している
ところに、戦術や対応は生まれにくいのだろう。
「でも、異世界にも―――
戦術というものはあったでしょう?」
そう私が問うと本部長は、
「優れた個人が意識せず行っていたことはあっても、
それを明確に体系付けて行われたことは―――
多分無かったと思う」
確かに、戦術レベルではひっくり返せないと
思えるほどの個人差があるのは事実だ。
しかし『戦術』ではなく『戦略』で見ると、
事情は異なる。
其の必ず趨く所に出で、其の意ざる所に趨き
千里を行きて労せざるは、無人の地を行けばなり
敵が予想していないところ、もしくは常に戦力が
下のところ―――
相手のウィークポイントを把握し叩けるというのは、
勝利と同義だ。
だからこそ情報が何より重要となる。
範囲索敵という魔法があり、重宝されては
いたものの―――
それはどちらかというと『防御用』という
側面が強かったと思われる。
攻める味方に伝える手段が皆無では、
それもやむを得ない事だ。
そして伝える手段があれば、今回のように……
そこで私はふと顔を上げ、
「……ちなみに、ライオットさんは―――
この物体浮遊魔法と範囲索敵の組み合わせ……
どう思いますか?」
もしこれが、軍に応用されたりしたら……
それがきっかけで、侵略戦争とか起こされたら?
私の不安と意図を察したのか、彼は微妙そうな
表情になり、
「どう、って言われてもなぁ。
そもそも物体浮遊魔法自体、ハズレ魔法って
言われていて―――
その数も少なけりゃ、アリス様レベルで
制御出来る人間もそうはいない。
さらに範囲索敵とセットとくりゃ……
国中の冒険者ギルドから人を集めても、
二組出来るかどうかってところだろ」
と、『国家規模での運営は不可能』だと
遠回しに伝えてくる。
「精神感応で代用出来なくも無いが……
それだと一方通行、しかも目まぐるしく動く
戦場で、個人を特定して情報を送るとなりゃ、
ちょっと現実的ではないだろうな」
ホッと胸を撫で下ろすと、妻二人はそれを
残念そうに思ったと取ったのか、
「まーまー、シン。元気出して。
コレばかりは特殊過ぎるよ」
「ブーメランや投擲ならともかく、広く実用的に、
というのはさすがに無理であろう」
慰めるように両側から私の肩をポンポンと叩き、
それで今回の話は一段落と見たのか、本部長は
別の話題を振る。
「ああそうだ、王家からの報酬だが……
確か外灯の魔導具が欲しいって言ってたよな?
100個ほど用意出来たと連絡が来たが、
どうする? まだ欲しいか?」
「ほぇ?
あの、確か1個、金貨150枚って……」
私とメルは目をパチクリさせ、アルテリーゼは
表情を変えないままの状態で聞き返し、
「仮にも王家だぞ。
それくらい屁でもねぇよ。
で、どうすんだ?
あと3日待てば、150個は用意して
くれるそうだが」
その問いに、張子の虎のように首を縦に
ブンブンと振り、同意を伝える。
こうして、財力の差に圧倒され―――
私とメルとアルテリーゼは、本部長室を後にした。
本部の割り当てられた部屋に戻った私たちは、
各々がイスに、ベッドに腰かける。
「そういえば2人とも、買い物はどう?
欲しい物は買えた?」
新居の家具や必要な品は、彼女たちに一任してある。
自分も買い物に付き合おうと思ったのだが―――
王都にいる間は特訓して欲しいと、
冒険者ギルド本部の料理人にせがまれ……
ラッチを預かってもらい、また可愛がって
もらっている手前、その頼みを無下には断れず……
買い物は2人に任せてしまっていた。
「だいたいは揃ったよー」
「ラッチ用の小さなベッドとか、我の気付かぬ事を
よく指摘してくれるのでな。
ほとんどメル殿任せになってしまっておる」
まあ、アルテリーゼはドラゴンだし、人間の
生活様式に慣れるにはまだ時間がかかるだろう。
私自身、メルに比べれば異世界に来てまだ日が
浅いし……
「何かメルに頼り切りになってしまって
いるけど……
この穴埋めは、町へ戻ったら必ずするから」
「やった!
約束ですよぉ~♪」
子供のようにはしゃぐメル、それを微笑みながら
見ているアルテリーゼ。
そして2人を前に、今後の予定を切り出す。
「それで、明日なんだけど―――
王都のドーン伯爵家に行こうと思ってる」
「ん? 何で?」
「唐突じゃのう」
反対ではなく、純粋に2人は疑問の声を上げる。
「今日、アリス様がお礼に見えられたので、
その返礼という形ですね。
ま、実のところ―――
目的は彼女の兄・ギリアスだけど」
ウンウン、と2人はうなずく。
さすがにこの辺りは心得ているというか……
「面倒くさいけど、仕方ないよね」
「大人しくなったのはいいが、
心が折れたままにしておくのものう。
まったく、手間がかかるものよ」
こうして翌日―――
手土産を持って、ドーン伯爵の王都滞在用の屋敷へ
訪問する運びとなった。
「ラッチ~♪」
「あの、アリス様……
もうそのへんで」
到着し、部屋に入るなり彼女は歓迎してくれ―――
そしてラッチはまた抱きしめられ、もみくちゃに
される。
10分ほどラッチを堪能したアリス様は、
ニコル君に促され―――
ようやくラッチを解放すると、本題に入った。
「ギリアス兄さま、ですか……
実は先日、演習より戻られてから、部屋から
出て来ないのです」
やはり、相当ショックだったのだろう。
魔法の優劣は、この世界に取っては死活問題。
それが直接地位や評価に結び付く。
今までさんざん見下してきた妹に逆転されるのは、
想像も出来ない事だったに違いない。
「……部屋まで案内して頂けますか?」
「それは構いませんが、会ってもらえるか
どうかは」
「構いません。
部屋越しでも結構ですので―――」
こうして、アリス様の案内の下、私は妻2人を
部屋に残し、接待はニコル君に任せ……
ギリアス様の部屋へと向かった。
「―――こちらです。
ギリアス兄さま、お客様です」
ノックをして、しばらく待つも返事はなく……
私は扉の前で構わず話し始めた。
「冒険者ギルド所属・シルバークラス……
シンです。
先日はお目汚し、失礼いたしました」
部屋の中から、ガタッ、と音がした。
どうやら反応はしているようだ。
「部屋から出て来なくても構いませんが、
聞くだけでもお願いします。
私が今回、王都に来たのは―――
貴方のお父上、バルク・ドーン伯爵様に
頼まれての事です」
「…………」
応答は無いが、構わずに続ける。
「伯爵様の意図がわかりますか?
私は別段、貴方をどうこうしろとは言われて
おりません。
伯爵様も、ファム様・クロート様の婚約の件以外
何も私におっしゃっていません」
「シン殿……」
アリス様が不安そうに私の名前を口にする。
「王都に来る前、一度伯爵様の屋敷に
立ち寄りました。
そこで貴方の話が出た時―――
私は、自分の国の武人の話をしました」
「…………」
気配は部屋の中からするものの、物音ひとつ
立てられず……
ただ私は話を継続する。
「戦に出れば、必ず勝って帰って来たと言われる
武人がいました。
しかし―――
彼は一度だけ戦に敗れました。
その一敗が、国を滅ぼす遠因になりました。
なぜなら、誰も負けた時の経験が無く、
その対応が全く出来なかったからです」
ゴクリ、と、後ろにいるアリス様が唾を飲み込む
音が聞こえた。
「その時になって彼はこう言ったそうです。
『自分の最大の失敗は―――
若い者に敗北を教えられなかった事だ』
この話を聞いた時、貴方のお父上は、
ただ黙って目を閉じられました」
「…………」
かすかに物音はしてくるものの、
やはり部屋から出て来る様子は無い。
「……私の話はそれだけです。
今回の負けが、貴方に取って毒となるか
薬となるか……
そして伯爵様の……
―――これ以上は僭越になります。
では、失礼します」
そしてアリス様の方を振り向くと、彼女は
深々と頭を下げ―――
メルとアルテリーゼの待つ部屋へと戻る事にした。
「ヤケに時間がかかったねー」
「結局どうだった? 会えたのか?」
待っていた嫁2名の言葉に、私は首を左右に振り、
「ダメでした。ですので―――
お土産を『作って』いきましょう」
「?? あの、作るというのは?」
ニコル君が聞き返してくると、私はアリス様に
向かって、
「すいませんが、厨房をお借り出来ますか?
材料も少しは持って来ておりますので」
「は、はい。それは構いませんが……
シン殿が料理をするのですか?」
すると、妻2人はニッと笑って、
「旦那様の作る料理は絶品ですよぉ~♪」
「我らも手伝うがの♪」
目が点になる女性と少年を促し―――
私は妻たちと厨房へ案内してもらった。
「こっ、これが本物のハンバーグか!!」
「なるほど……!
天ぷらは、素材の水気をふき取っておくのですな」
「すいません、卵を黄身とそれ以外に分けるやり方を
もう一度お願いします!」
予想はしていたが、専属の料理人たちから頼まれ……
自分は料理どころではなく技術指導に奔走していた。
まあいい。
彼らが覚えてくれれば、この家の人たちも教えた
料理が食べられるようになるだろうし。
「メル、アルテリーゼ、すまない。
出来る料理を作っていてくれ」
私は専属の料理人連中に囲まれ、妻2人は離れた
場所で適当に、アリス様、ニコル君と話し合いながら
料理を作っていた。
ちなみにラッチは、アルテリーゼが作業中なので
アリス様に抱いてもらっているようだ。
「あれは、王都で最近流行し始めた料理……
どうしてシン殿が?」
「見た事の無い調理法もあるみたいですけど」
主従の女性と少年がたずねると、同じ夫を持つ
彼女たちは、
「そりゃあねえ。
マヨネーズも天ぷらもフライも、みんな
旦那様が作ったものですから」
「お。今作っておるのはメレンゲじゃな。
冷やして果物と食べると最高じゃぞ」
『は?』『え?』という小さな驚きの声の後、
2人は続けて、
「アリス様の私兵に教えた、ブーメランや投球も、
シンの村にあった物らしいですし」
「聞いておらんのか?
そもそも『ジャイアント・ボーア殺し』として
シンを召し抱えようとしたのが、そなたの父上
じゃぞ?
今では商売のパートナーとして、稼がせて
もらっておる」
アリスとニコルは目を点にしながら、彼女たちの
夫の方を見つめ、
「そういえば、王都のギルド本部の方でも、
噂になっていた冒険者の話を聞きましたが……」
「―――あの方は、料理人なんですか?
冒険者なんですか? 商人なんですか?」
メルとアルテリーゼはフッ、と微笑み、そして
同時に答える。
「「全部、だね(だな)」」
こうして、一通り伯爵家の方々や使用人たちに
料理を作った後―――
シン一家はギルド本部へと帰っていった。
3日後―――
ギルド本部の割り当てられた私室で、私とメルは
帰宅の準備に追われていた。
ウィンベル王家から、外灯の魔導具150個が届き、
また王都で買った荷物はかなりの数になったので、
それは先行して馬車で町まで届けてもらう事に。
私個人としては調味料を探していたのだが……
匂いのキツイものや、いわゆる好事家しか
買わないであろう、ゲテモノのような味付けの
物しか無かったので、購入を断念。
その代わりと言っては何だが、調理器具を
たくさん購入。
またレオニード侯爵家に、パックさんへの
お土産として研究道具を頼んでみたところ―――
魔導具が動力の器具を報酬として頂けた。
一番頭を痛めたのが、孤児院の子供たちへの
お土産で……
日用品や消耗品は、町の職人の仕事を奪う
可能性があるのでNG。
お菓子や甘味もロクな物はなく、仕方なく
オモチャや人形を大量に買った。
時間があれば、自分で何か作ってみるか。
こうして、町へ帰る日を迎えたのだが……
「えーと、メル。
アルテリーゼは?」
「本部の職員さんたちがラッチを
離してくれなくて……
アルちゃんが説得している最中です」
ずいぶんと可愛がられていたようだし―――
別れの寂しさもひとしおなのだろう。
「シンはもう残した用事とかないの?」
「王都にはないけど、帰りにひとつあるなあ……
出来た、とも言うけど」
「結局、伯爵様の家庭内事情に首突っ込んじゃった
モンねー」
言いにくい事をずけすけと話すメル。
それが返って、ラフな気分にしてくれる。
「メルはどう?
買いたい物は買えた?」
「そりゃもう思いっきり♪
一生分の10人分くらい買いました!」
と、メルは満足そうにしているものの―――
ある程度買い物の中身を把握していた私に取って、
気になる事があった。
「……別に、宝石とかドレスとか、もっと買っても
良かったんだよ?」
そう―――
買って来た物の中で、いわゆる装飾品の類が
少なかったのだ。
女性なら、お金がある分たくさん買うものだと
思っていたのだが……
するとメルは両目を閉じ、口を一文字にして、
「んー、でもやっぱ私は冒険者だし。
それに煌びやかな宝石とか服とか買っても、
あの町で誰に見せるのかって言うと」
まあ確かに。
王都で暮らすのでも無ければ、貴族という
わけでも無いし。
「それにその……
買い物で宝石とか見る度に、隣りでアルちゃんが
『ずいぶん小さい石じゃのう』
『もっと高価そうな物なら、我の巣にあるぞ』
とか言ってくるんだもん」
私もそうだけど、ある意味アルテリーゼも
価値観クラッシャーだからなあ。
と、そこへやっと彼女が戻ってきた。
「ふぅうぅ……
やっと解放してくれたわ」
「ピュイィ~……」
ややグロッキーになった2人を見て、私とメルは
労いの言葉をかける。
「お、お疲れ」
「ホントーに可愛がられていたもんね、ラッチ」
我が子を抱きながら、アルテリーゼが顔を上げ、
「あれだけ世話になった以上、手荒な事も
出来ぬし、本当に参ったわ……」
はあぁああ、と大きくため息を付くと、今度は
ニヤニヤと口元が曲がり、
「まあでも、我が子が人気者というのは、悪い気は
せぬでのう」
自分の子の評価というか人気が高いと、
やっぱり嬉しいのか。
このあたりは、人間もドラゴンも変わらないのかも。
「おう、シン。
ウチの職員どもが迷惑かけたらしいな」
ノックの後、本部長であるライオットさんが
入ってきた。
「あ、こちらこそお世話になりました」
私が一礼するのを見て、妻2人も頭を下げる。
「いやいや、おかげでギルドの食事レベルも
戦闘レベルも上がったし―――
礼を言うのはこっちの方さ。
また面倒をかける事になるかも知れんから、
その時はよろしく頼む」
「そういえば―――
クラウディオさん、オリガさんの姿を、滞在中に
見かけなかったんですが……
あの2人、王都ギルド本部所属なんですよね?」
いつか会うだろうと思っていたのだが、結局
最終日まで出会う事は無かったので、この機に
聞いてみる。
「依頼が入ってな。
あいつらは基本、二人一組で行動しているから、
どっちも王都にいねえんだ。
戻ってきたら伝えておくよ。
結婚した事も含めて―――
このまま、王都のドーン伯爵邸へ行くのか?」
「はい。行き帰りは伯爵様のお世話になって
おりますので……」
こうして、本部の最高責任者にも別れを済ませると、
私たちは一路、用意してもらった馬車へと乗った。
「……あれ? あの人って……」
馬車から降りると、アリス様とニコル君が―――
その横に、彼女の兄がいた。
「ギリアス兄さま……」
妹が不安そうに声をかけると、彼はこちらへ
歩み寄ってきて、
「―――シン殿。
父に伝えて欲しい。
今回の件、必ず『薬』にしてみせると」
そして一礼すると、彼はそのまま屋敷の中へと
戻っていった。
「あっ、あの……
申し訳ありません!」
兄の態度を無礼と感じたのか、アリス様が
ペコペコと頭を下げる。
私はそれを止めて、
「別にいいですよ。
もしあのままギリアス様が立ち直らなかったら、
私としても後味が悪かったので……」
「あの様子ならもうダイジョーブでしょ」
メルが続き、そしてアルテリーゼがアリス様の
前に出て、
「ほら、ラッチ。
別れのあいさつをするのだ」
「ピュイッ!」
それを見たアリス様は、満面の笑顔でラッチを
抱きしめる。
「今回は伯爵家、そしてアリス様のため―――
ありがとうございました」
ニコル君が深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べ、
伯爵家の風通しを少しだけ良くした後―――
私と妻たち3人は、帰りの馬車へと乗り込んだ。
3日後の深夜―――
町へ戻る道中、まずドーン伯爵の屋敷に寄り、
接待を受ける。
そこでウィンベル王家、レオニード侯爵家の
両家の懸念を解決した事を報告し―――
また、ギリアス様とアリス様の演習に介入した事、
その顛末、そして兄の方の伝言を伝えた。
「王家と侯爵家の件はすでに手紙で連絡を受けて
いたが―――
そうか……あいつが……
ギリアスはワシと違って魔法の出来が良くてな。
そのせいか、ほとんど言う事を聞かなかった。
このままでは、と常々思っていたのだ……
感謝するぞ、シン殿」
すでにファム様やクロート様が寝静まった中、
第二夫人と共に、彼はテーブルに額を付けると
思えるほど、頭を下げた。
「どうか今夜も泊まっていってくれ。
おお、そうだ。
そういえばロック男爵―――
隠居した方だが、彼が例の『氷魔法の使い手』を
寄越してきた。
すでに町へ行っているはずだ」
こうして、私とメル、アルテリーゼ、ラッチは―――
一泊してから町へ戻る事になった。
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