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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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足場の不安定な屋根伝いに怪しい人影を追って居ると、前を行く男が不意に身を屈め気配を潜めた。


「ナディラと言ったな、お前は軍人か? 」


唐突な問いに疑問が浮かんだが、先程からこの男は必要最低限の事しか言わない事を知っていた。きっとこの問いに関しても必要なのだろうと此処に来て身元を敢《あ》えて明かす……


「違います、軍人では有りません。外科医師《ジラーフ》のイーサン・ハキーム先生の私兵です」


「外科医って、あの糞爺《くそじじい》か? 」


「くっ、糞爺なんかじゃありません、立派な方です。先生に何か恨みでもあるんですか? 」


咄嗟に大きな声を出してしまい、眼前に人差し指を立てられてしまった。


「あっ――― 」


「静かにしろ、反対側の屋根を見てみろ、同じ位の数の別動隊だ」


「えっ⁉ 」


次々と屋根に浮かび上がる不審な人影。腰を低く落とし音も無く、先程の者達とは違う砦方面へと向かっている。


「最早これは奇襲ってヤツの範疇《はんちゅう》を越えた人数だな、合わせれば20は越えてるぞ、それ以上かもしれん。急がなければ手遅れになる。因《ちな》みにお前は未だ若そうだが、戦えると言っていたな? 実戦経験はあるのか? 」


「実戦経験? 」


「そうだ、訓練以外で武器を持った人間と対峙《たいじ》した事は有るのか? 」


「武器を持ったひったくり犯は捕らえた事は有りますが、兵士との実戦は皆無《かいむ》です」


「そうか、ならば、お前に頼みたい事が有る。兵舎に向い応援を呼んで来てくれないか? 軍部の人間にこの事を急いで知らせるんだ、奴等はそのうち散開《さんかい》し其々《それぞれ》が任務を遂行する筈だ、バラバラになられたら手が足りない」


「わっ、分かりました」


「それと途中で若《も》しも奴等の仲間に見つかっても、決して交戦はせずに全力で逃げろ、いいな? 」


「はいっ」


男は腰の辺りから仮面らしき物を取り出すと、その素顔を隠して見せた。


「―――――⁉ 」


「怖がる必要は無い。今後を考えると面倒な事になりそうだからな、素性は隠させて貰う。俺の正体は他言しないでくれ、お前の《《先生》》にもな」


「わっ私も――― 」


「なんだ? 」


「戦える仲間を探してみます」


「あぁ、だが無理するな。相手は兵士だ、遊びじゃ済まない。戦えない者は戦場で足手纏《あしでまと》いになり、時に仲間を危険に晒す可能性もある。分かったなら行け、それと…… 」


「―――――⁉ 」


「巻き込んでしまってすまない」


「そっ、そんな事っ」


「じゃあな、頼んだぞ」


男は直ぐに踵《きびす》を返すと、外套《がいとう》を翻《ひるがえ》し迫り来る闇と同化して行った。まさに今、戦火に包まれようとする愛する母国に、初めての戦場の香りが漂い始める。不安が額を伝い流れ落ち、気が付くと手が震えていた―――


―――恐れるな……


指を噛《か》みピィと甲高《かんだか》い音を出す。すると何処からか一羽の梟《フクロウ》が現れ高く揚《あ》げた腕に留《と》まる。


「お願いクウちゃん皆に知らせて」


頬を擦り寄せ、梟に赤い塗料の付いた小さな枝を咥えさせると天へと放った。赤い小枝は仲間への救援要請時の合図―――


―――はやく兵舎に……


ナディラは思うよりも先に、屋根の上を走り出していた。





「馬車が欲しいってのはあんたかい? 」


イスラールの商人を何人も当《あた》り、漸《ようや》く話を聞いてくれそうな人物に辿り着く事が出来た。馬車は商人にとって、移動手段の他にも店舗としてもその役割を担《にな》う物で、とても貴重で大切な物。譲って欲しいと頼んでみても誰一人、首を縦には振らなかった。


「うん、そうなんだ。先ずは自己紹介だね、僕はカシューって言うんだ。カシュー・エルデンバーグ。貴方達《あなたたち》の見た目から言うとそうだね、異国人って奴だね。先立《せんだ》ってのムルニの審判の生き残りって言った方が分かり易いかもね」


初老の男性は驚いた様子で、被っていたフードを上げて見せると、白髪交じりの髭が、長年に渡り商いに勤《いそ》しんで来た事を物語る。


「なんと⁉ あの事件の生き残りとは…… 」


「うん、お蔭さまで運が良かったんだよ、でも大勢亡くなってしまったよ」


「そうか…… それは大変じゃったのう…… まさかあんな事が起こるとはな。それで? 何故馬車が必要なんじゃ? 商いでも始めるのか? 」


「いや、国に帰りたがってる仲間が居てね、長旅になりそうだからどうしても馬車が必要なんだ」


普段は帰国した商人達の憩《いこ》いの場であり、情報交換の場でもある飯屋を兼《か》ねた酒場は、イド・フィトル《祝宴祭》の為に、先程まで大勢の人で混雑していたが、時間と倶《とも》に人々も影を潜め、静けさに包まれようとしていた。


「そう言う事じゃったのか、成程な。儂はバーラムと言う。バーラム・ジャーヴィードじゃ、宜しく頼む」


「うん、宜しくねバーラムさん。バーラムさんは、お酒は飲める? 」


「あぁ、問題無い。頂こう」


カシューはバーラムの木製のコップにワインを注ぐと、二人同時に眼前にコップを軽く上げ乾杯の意を示した。


「バーラムさんはデュルク人じゃないの? 」


「儂はデュルク人の商人の父と、ペルシーア人の母の間《あい》の子《こ》じゃよ、愛人だった母は父の名を告げる事も無く野垂《のた》れ死んだ。じゃから父親が誰かも知らん。小さな頃はペルシーアで育ったから、拝火教徒《ゾルアスター教》なんじゃよ。酒によって魂が穢《けが》れ、善悪の判断力が鈍くなると言われ、宗教上飲酒は禁止されておるが、今日くらいは善の神も許してくださるじゃろ」


拝火教《はいかきょう》とは、古代ペルシーアの先住民族であるアリーア人の宗教的な信仰と、ゾルアスターと呼ばれる預言者による改革的な思想が融合して形成された宗教を指す。


アパスタークと呼ばれる聖典が教義の根拠とされ、二元論的な宗教であり、天地や善悪などを二つの対立する原理としている。火を神聖視する宗教である為、拝火教《はいかきょう》とも呼ばれていた。


善の原理を象徴するアルラ・マズダと、悪の原理を象徴するアエラ・マンユを中心に、それぞれの信仰や教義が展開されている。


「儂はもう身体に無理が祟《たた》り、動けんようになってしもうての、廃業を考えていた所じゃったんじゃ、若い気でおったが仕方無いな」


「バーラムさんの言い値で買い取るから、少し負けてくれたら嬉しいかな」


「馬一頭分の代金だけ貰えれば有難い。荷馬車はもう古くて売れんから、輓馬《ばんば》付きで持っていってくれると助かる。輓馬《ばんば》はまだ元気な若い子だから安心してくれ」


初老の男はグイっと一気にワインを喉に潜《くぐ》らせると、言葉を続けた。


「それと一つだけお願いしたい事があるんじゃが…… 」


「うん、何だいバーラムさん」


「実は、仲の良い婆さんを一人、近隣周辺の街に送り届ける約束をしていてな、それをついでにお願いしたいんじゃよ、あんたのお仲間が旅立つ時に一緒にな」


カシューは少し慮《おもんばか》ると、直ぐにその人懐っこい笑みを溢《こぼ》し承諾した。


「分かったよ、多分大丈夫だと思うよ。国に帰りたがってる人は優しくて、良い人だから」


「ついでに頼んでしもうて悪いの」


すると突然―――!!


ドドンと地面を強烈に突き上げるような地響きが建物を揺らし、テーブルからコップが弾け飛んだ。大層な揺れに店内に居た者達は驚きと悲鳴をあげ、咄嗟《とっさ》に外に飛び出す者も現れた。


「何これ―――」


カシューもバーラムと同時に外に飛び出し、住民が指差す方へと視線を送ると、空には大きな白煙が打ち上っていた。


「あっ、あれ何? 」


カシューはその異様な光景を確かめようと慌てて飯屋の二階に上り、露台《ろだい》の手摺《てすり》を足蹴《あしげ》に勢いを付け建屋《たてや》の端に手を掛けると、屋根の上に半身を乗り出し、顔を上げ立ち上がろうとした正にその時―――


「―――ちょっ⁉ きゃあああ」


「うっうわああぁ――― 」


正面から突然現れた黒装束の何者かと、ドガンとぶつかり合い吹っ飛ぶと、勢いのついた二人はそのまま抱き合い、隣の酒場の二階席へと一緒に雪崩《なだ》れ込み不時着した。


―――ガッシャーン―――


「いたたた…… 一体なんだい? 」


二階席の客が慄《おのの》き大騒ぎする中、カシューが呟《つぶや》き漸《ようや》く目を開けると、胸の上で折り重なる褐色の肌をした少女が苦しそうに悶えていた。


「うっ…… ううぅ」


―――――⁉


「ねっ、ねえ君、大丈夫⁉ 」


「うっ、う~ん…… 」






紛糾せし縁《えにし》の交錯は、天啓の兆しか神の戯れか。来るべき火蓋は軈て姿を現し、憂嘆《いうたん》の渦巻くる。

////決戦のナリカブラ////

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