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クラスの中心のグループの中にいる一人が、僕の机に置かれた一冊の漫画を手に取った。
「おいおい、マジかよこれ。親がいねえからって、こんな暗い漫画読んでるわけ? しかも、
『生きる希望が』とか帯に書いてあるし。お前、ガチで病んでんの? キモっ」
声の主は、スクールカースト上位の陽キャ男子、晃だ。
周りの取り巻きたちが「うわ、マジか」「やば、引くわー」と笑う。
その笑い声を聞きながら、僕は胸の奥が冷えていくのを感じていた。
頭では分かっている。
ここで怒ったら余計にめんどくさいことになる。
笑ってやり過ごすんだ。
いつものように、「いや、図書室にあったから読んでみたw」。
自分を演じて引き下がるんだ。
そうすれば、奴らの標的から外れる。
僕の居場所は、こうやってこいつらに合わせて守るしかなかった。
「……こんな本、全然好きじゃ―」
僕が作り笑いを浮かべて、そう言いかけた時だった。
「お前ら、それのどこが面白いの?」
冷ややかな、けれど妙にはっきりと通る声が、教室のざわめきを切り裂いた。
声の主の方を見ると、窓際の席に座る男が、退屈そうに肘をついていた。
数日前に転校してきたばかりの、名前は蓮と言ったはずだ。
普段は誰とも群れず、授業中も窓の外ばかり見ている、変な奴だった。
晃は鼻で笑って、蓮を睨みつける。
「は? なんだよお前。俺らはこんなの読んでるのおかしいなって話してただけだろ」
蓮はゆっくりと立ち上がり、晃の方まで歩いてきた。
そして、晃の手からその漫画をひったくるように奪い取り、表紙をちらりと見てから、晃に冷たい視線を向けた。
「おかしいのはお前の頭だろ」
「……あ? なんだと?」
晃は怒らせると怖い。
けれど蓮は、微動だにせず、真っ直ぐに晃を見捉えた。
「心の傷とか、どん底だった過去とか、そういうのを笑いのネタにしねえと自分の価値を保てないのかよ。可哀想な奴だな。……で、お前。」
蓮は、隣で固まっている僕に視線を向け、それから晃達を指差した。
「なんでお前は、あんな奴らの機嫌を取るような笑い方してんだよ」
心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
図星を突かれた痛みが、全身を駆け巡る。
「…お前には関係ないだろ」と、僕はか細い声で呟いた。
「関係ある」
蓮は一切引かなかった。蓮は漫画をそっと俺の机の上に置き直すと、僕の目をまっすぐに見つめた。
「俺もお前と同じようなもんだから。両親が死んだときの心の痛みとか、そういうのバカにされたときとか知ってるから。それをキモいの一言で片付けられて、なんでヘラヘラしてんだよ。お前は…、お前はそれでいいのかよ。」
「よくない。けど、まじめに受け取ったら笑われるだけだし…」
「そんなことばっかりしてて、人生楽しいかよ。」
蓮は容赦なく、けれどどこか真剣な声音で言った。
「お前は、その漫画のおかげで今もここにいるんだろ。それを、こんな奴らの顔色を伺うために自分で踏みつけるのかよ。そっちの方がよっぽど、その漫画の作者にも、自分にも失礼なんじゃねえの」
教室が一気に静まり返った。
晃は顔を真っ赤にして、「お、おい。転校生のくせに調子乗んじゃねぇぞ!」と詰め寄ろうとしたが、蓮はその殺気立つ視線を素通りし、俺にだけ言った。
「好きなもんは好きって言えよ。お前がここにいるのも、今俺と話せてんのも、全部この漫画のおかげたろ。」
頭を殴られたような衝撃だった。
そうだ。両親を失って、学校でも居場所がなくて、消えてしまいたかったあの日。
この漫画を読んで、生きてみようと思えたんだ。
あの時の救いは、本物だった。
それを、どうして。
なんで、こんな奴らのために、自分で汚そうとしていたんだろう。
震える手で、僕は机の上の漫画をしっかりと掴み直した。
そして、恐怖で強ばっていた肩の力を、少しだけ抜いた。
「…そうだよ」
自分でも驚くほど、はっきりとした声が出た。
僕は顔を上げ、さっきまでヘラヘラと笑っていた晃を、今度はまっすぐに見据えた。
「僕はこの漫画に救われた。それをバカにするのは、やめてほしい。」
晃は一歩後ろに下がり、「……は、気色悪……勝手にしろよ!」と言って、教室を出ていった。
取り巻きたちも、気まずそうにそれに続いた。
静かになった教室で、僕は大きく息を吐き出した。
冷や汗で背中がびっしょり濡れていたけれど、不思議なことに胸の痛みはすっかり消えていた。
「…ありがと」
小さな声でお礼を言うと、窓際に戻りかけていた蓮の耳が少し赤くなっているのが見えた。
「……別に。あいつらがムカついただけだから。」
その態度の裏にある不器用な優しさが、すごく嬉しかった。
コメント
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ああ、第2話、すごく良い話だった…。 晃たちに漫画をバカにされて、それを蓮がまっすぐに止めてくれた。しかも「お前はそれでいいのかよ」って。自分と重ねて言うところ、心に来たよな…。最後に「僕はこの漫画に救われた」って自分で声にできたの、その蓮がちょっと耳赤くするところも、すごく好きだ。