せっかくそう決めた金曜日のまさか俺は朝遅刻してお昼休みに先生からまた罰としてプリントをコピーしたりホッチキスで止めたりと···いわゆる雑用を言いつけられてしまった。
なので今日のお昼は涼ちゃん先輩と一緒出来ない、と休み時間に教室まで伝えに行った。
「わざわざ言いに来てくれてありがとね」
先輩はそんな時もあるよね、と笑って残念がる俺の手のひらにポケットから取り出した飴を乗せてくれる。
「ありがとうございます···。涼ちゃん先輩と一緒にご飯食べたかった···」
週に1回のお楽しみを自分のせいとはいえ、失ったショックは大きい。
はぁぁ、と大きなため息が出てしまう。
「また来週、ね」
そう言って先輩は俺の髪をわしゃわしゃと撫で、来週楽しみだね、と言い教室へ戻っていった。
俺は不意打ちのそれに一気に恥ずかしくなり、顔が熱くなったのを感じ、先輩の背中を見送ってから口元を押さえて自分の教室へ急いで戻る。
これは、ヤバい。
心の中で先生恨んでごめんなさい、こんなご褒美いいんですか、なんて思いながらそのあとの授業でも思い出して少しぼんやりしてしまう。
けど、昨日の放課後にはあのピアノを誰が弾いているか確認する大事なミッションが俺を待っている。
ドキドキしたり、ぼんやりしたり、気を引き締めてみたり。
なんだか今日は忙しい一日になりそうだ。
少し雲行きが怪しく暗くなってきた放課後に俺は貸し出し表を確認してからピアノの部屋に向う。 そこには先輩の名前が書かれていたので部屋が近づくに連れ、静かに行動した。
扉の前に立つと、中からあのピアノの音が聴こえてくる。前とは違う曲だけど心地良いメロディーにしばらく聴き入る。俺は深呼吸をひとつすると、ほんの少しだけ、引き戸を横にずらした。
ピアノの位置と向きは抜かりなく事前に音楽の先生に確認済みで、部屋の真ん中に黒板がある前方に向かって置いてあるということだったので、きっと背中をこちらに向けているはずで。弾いている最中であれば少しの音なら気づかれないであろうと見込んでいた。
そうっと音を立てないように、隙間から中を覗く。
···やっぱり。
あの背中、無造作にまとめた少し茶色がかった長めの髪。
間違うはずはない、涼ちゃん先輩だ。
ハッキリと確証が持てた俺はそっと扉を閉めるとドアの前でまたピアノに聞き入った。やっぱり、先輩にはピアノが似合う···。
しばらく聴いていたけれど、音が鳴り止んだ。そろそろ今日は、終わりにするのかもしれない。
そう思った俺は慌てて来た方とは逆にある廊下の角に隠れる。
少しすると扉が開いて鍵を閉める音が聞こえて足音は職員室の方へと遠ざかっていった。
「先輩が弾いてた···よな···」
間違いない。
あんなに上手で素敵な音を奏でるのに、どうしてそれを隠したりするのか···理由はわからないけど、金曜日に大切な用事が俺にはもうひとつ出来た。先輩にバレないように、先輩のピアノを聴くという、大事な用事が。
空にはいよいよ、雨を降らせたいような灰色の曇が広がっている。廊下の大きな窓から空を見上げてどうか先輩が家に帰り着くまでは降らないで、と願った。
コメント
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なんだか健気な♥️くんが可愛いです✨