目を見開き、立ち尽くしている私に
「美月。加賀宮さんじゃなくて、加賀宮《《様》》だろ?初対面だし、お客様なんだから。すみません、妻はおっちょこちょいなところがあって……」
「いえ。それくらいのこと、気にしませんから」
フフっと加賀宮さんは笑った。
こんな笑顔を向けられたら、彼の素性を知らない人はやっぱり騙されちゃうよ。
状況を理解できずにいる私に、孝介は痺れを切らしたのか
「美月、早く加賀宮さんをご案内して?」
声音は優しいけど、表情が固い。
「はっ……はい。どうぞ、こちらへ」
「お邪魔します」
メガネをかけた加賀宮さん、髪の毛はワックスで少し固められ、仕事モード。初めて会った時と同じだ。
孝介に顔見知りだと気付かれたらダメだ。
どうして加賀宮さんは、そんな平気な顔していられるのよ。
平然を装っているが、心の中はパニック状態だ。
リビングへ案内し、ダイニングチェアに座ってもらう。
「飲み物は?」
孝介に聞くと
「加賀宮さん、ビールで良いですか?」
「ええ。お気遣いありがとうございます」
仕事の話をするのにビールなの?
疑問に感じたが、私は孝介の指示に従うしかない。
ビール、ビール、ビール……。
二人の前に冷えたグラスを置き、瓶ビールを注ぐ。
緊張してしまい震える手を必死で隠そうとしながら、加賀宮さんにお酌をした。
「ありがとうございます」
加賀宮さんは笑顔だし、何を考えているの?
「美月。加賀宮さんは、うちの会社と提携を結んでくれたんだ。ご自身で会社を設立してまだ間もないのに、洋服のサブスクサービス、BARやカフェの経営、本当に多彩な才能をお持ちで……。今度、家電のサブスクサービスを始めるそうで……。そこでうちの製品を扱ってくれることになった。俺と歳も近いし、父さんが紹介してくれて……」
「そうなんですね」
加賀宮さん、そんなにすごい人なんだ。
孝介が人を立てるってことは、九条グループの方が加賀宮さんの会社にお願いしたような形なんだろうな。
加賀宮さん、教えてくれたって良かったのに。
今すぐ文句を言ってやりたい気持ちになったが、作り笑顔で対応を続けた。
「九条さん、羨ましいです。こんな素敵な女性と結婚されていて」
なにそれ、嫌み?
チラッと加賀宮さんを見たが、何食わぬ顔をしている。
※サブスクサービス
(サブスクリプションサービス)
「美月はとても一生懸命な女性で。家事や料理も上手で、自慢の妻なんです」
ウソウソウソ!そんなこと思ってないくせに。
美和さんの方が……とか、心の中で思っているんでしょ?
どうしてそんなに見栄を張るの?
「容姿だけじゃなく、内面も素晴らしいんですね」
加賀宮さんはフッと笑った。
その笑いは何?
二人の会話に心の中で突っ込みを入れる。
「美月さんの作った料理、食べてみたいです。僕は……。性格が悪いからか、何年も彼女はいませんし。食事もいつも外食だから。たまには手料理とか食べてみたいなって、憧れるんです」
加賀宮さんは、そう言って孝介に微笑んだ。
孝介の眉間がピクッと動いたのを私は見逃さなかった。
「すみません。今日は急だったから。彼女も準備していなかったみたいで。酒のつまみもろくなものがありませんね……」
孝介は私が料理が下手だと思い込んでいる。悔しい。
「私、作ります……」
「はっ?」
孝介が一瞬、素になった。
「美月、無理しなくて良いよ。食材も揃っていないし……」
どうしても私に作らせたくないのね。
不味いものをお客様に食べさせたら、顔が立たないもの。
しかも「料理上手な妻」で通っているから。
でも――。
「大丈夫です。私、作ります」
ちゃんと作れるってところ、孝介に見せてやりたい。
「本当ですか?それは楽しみです」
加賀宮さんがそう言ってくれたおかげで
「じゃあ……。お願いするよ」
孝介も渋々承諾してくれた。
私がキッチンに立っている間、二人は楽しそうに会話をしていた。
表面上だけなんだろうな、二人とも……。
「お待たせしました」
私は作ったおつまみを二人の前へ運んだ。
卵焼き、塩昆布とキャベツの和え物、ツナと玉ねぎのピリ辛和え。
イジメかっていうくらい、冷蔵庫には何もなかった。
もう少し材料があれば……。
私の作った料理を見て、孝介は表情が明らかに歪んでいる。
「……。加賀宮さん、すみません。もっとオシャレなモノ、彼女も作れるんですが……。今日は《《たまたま》》冷蔵庫に何もなくって。見栄えが悪いですよね。美月も無理して作るから。《《明日食べる》》から、どこかコンビニでも行って、おつまみ買って来てくれないかな?」
孝介は私に視線を合わせる。眉間にはシワが寄っている。
すぐわかる、怒っている。
「いえ。とても美味しそうじゃないですか?僕はいただきますよ」
そう言って加賀宮さんは、私の作った卵焼きをパクっと食べた。
「あっ、加賀宮さん。無理しなくても……」
孝介が引き止めるも、もう彼は飲み込んだ後だった。
なんて言うのかな。
今更になって緊張してきた。
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