攻性工廠型の咆哮。空気を切り裂くように放たれたその一撃は、リュストカマー基地の位置する方角へと牙を剥く。
「ッ!!レーナ!そっちに砲撃が行く!!早く逃げろ!!」
シンの叫びに応じる声は無い。知覚同調の先では今も尚、警報音や管制員の慌ただしい声がする。恐らくレーナもフレデリカの避難で応答する暇もないのだろう。その状況にシンは唇を強く噛んだ。もはやレーナや他の管制員が助かる可能性は無いに等しい。でも、それでも生きて欲しかった。やっと未来を望めたのに、それすらこの戦場の前には砂埃のように消えていってしまう。それが酷く、腹立たしい。
肉親が死に仲間が死に、今度は愛する人まで死んでいってしまう。戦う意味を見失いそうになり、頭を振った。意味なんか関係ない。この戦争を終わらせたいと願った。その願いの先に自身が居なくとも誰かの生きる礎になればいい。だからここで朽ちることになったとしても、レーナに誇れるような最後にするのだ。
「アンダーテイカーより各位───本部は陥落手前だ。ここのレギオンは俺が引き受ける。1秒でも速くフレデリカの所へ行け。」
『テメェだけ良いところ持ってく気かァ?アタシも残るぜ。』
シデンが喧嘩の続きのようにシンに言った。
「ふん…足を引っ張るな」
『その言葉、そっくりそのまま返す』
レギオン牽制ために2機はワイヤーを引き後退する隊から外れる。
『『シンッ!』』
ライデン、クレナ、アンジュ。3人がシンの名前を呼んだ。
「先に行く。あとは頼んだ。…今までありがとう」
『全く、お前には何回苦労させられたか…後は任せろ。』
『ッうん!こちらこそありがとう!世話の焼けるお兄ちゃんの分まで頑張るから!』
『シンくんには最後まで振り回せれちゃうのね。…フレデリカちゃん絶対に助けるから。』
胸の内に広がる暖かな気持ちを胸の内に刻み込んで、レギオンの群れの中へと身を投じる。
『ヴィナディースから各位───フレデリカ・ローベンフォルトの避難の完了をお知らせします。これより、侵入したレギオンの牽制に移行します。…攻性工廠型の砲撃がこちらに向かっているのですね…早くとも1分で被弾すると推測されます。それまでの間、レギオンを彼女の避難位置から遠ざけます。』
「『了解』」
およそ2分半後。破壊音が響き渡った。
『被弾を確認しました。主電力を破壊されたのでこちらとの知覚同調もじきに使えなくなるでしょう。…それまでにこちらも陥落しているでしょうけれど。』
主電力の破壊により、基地内にある機械を冷やす冷却装置が使えなくなった。そして、1つずつ内部爆発を起こして行く。それに伴う火災。レギオンは熱に強い。しかし、人が搭乗するレギンレイヴでは、それに比べて遥かに劣ってしまうのだ。
『…皆さん、健闘を祈ります。』
「レーナッ!愛してる!」
『レーナ!後は私たちが何とかするからッ!』
『女王陛下、ありがとな』
レーナとの知覚同調が途切れた。けれど悲しんでは居られない。まだやるべきことがあるから。
「…シデン。まだ行けるな?」
『あたりめぇだよ。…任しときな』
2機のレギンレイヴはどちらも、満身創痍な状態だ。弾も数える程にしか残っていない。それでも尚立ち上がる。未来に託すために。
シデンは前方へと跳躍し、シンが通る道を開けていく。悔しいけれど、シデンとシンでは操縦技術は比べるまでもない。だから少しでも勝率をあげるために前方へと飛び出る。シンも後ろから、レギオンを破壊していく。
やはりと言うべきか、先にガタが来たのはシデンのレギンレイヴだった。
『チッ…脚がイカれたか…おい死神!アタシは無理みてぇだ。後はお前に任せるぜ?』
シデンは銃を額に当てる。
「…あぁ。…ありがとう。」
シンの感謝の言葉にシデンは笑った。
「テメェがアタシに感謝する日が来るなんて思ってなかったぜ。…ありがとな。これでアタシも漸くシャナの所へ行ける…向こうでも喧嘩して…アイツにも礼の1つでも言ってやっか。…じゃあな。」
引き金を引く音と共に銃声が轟く。その瞬間シデンと繋いだ知覚同調を切れる。
シンは1人でレギオンの群れの中で戦う。残すところ弾は1弾。これは、レーナの父に当てるものだ。シンは声のする方を探す。
「…運が良かったな。こんなに近くにいるじゃないか」
ヴァーツラフ・ミレーゼとシンの距離はわずか30メートル程度。すかさずシンはワイヤー前方に伸ばし、他のレギオンから距離をとると彼の方向へと足を動かす。その間にもレギオンはシンの首を狩るために攻撃を仕掛ける。が、それをシンは間一髪のところで避ける。
ヴァーツラフ・ミリーゼとの距離、5メートル、4メートル、3、2、1。
ヴァーツラフ・ミリーゼの背後を取ったシンは、白銀に輝く装甲にレギンレイヴの脚を差し込む。長くは持たない。けれど一瞬の隙があれば良い。装甲と装甲の間、外部で最も内部との壁が薄い場所に砲口をねじ込む。
「…眠ってください。でないとレーナが悲しむから。」
弾を打ち込まれた彼は、内部の損傷により活動を停止した。もう声は聞こえない。その事実に胸をなでおろした。…次にする事は自害だ。鹵獲されないように、己が己で終わるために。コックピット内に置いてある銃を手にする。手に馴染んだその銃は仲間たちの思いも詰まっている。
「お前たちのおかげで俺はここまで来れた。俺の行き着いた先はここだ。だから」
おやすみ。
行き着く先まで連れてきた彼らに自由を。死神の役目はここまでだ。目を閉じれば、今でも思い出せる死んで行った仲間たち。その一人一人が笑っているような気がした。
『俺もまぁ…すぐに死んだんだ』
話し終えたシンは情けなさそうにけれど誇らしそうにレーナに告げた。
「そう…だったのですね。」
レーナは自身の最後の時の記憶が少しない事実に気がついた。恐らく、立て続けに事が怒っていたために記憶が混濁しているのだろう。
「フレデリカはどうなったのでしょうか…」
悲しそうにレーナは目を伏せた。
『俺にも分からない。…でもライデン達は出来るだけの事をしたと思っている。』
「…そうですね。もう、私たちにはどうすることも出来ない。今出来ることは、この世界の戦争を終わらせること…」
「あぁ。」
「私は逃げない。お父様もレイさんも…レギオンに鹵獲された人々を自由にするために。貴方と海を見るために。…だからシン。一緒に戦ってはくれませんか?」
シンは一瞬の沈黙の後に
『勿論です。…ハンドラー・ワン』
今のレーナの敬称で呼ぶ。
「ふふっ。頑張りましょう、アンダーテイカー」
2人の運命はまだ絡み始めたばかりだけれど、きっと2人ならどんなに困難な道でも乗り越えられる気がするのだ。
「…2週間後、そちらに手土産を持って伺います。きっと役に立つものですから。」
レーナは微笑みながらシンに話しかけた。
『あまり無理はしないでくれ。でも、レーナに会えるのは楽しみだ。』
「えぇ。私もとても楽しみです。」