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夜の一粒が水面に零れ堕ちて、静かに歪な波紋を広げる。地面にぶつかった幾粒もの水滴がたまり場となり、少しずつ確かに面積を広げていくんだ。そのうち地面を抉り始めて、取返しが付かない程に大きな池になる。埋め立てる猶予なんてないくらい、大きな池。それがきっと恋なんだと思う。
「………厨二臭い」
自分ら以外誰もいないボードゲーム部の部室。顔を青ざめさせ、腕まくりなんてしてまで鳥肌を見せつけてきながら澤白が呆れたように言う。
「なんだよ!澤白が「恋ってなんだと思う?」なんて聞いてきたから僕は自分の意見を…」
「いゃ、分かってるよ安澄。分かってんだけど…思ってたより抽象的で、ビビった。」
顔を真っ赤にして身を乗り出し澤白に対し不満を露わにする安澄を宥めるように肩を叩きつつ、澤白が話す。捲ったワイシャツを元に戻しつつ、目線を彼に向けて煽るように微笑み
「それで、詩人の安澄くんはその恋に落ちる雫の音を聴いた事ってあるわけ?」
なんて問い掛ける。安澄は居心地悪そうに肩を窄め、彼の方をチラリと見た。
「無い、けど…澤白だって無いだろ、どうせ!」
自信なさげに答えるも、巻き返すように強気な声色を強めて澤白に詰め寄る。安澄は澤白を幼稚園の時から知ってるんだ、此奴が女に興味ないことくらい知って…
「…恋してるよ、今。」
「はっ?!?!嘘、うそお!」
ぐあっと身を乗り出し、思わず澤白にぐっと顔を近づけた。だって、彼にそんな素振り見られなかったから。いつの間にそんな、恋なんて!裏切り者めが!!!
「声でかッ…そんな驚くことでもないでしょ」
澤白が鬱陶しそうに顔を歪めている。ンン、と小さく咳払いして椅子に腰かけなおし、阿澄が改めて彼を見た。確かに、言われて見れば澤白は人より顔は整っているし頭がいい。少々クレバーすぎる気もするが、見方によっては余裕があって大人っぽいと言い換えられなくはないような気もする。恋くらい、しててもおかしくないか…
「…誰が好きなの?」
幼馴染の恋事情なんて追及する他なく、面白いもの見たさで阿澄が口を開く。この男が照れ臭そうにしながら想い人の事を語る様を想像するだけで白米がいくらでも食べられるような気がする。
「幼馴染。」
澤白の幼馴染………あぁ、確か美術家の吉野さんも小学生から同じだったな。気になってる素振り無かったのに。少々不服だが、気にせず阿澄が話を進める
「吉野さん?澤白あんま話してなかったじゃん。もしかして奥手?」
阿澄がそう問いかけると、澤白が呆れ気味にため息を吐いた。
「…阿澄なんだけど。好きな人」
少し間を開け、眉間に皺を寄せながら澤白が阿澄を指さす。彼を捉える瞳は一直線で、そこに躊躇は微塵も感じない。絞り出すとしたら、怒りだろうか。あまりに鈍感な彼に対する、僅かな憤り。
「…えっ、僕?!なんで!」
ぼわっと火を噴くように阿澄の顔が赤くなり、目を見開いてまた声を荒げる。いつから、なんで、問いたいことが頭から溢れだしてくる。
「…そんなの俺が聞きたい。なんでお前が好きなんだろ、俺」
顎に手を置き、澤白が俯く。理由を考えてるような素振りだが、僅かに覗く耳が、いつもの何倍も赤くなっていた。平然を保っているように見せてる癖に、内心恥と照れでおかしくなってしまいそうなようだ。そんな澤白を見るなり、阿澄の心臓がばくんと大きく跳ねる。
「あぁ~えっと…サワシロさん……?」
とん、と澤白の肩を叩き、顔を伺おうとする。ゆっくり上がっ来て阿澄の前に晒された顔は、彼の耳以上に赤かった。
体の奥底で、爆発音が響いたような気がする。嗚呼、こんなにも騒がしいものなのか。想像していたより、ずっと。
雫が落ちる音なんて、非じゃないくらい騒がしかった。