テラーノベル
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体育館の床に響くシューズの音。
バスケ部の練習は、今日もいつも通り熱を帯びていた。
私は、マネージャーとして水の補充やタイムキーパーをしながら、何度も目で彼を追ってしまう。
――吉沢先輩。
背番号4番、ポイントガード。冷静な判断と速いドリブルでチームを引っ張る人。
私がこの部に入った理由の半分は、バスケが好きだから。でも、もう半分は…たぶん、先輩の存在だった。
「○○、これ…」
練習の合間、先輩がペットボトルを手に取りながらこちらを見る。
汗で額にかかった髪が光に透け、息が少し上がっている。
「…ありがとう、いつも助かる」
短い言葉なのに、不思議と胸が熱くなる。
その後の練習。
残り5分で先輩は華麗なスティールからの速攻を決め、コートの端で私と視線が合った。
一瞬だけ、笑った。
その笑顔が、試合の点数よりも、私の心に響いた。
練習が終わった後、体育館の片隅でモップをかけていると、後ろから声がする。
「お疲れ。…帰り、一緒に駅まで行かない?」
振り返ると、タオルで髪を拭きながらの先輩。
断れるわけなんてない。
「はい…!」
体育館を出ると、夕焼けの色が街を染めていた。
その横顔は、部活の時よりも少し大人びて見える。
ただ歩いているだけなのに、胸の鼓動が速くなるのを止められなかった。
――この日から、放課後の帰り道は、私の一番好きな時間になった。
県大会2回戦。
体育館の空気は、緊張と期待でいっぱいだった。
私はマネージャー席から、アップ中の先輩を見つめる。
「○○、タオルお願い!」
声をかけられるたび、役に立てている喜びと同時に、心臓が跳ねる。
試合は接戦。
第4クォーター、残り30秒。
1点ビハインドの場面で、先輩がボールを持った。
相手ディフェンスを抜き、ジャンプシュート。
――ボールはきれいな弧を描き、ネットを揺らした。
ブザーが鳴り、歓声が体育館を包む。
ベンチに戻ってきた先輩は、私の目をまっすぐ見た。
「勝ったよ。…見ててくれた?」
「はい、もちろん!」
汗で光るその笑顔は、眩しくて、胸が締めつけられた。
数日後。
文化祭の準備で学校はお祭りムード。
私はクラスの出し物の飾り付けをしていると、背後から声がした。
「○○、手伝おうか?」
振り向けば、私服姿の先輩。
部活のジャージ姿とは違って、少し大人っぽい。
準備の合間、屋上に出て休憩をすることになった。
風が心地よくて、空は秋の色をしている。
「この前の試合…あのシュート、○○が見ててくれると思ったら、外せなかった」
冗談っぽく言うその声に、心臓がまた跳ねる。
「……もっと見ててほしいな」
一瞬、言葉の意味を考える間もなく、顔が熱くなる。
けれど、先輩は何事もなかったように笑って、「そろそろ戻るか」と立ち上がった。
その笑顔の奥に隠れた気持ちを、私はまだ掴めないまま、でも確実に惹かれていっていた。
第1話
ー完ー
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