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「えぐっ……なんでよぉ~…なんでこんな小さい子が、そんな人生送ってるのよぉ~!」
王女は号泣した。
「やはりネフテリア様もそう思いますよね! 猛獣だらけの森の中で何年も1人で過ごすなんて、大人が想像するだけでも恐ろしいのに……」
その護衛兼監視役も一緒に泣いていた。
餌付けする王女ネフテリアをピアーニャが殴り飛ばした後、パフィがお茶を淹れ直し、事情を全く理解していないネフテリアに最初からアリエッタの事を説明していった。
不思議な能力でネフテリアの時間を止めていた事を最初に話した時は、ただ困惑するだけだった。しかし、獰猛な生き物が行き交うレウルーラの森でずっと生きていた事、言葉はもちろん名前すら無かった事を話すと震えだしていた。さらに、味のある食べ物を食べただけで涙を流した事を話題に出した時から、ネフテリアの感情が決壊。
大まかな部分を先に聞いていたオスルェンシスも、釣られるように耐えられなくなったのだった。
「シロでたいせつにそだてられて、ヒマだからとぬけだしてマワリをこまらせたり、だれにでもほこれるリッパなしごとについたりと、おまえらはシアワセすぎるよな」
『ぐふっ!?』
ニヤニヤしながら嫌味を言い、2人の心を追い詰めるピアーニャ。吐血したかのような錯覚に陥った2人はというと、オスルェンシスはフラフラとよろめいて膝をつき、ネフテリアは顔を上げる事が出来ずにソファの上でうずくまっている。
「総長……」
「なにやってるのよ」
(大丈夫かなこの女の人、足上げてるせいでスカートの中見えてるけど……)
パフィとロンデルに諫められるも、それを手で制する。それで何か考えがあるのだと思い、この場はピアーニャに任せる事にした。
アリエッタも絵を描きながらそれとなく聞いているが、単語を少々覚えただけでは何を言ってるのか分からない。まさか『生まれた時から悲運な人生を歩んでいた健気で優しい女の子』という事になっている自分の事を、国の王女様に向けて話しているとは、目の前にいても理解する事は無かった。
ピアーニャはすっかり凹んでいる2人に対し、真面目な顔をして話し始める。
「このアリエッタは、ここにいるパフィとミューゼオラによって、すくわれたのだ。まだハナシができないから、フツウとはいえぬが、ヒトとしてくらしている」
一度言葉を区切ると、顔こそ上げられないものの、ネフテリアもオスルェンシスも無言で頷く。
「ファナリアのなかでも、このエインデルブルグは、れきだいのオウゾクのおかげもあり、こういっためぐまれないモノたちは、ほぼいなくなった。ヒトがいるかぎり、ゼロにはならないがな」
人同士が感情を持ち、優劣があり、違う考えを持って相対する以上、不幸な立場は必然的に発生する。為政者が関与出来るのは、そういった個人レベルでの“はぐれ”的存在が生まれる原因を極力減らす為の、法を作るまでなのである。
そして、そう遠くない未来に為政者の代表となり得るネフテリア王女に対し、大事な事を考えさせる良い機会だと思ったピアーニャは、不幸の代表として設定しやすいアリエッタを教材にしたのだった。
「わちらイッパンジンは、こじんのチカラいじょうのモノはすくえぬ。そういうイミでは、ひろわれたアリエッタはコウウンだといえるだろう。だが、このエインデルブルグのそとや、ほかのリージョンには、まだみぬめぐまれないモノたちがいるだろうな」
全員静かにピアーニャの言葉を聞いている。
(ぴあーにゃが沢山喋ってるけど、何の話なんだろう。今日楽しかった事でも話して泣き止ませようとしてるのかな? 良い子だなぁ、あとで褒めてあげないとな)
「ほかのリージョンとこうりゅうするクニのオウゾクとして、なにができるか、かんがえてみるといい。だが、あせるなよ? エインデルブルグのなかですら、ここまでのヘイオンをてにいれるのに、なんじゅうねんも、かかったのだからな」
舌足らずな可愛い幼女の教えだが、100年以上生きている事を知っていると、言葉は重く感じる。小さい頃はピアーニャを姉のように慕っていたネフテリアは、アリエッタの話のショックもあって、蹲りながら静かに聞いていた。
ピアーニャは話が終わると、オスルェンシスに目配せをする。
「ネフテリア様、そろそろ……」
「……うん」
暴走してストーキングするような王女でも、流石にこの時は大人しく帰る事を承諾する。目元をぬぐって立ち上がり、静かにアリエッタへと近づいた。
「アリエッタちゃん。もう大丈夫だからね。わたくしもお姉ちゃんになってあげるから」
(?)
アリエッタの頭をそっと撫でてから、お忍びで帰る為にオスルェンシスへと移動を頼むと、この場にいる全員に向けて王女らしく上品に別れの挨拶をする。
「ごきげんよう。明日、お城にご招待しますね」
「では、失礼」
そして2人は影の中へと消える。
「…………えっ?」
「なんか、最後に変な事言ってたのよ?」
「やれやれ、あしたはシロか」
「朝になったら帰るつもりだったんだけど……?」
ちゃっかり姉になる野望のターゲットをアリエッタに換え、一般人のミューゼとパフィが断れない招待をピアーニャの前で言い捨てて、帰っていったのだった。
翌朝、目が覚めたミューゼ達が執務室に案内されると、立派なドレスを着た黒髪の女性が、煌びやかに座っていた。
背後にはオスルェンシスも控えている。
「誰なのよ?」
「いえ、あの、ネフテリアです」
ガクッと一回項垂れてから、改めて名乗る王女ネフテリア。
「え、王女様って、こんな綺麗で上品な人だったっけ?」
「ちょ!? 泣きますよ!? 凄い勢いで!」
「イキオイて……まぁとりあえずすわれ」
不名誉な王女像を突き付けられていきなり上品さを失っているが、昨晩別れ際に残した言葉を実行する為に、再びやってきたのである。
入室した3人が正面に座り、ネフテリアが口を開く。
「そ──」
「おはよっ!」(まずは礼儀正しく挨拶だ! ぴあーにゃもいるしね!)
アリエッタの先制攻撃が決まった。
出鼻を挫かれたネフテリアは、口を開いたままパチクリと瞬き。
「あ、ああ。おはようアリエッタ」
(おっと、みゅーぜ達と大事な話するかもしれないから、こっち連れてこなきゃな)
アリエッタはトテトテと移動し、ピアーニャを抱っこして、ミューゼの横に戻った。
「………………なんでだ」
部屋にいる全員の目が点になっていた。アリエッタだけが得意気な顔で、膝の上のピアーニャを撫でている。
最初に動いたのはネフテリアだった。顔を赤く染め、口を押えて顔をそむける。
「かっ……かわいい♡」
プルプルと悶えていた。
「これ見て困るか笑う以外の反応、初めてみたかも」
「これなら総長も怒らないのよ」
「いや、こーゆーのもイヤなんだが……」
ピアーニャは反応に困っている。
「あのぉ……まずはネフテリア様のお話を……」
「そ、そうでしたね! すみません王女様、中断させてしまって」
「……いえ、アリエッタちゃんは私の事も、王族が何なのかも分からないので仕方ありません」
王女として丁寧に許してはいるが、王女として身だしなみを整えている時に、ここまで権威が無効化されるのは生まれて初めてなネフテリア。言葉とは裏腹に、内心かなり落ち込んでいた。
(そういえばこの人は昨日の人? なんだかお姫様みたいな恰好してるなぁ)
アリエッタの中でも、惜しくもお姫様みたいで落ち着いてしまっていた。
すぐに落ち着きを取り戻し、改めて要件を言い出すネフテリア。
「えぇと、それで──」
くぅぅぅ~~……
丁度そのタイミングで、アリエッタのお腹から音が鳴り響く。なんと、朝食をまだ食べていなかったのである。
育ち盛りの子供を養う身としては、朝食を抜く訳にはいかないパフィ。一旦王女よりも朝食を優先する事にした。
「ぱひー……」(おなかすいた……)
「あ~…はいはい。総長、食べる物はあるのよ?」
「ロンデル、もってきてやってくれ」
「はい」
微妙な空気の中、テキパキと動き始めるパフィとロンデル。
その様子を見ているオスルェンシスは困ったようにため息をつき、無視された状態になったネフテリアは、座ったまま白く煤けていたのだった。
「話が……話が進まない……」
普通の相手であれば、王女として黙らせる事も可能なのだが、ピアーニャにはいつも強制排除されるのと、『可哀想なアリエッタちゃん』にはそもそも通じない事もあり、どうしても強く出る事が出来ないでいる。
それに加え、自分の知る限り最も不遇な女の子が目の前で空腹になっているというのは、昨晩の話による心の傷をえぐる光景でしかなかった。
「すまんな。アリエッタにはケンゼンにそだってもらいたいのでな」
「いえ、我々が早過ぎただけですので、お構いなく」
「はい、これ王女様とオスルェンシスさんの分です」
「あぁ、ありがとうございます。えーっと、ネフテリア様、とりあえず頂きましょうか」
「……うん」
ネフテリアは半泣きで、本日2度目の朝食を頂く事になってしまった。そして隣に座ったオスルェンシスに、小さな声で問いかけるのだった。
「……王女ってなんだっけ」
「あはは……」