「本当に着いちゃったのよ……」
「そりゃここに向かったんだもの。絶対着きますって」
パフィが呆然と見ているのは、エインデルブルグの中心にそびえたつ、エインデル城だった。
横ではアリエッタを抱えたミューゼが、同じく口をあんぐりと開けている。
「魔動機に乗ったのも初めてだし、王女様が一緒だし、行先がお城だなんて、もう気分的にもお腹いっぱい……」
【魔動機】とは、人が入った箱を四隅の魔法陣で浮かし、移動する乗り物である。非常に高価な為、王都でも一部の者しか所持していない程の希少品だった。今回の魔動機は、もちろん王家の所有物である。
朝食の後、無事話を終えたネフテリアは、断る気の無いピアーニャと共に、やや強引にミューゼとパフィを本部から連れ出した。そして正式にアリエッタを含む3人を召喚する為に、操者と魔動機を本部前に待機させていたのだ。
初めて乗った魔動機にテンションが上がったのはアリエッタだけで、ミューゼとパフィはその超高級品を汚さないかと気遣い過ぎて、疲れていた。
「帰りたいのよ」
「だーめーでーすー! もうお父様達には話を通してあるんですから!」
「ひぃぃ…助けて総長!」
ネフテリアの父とは、もちろん王の事である。
そもそも王都エインデルブルグにも滅多な事では来ないミューゼにとって、王城訪問は急展開過ぎて錯乱している。しかも、アリエッタを抱えている為、ろくに身動きも取れないでいた。
「アリエッタちゃんも、そろそろ起こしてあげましょうか。まずは身だしなみを整えてあげたいですし」
「うぅ……どうしてこうなったの……」
アリエッタはというと、最初は魔動機に乗って盛り上がっていたが、流れる景色をみているうちに、ゆったりと揺れる魔動機の動きでだんだん眠くなり、我慢できずにミューゼにもたれかかって眠ってしまったのだった。
そのまま抱っこして魔動機を降り、今に至るのである。
「ほら、アリエッタ。起きれるかな?」
「……ん……すぅ……」
ゆすると一瞬身じろぎしたが、すぐにミューゼの頬にくっついて眠り続ける。
「う、羨ましい……可愛い……」
「アリエッタがこんな調子なので、今日の所は……」
「ダメにきまってるだろ。いくぞ」
「はぁ~い……」
ピアーニャに注意され、ミューゼ達は渋々城の中へと歩みを進めるのだった。
城内のとある一室で、アリエッタは静かに目を覚ました。
「ん……?」(あ、寝てた。あの自動車みたいなの、静かで気持ち良かったなぁ……街並み見損ねたけど)
うっかり乗り物で寝ていた事に気付き、上半身を起こして軽く体を伸ばす。
「アリエッタ? 起きたのよ?」
「……ぱひー? おはよ……?」(あれ?)
聞きなれた声に振り向き、挨拶をするが、違和感を感じて首を傾げるアリエッタ。
すぐ傍には、見慣れ…ないパフィの姿。
(ん~……あ、これ夢か。昨日ずっと歩いてたから、疲れてるのかな?)
そう思ったアリエッタは、大人しく布団に潜る。
「って、なんで寝るのよ!? アリエッタ、起きるのよー」
慌てたパフィが、優しくゆすって、アリエッタをそっと抱き起こす。
「う~?」
「いやそんな可愛い声出しながら見られても……えっと、おはよう」
「おはよ」(夢じゃなかった……なんでこんな綺麗な恰好してるんだ?)
アリエッタが寝起きに見たパフィは、肩を出したシンプルなドレス姿だった。
周囲には、黒ワンピースにエプロンという、どうみてもメイドという人々が立っている。
(う~ん? ここは家じゃないし、ピアーニャの家でもないし。どこだろう、立派な部屋だけど)
「アリエッタったら、全然事態が分かっていないのよ。大丈夫なのよ、危ない場所じゃないのよ」
「だいじょうぶ?」
「うん、大丈夫なのよ」
大丈夫との言葉に安心し、ベッドから出ようとする。
その時、メイド達の目が一斉に光った。
「さぁさぁアリエッタ様! お着換えの時間でございます!」
「にょぉ!?」
メイドの1人が瞬時に移動し、パフィの横から割り込んだ。強引に退かされたパフィは、別のメイドによって羽交い絞めにされている。
「ちょっと何するのよ!?」
「ふぇ……?」(あれ? これってやっぱりメイドさん? なんで?)
ファナリアにも王城という大きな施設がある以上、掃除や整備、料理等をする役職は当然生まれる。しかし、この場所が王城だと知らないアリエッタは、どうしてそんな人がここにいるのか分からなかった。
「ふふ、可愛らしいですね。私達はこのエインデル城で、ネフテリア王女の身の回りの世話をさせていただいております。と言っても、分からないんですよね。王女から伺っております……お可哀想に」
悲しそうに笑顔を向けるメイドの言っている事が分からず、目をパチクリさせるアリエッタ。
「せめて、王城にいる間だけでも、素敵な気分にさせてあげますね! まずはお着換えです!」
やる気に満ちた目になり、アリエッタの目の前に可愛いドレスを掲げるメイド。この状況に、アリエッタは覚えがあった。
「ひっ!?」(これってまさか、着せ替えでは!? それにこの人の目が怖い!)
「アリエッタ! 今助けるのよ!」
「いけませんパフィ様。これからアリエッタ様には、女の子の憧れであるお姫様になっていただきます」
お姫様に憧れた事の無い元男性のアリエッタを取り囲むメイド達。
パフィはこれから起こる惨劇からアリエッタを救うため、メイドから逃れようとするが、影が紐状に伸びてきて、メイドごと拘束されてしまう。
「パフィ様……申し訳ございません。ですが、アリエッタ様は必ず美しくなられますので」
「ムーっ! むーっ!」(そういう問題じゃないのよ! アリエッタに着せ替えはマズイのよ!)
抗議しようとするが、影に口も防がれ、どうする事も出来ない。
そして、メイド達が襲い掛かり、広い部屋の中にアリエッタの悲鳴が響き渡った。
「パフィ~。アリエッタ起きた?」
パフィと同じ様に、ドレスを着たミューゼが扉を開けると、そこには……
「…………へ?」
香油を付けられ輝きを増した銀色の髪をストレートに降ろし、フリルたっぷりのドレスを着たアリエッタが、無表情で立っていた。
すぐ傍で、パフィが落ち込んでいる。
「ごめんなのよミューゼ。守れなかったのよ」
「あ~……そういう……」
ミューゼは周りにいる、なんだか満足気な顔をしているメイド達と、まとめられたドレスの山を見て、理解した。
すぐに、着せ替えによるトラウマで心が折れたアリエッタに近寄り、無事ではない事を確認する。
「仕方ない。後でまたいっぱい甘やかしてあげましょ。王女様が呼んでるよ」
「分かったのよ」
ミューゼと一緒にやってきたメイドの案内で、大きな扉の前へとやってきた。
途中ですれ違った城内の人々が、アリエッタを見た瞬間に感嘆のため息を吐くが、3人にはそれに反応する余裕は無かった。
「あっ、アリエッタちゃ~ん。良かった起きたのね。はぁ~すっごく可愛い♡」
着飾られたアリエッタを見て、ネフテリアはウットリと見つめるが、横にいるピアーニャの方は、顔が引きつっていた。
(おい! アリエッタのメがしんでるじゃないか!)
(しかたないのよ! メイド達が強引過ぎるのよ!)
思わず視線だけで通じ合うパフィとピアーニャ。困った状況と、これからの嫌な予感に、頭を抱えだす始末である。
しかし、状況は考える時間を与えてはくれない。
「それじゃ、中に入りましょう」
ネフテリアが扉を開ける。
そこは謁見の間……ではなく、主に王族が使う談話室だった。
アリエッタの事はあまり広めたくないのと、何もしらない兵士がアリエッタを怖がらせないようにする為の人払いなど、様々な理由を考慮したネフテリアの気遣いである。その代わり、城でのパーティ用のドレスを用意して楽しんでいた。
「うぅ…緊張する……」
「フォローは総長に任せるのよ」
「しかたないやつらだ。わちのいうとおりにしろよ」
4人が部屋に入ると、ネフテリアがメイドの様に扉を閉める。
柔らかなカーペットの中心にあるソファに、ゆったりと座っている人物達が立ち上がった。
「よく来てくれた。すまないな、ネフテリアに話を聞いて、我らも実際に会っておくべきだと思ったのだ」
「いらっしゃい。ここには兵士達もいないから、気楽にしてくださいね」
威厳のある黒髪の男性と、優しい微笑みを浮かべる赤髪の女性。ネフテリアの両親、つまり王と王妃である。
「は、はひっ……」
「ミューゼオラ、むりするな。すまんが、このふたりがおちつくまで、わちがハナシをきこう」
「ミューゼさん、パフィさん、こちらに。アリエッタちゃんも座ろうね~」
ネフテリアに促され、ガチガチに固まりながら、ソファに腰を落とす。アリエッタを持ち上げ、ミューゼとパフィの間に座らせたネフテリアは、満足した顔でピアーニャの隣に座った。
間を置かずに、1人のメイドがお茶を淹れ、それぞれの前にカップを置いていく。
その間、静かなアリエッタを見ていた王と王妃は、徐々に真剣な顔になっていった。
「ある程度は話に聞いていたが……まさかこうまで生気を感じさせぬとは。一体このような幼い子に、何があったというのだっ!」
「小さな子がこんなになるなんて。わたくし達は一体何をやっていたのかと、考えさせられますわ」
目頭を押さえ唸る王と、思わず顔を逸らし、メイドにハンカチを貰う王妃。
そんな王族を目の当たりにし、ミューゼとパフィは冷や汗をかきながら困っていた。
(まさかお宅の使用人たちが原因でこうなったなんて……)
(王様には流石に言えないのよ……)
放っておくだけで勝手に深まっていく誤解に、横から見ていたピアーニャは、ただただ呆れ果てていた。
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