テラーノベル
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昔から、夏はどうにも好きになれなかった。
暑ィし、汗はかくし、アイスはすぐ溶けるし。蝉はうるさいし、夜になっても妙に空気が生ぬるい。しまいにゃ、神楽に「エアコン付けろ」と扇風機で涼んでいたところに横腹へ蹴りを入れられる始末だ。
ったく、誰が夏なんてものを生み出したんだか。たまにゃ休暇をとってもいいんだぜお天道サンよォ。
「あ"ァッ……ちィ"〜〜……」
そんな事を考えながら、俺…坂田銀時は、着流しから腕を出してジャージの前をかっ開き、公園のベンチにだらしなく沈み込んでいた。
今は7月中旬、丁度夏の真っ只中だった。今朝見たニュースによれば、今日はかぶき町は約40度にものぼる猛暑日だと言う。本当に地球はどうにかしてしまったのか。え?なんでそんな日に外へ出ているのかって?ンなもん、家に居たらババアが「家賃家賃」ってうるせェからだよ。
「だーんな」
ふと聞こえた気怠げな声にゆっくりと視線を向けた。そこには腰に刀を差して白いシャツの袖を肘まで捲り、淡褐色の髪を揺らして透き通るような青い目でこちらを見据える一人の美青年が立っていた。
────真選組一番隊隊長、沖田総悟だ。
「おー沖田くん。こんな暑ィ日まで仕事?おたくも大変だねェ。」
「いやね、ここらで全裸でベンチに座ってる銀髪の変態が居たとの目撃情報がありやして。」
「全裸って何??一応服着てんだけど。」
「まァ確かにそうですね。じゃ、旦那じゃないかもしれやせん」
「あのなァ…」
そこまで言いかけて、言葉を止めた。自身の隣に座り込んだ沖田の髪の隙間から落ちた汗が項を伝い、シャツに染みを作る。一度だけ、喉仏が上下した。
一番隊隊長、沖田総悟。コイツは言わば…
俺の、初恋相手だった。
いつからなんて分からねェ。気付いたらその姿を目で追って、気付いたら好きになってた。
…でも、俺が「好きだ」とかなんだとか自覚する前に、俺の恋はとっくに終わってた。
「…なぁ、沖田くん」
「へい?」
「お前から見たらさ、俺って何?」
数秒きょとんとこちらを見つめ、首を傾げる沖田。
「…急に何言ってんです?」
「いーから」
「そうですねェ、強いて言やァ犯罪者予備軍でしょうか」
「酷くね?」
「妥当な評価です」
こちらを見て、ニヤリと口元を歪める沖田。あぁ、まただ。その目。人を食うようでいて、心から愉快そうなその目。
たかが俺に向けられた笑顔。最初はそれだけだった。でも次第にその顔を、視線を向けられる度、不思議と目が離せなくなった。その視線が俺だけに向いていたらいいのに、なんて思う事もあった。
沖田が俺に向ける笑顔はいつも悪戯っぽくて、けれどとても楽しそうに笑う。笑いながら、「旦那」とかったるい声で俺を呼ぶ。
だからこそ、たまに思ってしまう。
…もしかしたら、俺にも…少しくれぇ可能性はあるんじゃねぇかって。
「……ねーよなァ。」
「急にどうしやした?」
「別に。」
「…だん、」
「おい、総悟」
今度は沖田の言葉を遮るようにして、煙草の匂いと共に低い声が飛んできた。姿を見なくとも、嫌でもそいつが誰か分かる。
黒髪を風に靡かせて佇む姿は、逆光なのも相まってか変にこちらを身構えさせた。
「…げ、土方さん」
真選組副長、土方十四郎。別名、鬼の副長。
「急に居なくなったかと思えば…ンなとこで何油売ってやがる。またサボりか。」
「違いやす。旦那が変な事しねェよう見張ってたんです。」
「沖田くん??何言ってんのかなぁ??」
そう言いつつ、土方と話す沖田の横顔をぼーっと見つめていた。相変わらず表情筋が動かないけれど、その瞳の奥に僅かな柔らかい瞳が浮かび上がっているのが分かった。
多分、きっと、沖田は土方の事が好きなんだと思う。それは、土方も同じ。
まるで「そこに居るのが当たり前」とでも言いたげに自然に隣に並び、自然に目を合わせ、自然に笑い合う。俺はそれが、どうしようもなく憎かった。
けれど同時に、大きな喪失感の方が強く俺の胸の奥に鎮座していた。
「それじゃー旦那、俺もう行きやすね」
そう声をかけられ、はっとする。沖田を見ると、既に立ち上がり土方の方へ歩き出そうときていた。
「…あァ、うん。ばいばい。」
ひらり、と手を振る。沖田は一度だけこちらへ手を振り返し、土方と共に歩いていった。その姿を見つめれば、土方と面白い話でもしているのか目を細めて笑っていた。
自分には向けられない、何か特別な感情が渦巻いている柔らかな笑み。
二人から視線を逸らし、空を見上げる。雲一つない、真っ青な青空だった。
こんな日に、アイツに隣にいてほしいと思う。
朝起きたときに、寝ぼけ眼で「おはよう」と言ってほしい。
くだらないことで笑ってほしい。
暑い、と文句を言いながらアイスを食べる姿を、隣で眺めていたい。
そんな未来を、いつも俺は勝手に想像してしまう。
────けれど。
「……俺のもんになるわけねぇよな」
そう、ぽつりと零した。
その呟きは誰に届くでもなく、夏の喧騒に吸い込まれていった。
こんな恋、とっくに叶わないなんて分かっている。それでも、諦めることなんてできない。好きになったことを、無かったことになんてできっこない。
「好きだ」という勇気は無い。仮に言えたとて、「いつもの冗談でしょう」と流されるだけだろう。
変に勇気出して変に傷付くより、自分の中にそっとしまい込んでいる方がずっとマシだ。
…分かっている。そんなの言い訳だって。ただ、辛い現実から、自分自身から逃げ続けているだけだと。
俺は、自分が傷付くのが怖いだけの…ただの臆病者だ。
夏の魔法なんて、信じていない。
偶然だって、奇跡だって、都合よく自分の味方をしてくれるとは思わない。
それでも。 もし、ほんの少しだけ。
この暑さに浮かされた馬鹿みたいな願いが叶うのなら。
いつか沖田が、自分の名前を呼ぶとき。
土方を呼ぶときと同じくらい、少しだけ嬉しそうに笑ってくれたら。目を細め、柔らかく笑いながら「旦那」と呼んでくれたら。
「…ばっかみてェ。」
自分に言い聞かせるようにそう言って、目を閉じた。
いつも瞼の裏に浮かぶのは、あの笑顔。もしも、俺が土方の立場だったら。もう少し早く、この気持ちに気付いていたら。
少しは、結末も変わっていたのだろうか。
俺は届きそうで決して届かないその小さな背中を、いつまでも、いつまでも、追い続けていた。
コメント
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うわ〜、銀さんの片想いが切なすぎて胸がぎゅっとなった…!夏の暑さと相まって、どうしようもない恋心が痛いほど伝わってきたわ。特に土方さんに向ける沖田の笑顔を見てる時の銀さんの心境とか、最後の「俺のもんになるわけねぇよな」の諦めと執着が混ざった感じにやられた。まだ1話だけど、もう続きが気になって仕方ない!黒瀬💫さんの心情描写、本当に繊細で好きです🔥
リン
3
黒瀬💫
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