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よく晴れた日曜日の昼下がり。映画を見終わったゆずはと藤村は、映画館があるショッピングモール内のコーヒーショップで軽食を摂りながら感想を言い合っていた。
「いやあ、めっちゃ面白かったな!」
藤村はアイスカフェオレに口をつけながら言う。
「うん。主人公の正体とか、私一応原作読んでたから知ってはいたんだけど、それでも俳優さんの演技力に圧倒されちゃった」
「主演の子って確かアイドルだろ? 俺も最初は大丈夫かと思ったけど、演技上手かったよな」
「そうだね。特に小説のラストは原作ファンの間でも少し消化不良っていう意見が出てたんだけど、映画ではそこを演出で上手く補っていて……」
感性が近いのか、藤村とゆずはの話は盛り上がる。今日は弾んだ雰囲気のまま帰れそうだとゆずはは思ったが、同時にこの楽しい時間が終わってしまうことに少しの寂しさも感じていた。少しでも長くここにいられたらいいと思っていたからか、ゆずはは注文したキャラメルラテとクランベリーのタルトに少しずつ口をつける。甘酸っぱいクランベリーのフィリングが、妙に美味しく感じた。
食事が終わってコーヒーショップを出た後、アパレルショップや雑貨屋のテナントが並んだモール内の通路を二人で歩いていた時だ。
「吉崎さん」
できれば今日はあまり聞きたくなかった声がして、ゆずはは足を止める。振り返ると、思った通りの美貌がそこにあった。
「偶然ね、こんな所で会うなんて」
「あ……。はい……」
私服姿のひかりはにっこりと笑って言うが、その笑顔にどこか薄ら寒さを感じ、ゆずはは少し後ずさる。藤村は特に何も気にならないのか、「ああ」と思い出したように言う。
「立脇さん、だっけ? 吉崎と同じクラスの……ええと、こんにちは」
藤村が挨拶すると、ひかりは「ええ、こんにちは」と返す。そして彼女はゆずはの方を向くと、笑みを浮かべたまま言った。
「吉崎さん、今日はデート?」
「えっ!? ち、違……!」
ゆずはは慌てて否定しようとしたが、ひかりはそれを遮って続ける。
「違う? その割には、ずいぶん気合い入ったカッコしてるんじゃない? 家じゃ絶対そんな服着てないでしょ」
言われたゆずはは、履いてきたスカートに視線を落とす。昨年通販サイトで見かけて可愛いと思い、買ったは良いものの、着る機会がなくタンスの肥やしとなっていたクリーム色のシフォンスカート。確かにゆずはが持っている私服の中では一番、洒落た衣装ではあるのだが。
「今日のお出かけがとっても楽しみだったんだ? 羨ましい」
「あ、う……」
ひかりの追及に、ゆずはは何も言えずに俯く。下を向いてしまった少女にもう用はないとばかりにひかりはゆずはから視線を外し、藤村の方を見た。
「ええと、そちらは……」
「俺? C組の藤村宗佑だよ。クラスが違うから、あんまり話したことないかもね」
「そうね。でももう『知らない人』じゃないよね、私たち」
ピンク色のリップで彩られた唇に微笑を湛え、ひかりは藤村を見据える。かかとの高い靴を颯爽と履きこなしているからか、ショートパンツから伸びる長い脚が余計に美しく見える。
藤村はしばらく呆然としたようにひかりの笑顔を見ていたが、やがて我に返ると言った。
「あ、ああ。ごめん、何でもない……。立脇さんって確か、テニスで今年のインハイ行ってたよね? すごいな。俺は文化系だから、運動部には憧れちゃうな」
藤村は人好きのする笑顔で応じる。「あれは運が良かっただけよ。でもありがと」とさらりと返すと、ひかりはバッグを肩に掛けつつゆずはに向き直った。
「じゃあね、吉崎さん。また学校でね?」
「あ、は、はい……」
ゆずはが何とかそれだけ返事をすると、ひかりはそのまま二人に背を向けて歩き出す。その後ろ姿を見ながら藤村が「綺麗だな」と呟いたが、ゆずはは聞こえないふりをした。