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side fjsw.
夜の港町は、昼とは違う顔を見せる。
潮風はやや温かく、遠くで
船のエンジン音が低く響く。
僕は手すりにもたれ、
暗い海を見つめていた。
その隣に立つ若井は、
無言で僕を見つめる。
「……潮の匂い、濃いな…」
僕がぽつりと呟く。
「嫌?」
「嫌じゃない。……なんか、落ち着く」
僕は小さく笑った。
海の香りに混じって、
どこか甘い匂いが漂ってくる。
「それ……香水?」
「……ああ、アンバーグリス」
「……海の匂いみたいだね…」
「でしょ。涼ちゃんが海好きだから、つけてみた笑」
そう言って若井は僕の後ろに回り込み、
肩越しに香りを吹きかけるように息を吐く。
僕はわずかに肩を揺らし、
その場に立ち尽くした。
「……反則でしょ、それ」
「なにが」
「……こんな夜に、そんな匂い……」
僕の声は、潮騒に
かき消されそうなくらい小さい。
若井は手すりの両端に手を置き、
僕を囲い込んだ。
近づくと、香りが一層濃くなる。
それは海そのもののようでいて、
どこか人肌の温もりを帯びた甘さだった。
「……溺れてもいいでしょ?」
耳元に低い声が落ちてくる。
僕は視線を逸らし、かすかに息を詰めた。
「……もう、溺れてる」
若井の唇が僕の首筋に触れた瞬間、
潮風も香水も、全てが混ざり合った。
海の底へと沈むような感覚に、
僕は抗うことをやめた。
「アンバーグリス」 意味 龍涎香
2025_8/8.