「おい」
黒猫は毛繕いを続ける。
「お前、普通の猫じゃないだろ」
黒猫は毛繕いするのをやめた。
「いつまでそうやって猫演じてるつもりだ」
そう言うと、黒猫は吸血鬼を見つめた。
「はいはい、叶には言わねーよ」
吸血鬼は窓の方を見て頬杖をついた。
「お前がいなきゃ、困るのはあいつだからな」
黒猫が一声鳴いて、再び、毛繕いをはじめた。
ーーー
「お待たせしました」
叶が地下室から銃を取り出して戻ってきた。
右肩には長距離銃が掛かっていた。
「おかえりー」
黒猫と吸血鬼はなにも無かったかのように、振舞った。
「いつもの銃が見当たらなくて、昔使っていたものにしました。」
いつも同じ場所に置くのにどこに銃をやってしまったのだろう、子供達が遊びで持って行ってないといいのだけど。誰が盗んだわけでもあるまいしな。
サーニャは、森のどこかを見ていて、こちらを振り返らない。
「どうされましたか、何か気になることでも?」
サーニャは少し考えるように目を瞑った。
「いや、なんでもない。」
窓に反射して映る、サーニャの表情が少し曇っているように見えた。
「そうですか」
しかし、本人が何も無いと言う以上問い詰める必要も無いと判断した。
それに、今晩の魔物は望月前であることも関係して、いつもより強力な魔物が多い。
魔物狩りもそれに対応出来る数少ない狙撃銃の使い手と近接武器の技術が最も優れた者しか来ないため、変に心配事などを増やさいない方がいい。魔物狩りに集中するためだ。
「そろそろ僕は時間なので、向かいますが、サーニャはどうしますか」
銃の予備と、銃弾を鞄に詰めた。
窓の外の白百合畑の向こうから、段々と魔物たちが目覚めて動きはじめた音が聞こえる。
「あぁ、俺も向かう。」
サーニャが赤い翼を広げて、鋭い爪を出した。いつもは、僕に当たって怪我をさせてしまうからといって極力出さないようにしてくれている。
翼を出したということは、直ぐにサーニャもここを立ち去るだろう。
僕はロトに手招きして呼び寄せ、部屋のドアを開けた。皆が寝静まり静かな教会内の暗い長い廊下が少しの蝋燭の明かりに照らされていた。
「一つだけ忠告しておく」
背後から声をかけられ、廊下に出る足を止めた。
「今晩は、いつも以上に気をつけた方がいい」
そう言ってサーニャは、窓から何処へ飛び去った。
「いつも気をつけてますよ」
誰もいない部屋でポツリと呟いた。
部屋をあとにして部隊の集まる場所へロトと共に早足で向かった。
ーーー
「こんばんは」
部隊のリーダーに声をかけた。僕の他にも長距離を得意とする人達が既に到着していて、皆草むらで準備を進めていた。
「叶さん、こんばんは」
「まだ、魔物狩りを始めないのですか」
通常ならもう、魔物狩りを始める時間だ。
「それがね、どうも様子がおかしいんだ」
「どういうことでしょう」
「強力な魔力を森の奥から感じるのだが、一向に魔物たちの姿が見えないんだ」
リーダーが顔を少し眉をひそめた。
長距離部隊が皆スコープを覗いているのに誰一人発砲していない。
「近接部隊の方からも何の報告もない」
「妙ですね」
「あぁ、未曾有の出来事だ」
近接部隊からも何の連絡がこないということは、魔物を発見できていない、または、、、、殺された?
流石にそんなはずはない。今日の部隊は皆トップレベル。第一にそこまで強力な魔物がこの森に潜んでいるはずは無いんだ。
「近接部隊は、何時頃に出発しましたか」
「いつも通り、30分前だ」
流石に30分で魔物が数十人もの部隊を殺すことができるはずない。
「リーダー!!!!!」
一人の長距離部隊の隊員が叫んだ。
皆が叫んだ隊員の方を見る。
「なんだ」
リーダーが叫んだ隊員の元に駆け寄る。僕もその後を追う。
「い、今、一瞬ですが、スコープに映りこみました。」
震えながら喋る彼は、いつもと様子が違っていた。
「魔物か」
「い、いえ。魔物でも人間でも無いような、まさに、、、吸血鬼のようなものです。」
彼は恐怖の感情に囚われていた。
その言葉を聞いた途端に、場の空気が張り詰めた。
たった一人、僕だけは誰かわかっていた。
サーニャだ。間違いない。
「リーダー」
と呼びかけた瞬間
地面が大きく揺れた。立っていた隊員は皆倒れ、森の鳥が一斉に空へ飛んだ。
森の木々が大きく揺れた。葉擦れの音がする。
その時に僕は勘付いた。
サーニャは、巫と戦っているのかもしれない。
「か、解散だ!!皆、逃げろ!!!自分の身を守れ!!!森を抜けろ!!!」
リーダーが大声で指示すると、皆武器を捨て一目散に森の外へ我先をと駆け出した。
誰も他人を思いやる精神的余裕が無かった。
その中、僕だけは、反対方向へ向かって走った。ロトも後ろを追いかけてくる。
はやく、はやく、はやく、葛葉が、サーニャが、このままでは、危ないかもしれない。
はやく、はやく、、急げ、、
僕が助けないと。そんな力無いかもしれないけど。少しでも。力にならないと。
後先考えずに、音のする方へ全力で走った。
汗が首を流れる、服が汗を吸い込んで気持ち悪い。
段々と音が大きくなる。
足で何かを踏んだ、足元を見ると、近接武器があちらこちらにころがっていた。
しかし、仲間の死体や血痕もない。
僕は酷く動揺した。
とにかく、走った。見て見ぬふりをして、他のことは深く考えずに、ただ音のする方へ。
危険だということは、十分承知していた。
すると、木々が倒され、開けた所へ来た。
そこでは、サーニャが白いベールのようなものを被った魔物と戦っていた。
きっと、あれが巫なのだろう。
巫は、赤いドレスのような不思議な服装をしており、顔元は仮面のようなもので見えない
僕は気づいた。
違う、あれは、赤いドレスではない。
白いドレスに、いくつもの血痕が着いており、白いドレスを埋め尽くすような赤色が赤いドレスを作っていた。
あまりの残虐さに、1歩後ずさる。
「さ、サーニャ!!!」
震える声を最大限に、張り上げた。
その瞬間サーニャがこちらを見て、驚いた表情をした。
「お、おまえ、なんでここにっ」
その一瞬の隙をつき、巫がサーニャに魔法を放った。
「サーニャ危なっ」
僕が言い終わる前に、サーニャは攻撃を受け、飛ばされ木々に当たりながら地面に落ちた。
「サーニャ!!」
僕は直ぐにサーニャの元へ駆け寄った。
巫は、こちらにゆっくりと奇妙に笑いながら近づいてくる。
「馬鹿、なんで来た。早く逃げろ。お前じゃ、敵わない。相手は、上位魔物だぞ、」
攻撃を受けた傷口を抑えながら、僕の肩を押して、逃げさせようとしてくる。
傷口からは、大量の血が出てくる。
サーニャは、肩で息をしていた。
「サ、サーニャ、血が、血が」
「大丈夫だ、吸血鬼は、回復速度がはやい」
巫がサーニャと僕の前に来て、地上に降りた。顔は見えなくとも、その姿は見惚れるほどに美しく、不純物がないような真っ白な肌、白い美しい髪、なにもかもが狂気にも満ちていた。
そして、次の瞬間血飛沫が上がった。
「え、」
な、なにこれ。この血誰の?
赤い血が僕の服や肌にべっとりとついて、流れた。
その血は、サーニャのものだった。
サーニャは、鼓膜が破れるような甲高い悲鳴を出した。
そして、巫は楽しそうに狂ったように笑いながら、僕の目の前で動けなくなったサーニャを攻撃し、惨い姿にした。
サーニャは、意識をなくし、されるがまま体を好き勝手され、赤い血を飛び散らせた。
周りに臓物が散る。
巫は、快感と言わんばかりの声を上げた。
そして、僕の方を向いた。
「オマエは、ナニをシテイル?」
「ナニもシナイのカ?」
巫が首を傾けた
巫が僕に向かって話してる、喋れるのか。
「タイセツナモノがめノマヱデコロサレテイルのに」
「ナゼタスけナイ」
わからない、僕もわからない。けど、何故か手が出せない。
体が動かない。
ただ、誰かが僕を呼ぶ声が聞こえる。
誰だ。僕は何をしている。
空気が冷たい
「ォマェは、ニンゲンカ?」
「ナンのタメにオマエハココニキタ?」
「オマぇノせイデ、コイツはコロサレタ」
そうだ、僕のせいで。
サーニャは、葛葉は殺された。
何故僕はここに来たんだ。
「叶、か、なえ」
誰かが僕を呼ぶ。誰なんだ。
耳鳴りがする。
「ケッキョクオマぇはナニモデキナイ」
「厶リョクナ、ヒトのコヨ」
巫が僕を指さす
細い指から葛葉の血が一滴ずつ垂れていく
「オマノ、ネガいは、叶ゥコトもナイ」
そうだ。僕の願いは叶わない。叶うことなんてない。だって、僕は叶。叶わないで叶。
耳鳴りかひどくなる。なんだ。誰だ。僕は誰なんだ。
僕を呼んでいるのは誰なんだ。
「叶!!!!」
はっとして、目が覚めると見えたのは、地下室の天井だった。
背中や額には大粒の汗がびっしりついていた。
息が荒くなっている。上手く空気を吸えない。
サーニャが心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
背中で僕を支えている腕はサーニャのようだ。
ロトも僕の横に座っていた。
「サーニャ」
「大丈夫か、叶、ずっと魘されてたぞ」
「僕は何を」
混乱してつい一人称を「僕」に戻してしまう。
「お前が武器を取りに行ってから中々戻らないもんだから、気になって、この黒猫に案内してもらいながらここにきたら、お前が倒れていたんだ。怪我はしてないみたいだが、どこか痛むか?」
葛葉に説明してもらったは、良いが何も記憶がない。部屋を出てからの記憶のみがすっぽりと抜け落ちている。
「だ、大丈夫です。ごめんなさい。心配させましたね。少し悪い夢を見ていました。」
サーニャは、僕を近くの椅子に座らせ、魔法で水の様なものを出して、僕に出した。
「ありがとうございます」
「どんな夢だったんだ」
葛葉が僕の前の椅子に座り紅茶を出して飲む。
まだ、意識がしっかりとせず、ふわふわしていた。
「私はいつも通りに……」
サーニャに、夢の内容を忘れない内に覚えている限りを丁寧に話た。
サーニャは、顔色を変えずに真剣に聞いた。
「そうか」
「不快な気持ちにさせたらすみません」
「いや、そんなことはない」
そう言ってサーニャは、僕の横にきて肩を寄せた。
「あと、部屋を出てからの記憶が無いんです」
「記憶が無い?」
「はい、そこの記憶だけがすっぽり無くなっているんです。」
サーニャは、意味深な表情をした。
眉間に皺を寄せて、少し考えた後に僕の肩を掴んだ。
「お前は、今日ここから出ない方がいい」
「な、なぜです?」
「俺と約束しろ」
葛葉は、僕の方を離さずに言った、強い意志を感じた。
「外に今日だけ出るな、これはお前のためだ」
「…」
記憶が無くなることは、不自然なことだが悪夢はありうることだ。
安静にしていろということなのか、他に意味があることなのか。
でも、今夜は望月。魔物を討伐するには、戦力が少しでも多く必要。
どっちにしろ、サーニャが断言した以上外に出ることは許されないだろう。
サーニャは、一度決めたら揺るがない。
「わかりました。今日の夜は教会に残ります」
サーニャは、軽く頷き僕の肩から手を離した。
「俺は、もう時間だから行く。お前は絶対ここにいろ。いいな」
椅子から立ち上がり、地下の階段を登る。
葛葉と僕の足跡が響きやすい地下室に響く。
葛葉の後に続いて歩く。
「葛葉は、いつも何処に行っているんですか」
「お前とそう変わらない。魔物をある程度殺しながら、巫を探してる」
「空から?」
「そりゃ飛んだ方が移動が速いし楽だからな」
僕の部屋に向かって歩く。
もう教会の子供やシスターが寝静まる、真夜中だった。
僕と葛葉の会話が小さく廊下に聞こえる。
「じゃあ、行ってくる。一通り終わったら戻るから」
羽と爪を出し、窓から慣れた動きで空高く飛んで行った。
何か嫌な予感が腹の中で渦巻く。
ーーー
作者 黒猫🐈⬛
「哀情」
第4話 悪夢
※この物語は、ご本人様との関係はありません。
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続きます゚・*:.。❁
コメント
7件
あ、え…好きすぎる…フォロー失礼します( . .)"
うわわわわわ…やばいやばい。最高