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きっかけはほんの些細なことだった。
家に行ってもいいか尋ねると今日は疲れてるからと断られることが多くなったとか、楽屋でいつものように隣に座ろうとしたらその瞬間に立ち上がってどこかへ行ってしまったとか。
どうして…俺は何か嫌われるようなことをしてしまっただろうか。最近はプライベートで会うことがほとんどなくなって、仕事でのやり取りだけ。寂しい…な。
「ねえ、りょうちゃん…俺のこと好きじゃなくなっちゃった…?」
顔を合わせるのが少し気まずくてメッセージで送る。情け無いな俺…しかもなかなかに女々しい。
既読はすぐについた。
なのにいつまで待っても返信が返ってくることはなかった。
「…若井大丈夫?」
平静を装っているつもりだけど、あの元貴でさえ心配してくれるくらい俺は酷い状態みたいだ。
「正直大丈夫じゃない」
「何か心当たりとかないわけ?」
「あったらとっくに解決してるって」
そんな話をしていたらちょうど、メイクを終えた涼ちゃんが入ってきた。
嗚呼今日も上手く話せない。元貴が気を遣って場を和ませてくれているのが分かって申し訳なさでいっぱいになる。
「じゃあ若井、あとは二人で話しなね」
ぼーっとしてしまっていたら急に振られてびっくりした。え、今この状態で二人きりにされるの…?
俺は久しぶりに涼ちゃんと肩を並べた。沈黙が続いてついに耐えられなくなる。
「あの、さ…俺が何かしちゃったんだったらごめん。でも、本当に心当たりがなくて。せめて何がダメだったのか教えてほしい。」
「…っ」
涼ちゃんは唇を噛み締めて息を飲んだ。
少しだけ違和感を覚えた。
一瞬だけゆらりと揺れた黒目とまるで何かを押し殺すような表情。何だろうこの胸のざわめきは。
「涼ちゃんがどう思ってるかは知らないけどさ、俺はずっと寂しかった。」
「僕だって若井と話せなくて寂しかったよ。」
「えっ」
「でもさ、別れよ僕たち」
…どうして。俺はもう毎日涼ちゃんのことしか考えられなくて、こんなにも大好きなのに。殴られたかのような衝撃で頭がまともに働かない。
「なんでっ、」
「何でも。ごめんね迷惑ばっかりかけて」
「待って!」
部屋を出て行こうとする涼ちゃんの腕を掴んで引き留める。
「せめて理由聞かせて。じゃないと俺、納得できないから。」
涼ちゃんは口を閉ざしたまま俯いている。
よく見ると涙を堪えているように見えた。どうして。俺が泣くなら分かる。けれど涼ちゃんが泣く理由が分からない。
「…このままじゃ若井が幸せになれないから。」
「は?」
思ってもみなかった角度からの言葉に思わず冷たい口調になってしまう。今この状況で怖がらせてもしょうがない。まずは話を聞こう。次に続く言葉はなるべく優しくなるように意識した。
「俺の気持ちは無視?」
「…」
「幸せになれないって何?俺これまでも今も十分幸せなんだけど。」
「だって…っ、」
口ごもる涼ちゃんをみて、ああこれは誰かに言われたパターンだなと察する。
「俺はね、涼ちゃんと一緒にいられたらそれが幸せ。…というかむしろそうじゃないと幸せじゃない。」
「涼ちゃんは違うの?俺と一緒にいたくない?」
うるうるとした目がこちらを見つめる。
「僕も…、若井とずっと一緒にいたい。」
そうだよね。そう言ってくれると思ってたよ。離れていた時間を埋めるように俺は涼ちゃんを腕の中におさめて抱きしめた。
「誰に言われたの…?」
「…」
「まあいいや。そんな俺たちのこと何も分かってないような他人じゃなくて、俺のことだけ信じてほしい。」
「…分かった」
果てしなく優しくて、人のためなら多少の自己犠牲は厭わない涼ちゃんだ。俺のためって言われて色々考えちゃったんだろうな…。どうしたら不安にならないで済むかな。
「涼ちゃん大好きだよ」