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🌸が俺の前から姿を消してから、一週間が経った。
俺がどれだけ悲しんだところで、時が止まるわけでも戻るわけでもなくて。
ただ、いつも通りに時間が流れていくだけだった。
もしかしたら、🌸は本当は俺の家なんか来ていなくて、長い夢を見ていただけなのかもしれないなんて思い始めている。
🌸がここで暮らしていた事実が、跡形もなく🌸と共に姿を消してしまったから。
俺が貸した服も、予備の歯ブラシも、一緒に使った皿も全部元に戻してあったのだ。
ものすごく幸せな夢を見てしまったが故に、起きている時間が悪夢になってしまった。
本当、いい夢だったな。
なんて思いながら、俺は持ち帰っていた書類を片付けていた。
「腹減った…」
スマホのホーム画面を軽くタップすれば時刻は十五時を過ぎていて、グゥゥと低音が響く己の腹を抑えて冷蔵庫へと軽食を探しにいく。
休日は昼食を取らないので、変な時間にこうして腹を空かせ、食糧を求めて家中を探すのが日課になっているのだ。
…そういえば、🌸が居たこの時間はコンビニに行かされてアイス食べたっけ。
なんて、お盆を思い出して自然と頬が緩んだ。
…ま、お盆のあれは全部俺の夢だったんですけどね。
でも、夢でも良いからもう一度🌸に会えるのなら、次は目を見てありがとうと言いたい。
そう思う片手間で冷蔵庫に目を通して、そのまま冷凍庫へと手をかけた。
「うわ、なんも無ぇな」
独り身の男の冷凍庫なんて、氷と冷やしてあるタンブラーくらいしか無いのだ。
とりあえず隅まで探そうと思い、ダメ元で冷凍庫の仕切りを開ける。
「……これって」
冷凍庫の底に手を伸ばした。
そこには俺がハマっていたバニラのアイスがあって。
“おぇ、何これまずい…”
“アイス食わねぇなら解ける前に冷凍庫入れとけよ”
“分かったよママ〜”
いつかの🌸と交わした会話を思い出していた。
アイスを持つ手は微かに震えていて、それを抑える様に深く息を吐いてから、蓋を開ける。
アイスの表面には、スプーン型に開いた凹みがいくつか残っていた。
無意識に口角が上がって、眉が寄って。潤んだ瞳からは絶えず涙がこぼれ落ちた。
「…やっぱり…居た、よなぁ」
夢じゃなかった。やっぱり本当に🌸は居た。俺と一緒に暮らしたんだ。
ちゃんと🌸と話せて、触れて、笑いあえてたんだ。
嗚咽で跳ねる胸にアイスを抱き寄せる。
アイスが溶ける心配なんてしなかった。
ただ、🌸が残してくれた一緒に住んでいた事実がとても嬉しくて、愛おしくて、俺を信じてくれるたった一つの救いで。
“故人が残してくれた幸せって、あまりに大きいですよね。”
…あぁ、本当に、その通りだ。
あの時は理解出来なかったその言葉が、今になってストンと胸に落ちた。
ずっと側にいて欲しかった、一生かけて幸せにしたかった。
その願いは叶わなかったけど、一緒に過ごした日々も笑っている🌸の姿も、愛おしく思う俺の気持ちも全部、🌸が残してくれた思い出は記憶の中で生きているから。
抱き締めた体温で溶けたアイスを一口食べて、夕日の照らす静かな部屋で微笑んだ。
「やっぱり、このアイス美味いわ」
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お盆なので、帰還ってきました。[完]
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