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暇をつぶすために開いたSNSにはそれぞれの承認欲求の場と化していた。まるで猿たちが檻から放たれたように、欲が見え隠れもしないほど私の目には汚く見えた。それほどいい面も持ち合わせていなかっただけだ。おそらくこれはただの嫉妬で片付く感情である。私の本能も実のところ猿達にちやほやされたいのだろう。だから私は淫らな格好をした汚い写真をSNSに投稿する。ただの穴モテに変わらない。ただ、それによって満たされるものがあった。私にはこれしかなかった。
この身体が昔から嫌いだった。周りに比べ成長も早く、他人の目を気にしてばかりの生活だった。ただ、周りの成長が比較的落ち着いてきた頃から他人からの視線は私に優越感を与えた。平均以上の乳房に肉付きの良い身体に猿達は悦んでいた。だからといって平均的な恋愛ができた訳でもなかった。寄ってくる猿達は皆身体目的。面も目立って綺麗だった訳でもないし、性格も天真爛漫でもなく、ただ落ち着いていただけである。それゆえ、ただ一夜だけでも男たちから受ける偽の愛に私は心を浮かしていただけである。これが私だけが受けられる愛の形である。だから、SNSに存在する同類が嫌いだった。まるで私が受けるはずだった男たちの視線、愛、欲を横取りされている気分になるからだ。しかし、画面の向こうにいる彼女たちも私と同じ同類なんだと考えただけで、同情した。満たされない感情を電波に乗せて埋めようとする彼女達、私はまるで綿毛だった。
そんな私の綿毛にもついに定着する場所が現れたようだった。彼に私はどう映っているのかまるでわからなかった。他の男たちのように私に色目を使うことがなかった。落ち着いた雰囲気からひとしきり遊び終わった男なのだろうと察した。二つしか変わらない彼に私は本能的に彼の女になりたいと感じた。面のいい男には闇がある。だいたいが地雷である。わかりきっていながら私は彼の女になりたがった。しかし、恋愛経験もなく、ただ男を悦ばせるだけの道具であった私にはアプローチ方法が分からなかった。会う頻度もバイトのシフトが被るときだけ、不定期だった。せめて同じ大学であったのなら、平日の閉店前の居酒屋で一人呟く。客も帰り店を閉めるだけになったアルバイト先、彼の名前が貼ってある靴置きに目を配る。おそらく物理的にも彼と一番距離が近くなれるのはこの靴置きくらいだろう。彼の隣の棚に靴を戻し、仕事仲間達に挨拶し店を出た。
「きらちゃん方向一緒だよね?」
きららという私に見合わない顔も見たことない父がつけた名前を気持ちの悪い省略で呼ぶ男が私の足を止めた。
「そうだね。でも家近いから」
できるだけ傷つかいないように断ったつもりだったがそれが男を加速させたようだった。
「でも、女の子一人でこんな時間外に居させられないよ」
結局言いくるめられてしまい、嫌々一緒に帰ることになった。昔から異性と話すのは苦手で押しに弱かった。私に声をかけた男は同じ20歳の、女を覚えたての芋くさい男だった。
「きらちゃん気になる人とかいるの?」
「中学生みたいなこと言わないでよ」
できるだけ冷たく返していたつもりだったが彼は話がはずんでいると勘違いしているらしい。笑顔が絶えなかった。それとも一夜狙いで私のご機嫌取りでもしているのだろうか。気持ちが悪かった。
「学校とか、バイト先とか! きらちゃんモテそうだからなんかあるでしょ。あ、それとも職場恋愛とかしないタイプ?」
質問攻めで心身共に限界に達しそうだった。ましてや興味もない男。無理やりにでも断ればよかった。
「そういうわけじゃないけど」
私が会話を続けさせてあげたにも関わらず彼は、あっ。とだけ言い私の方すら見ていなかった。彼の視線の先には彼がいた。
「お疲れ」
少し低い声が私に彼であると確信を持たせた。
「お疲れっす! 優斗さんも家近いんですね! こんなところで会うなんて」
最悪のタイミングで会ってしまった。なんでこんな男と一緒に居る時に出くわすのだろう。隣にいる男は私といることをまるで彼に見せつけるように話をしていた。
「いや、住みは隣の駅だけど。昨日のシフトのとき忘れ物しちゃってさ」
彼に会えた喜びと、最悪のタイミングとで私の感情の相殺が始まり、余計に疲れた。
「きららさん、明日のシフト一緒だよね。よろしく」
彼の目を見て返事出来ず、その日は眠りにつくまで後悔が絶えなかった。彼から連絡は来なかったし、帰りに同行してきた彼の連絡は返さなかった。
「おはようございます」
今日は私から彼に挨拶した。昨日の後悔から沸き上がった勇気が今日の私は違うぞと、まるで汚い私を平均的な少女に変えたような気分だった。「おはよう。最近連勤続きじゃない? 無理しないでね」
他の男達とは違い、裏のないやさしさに余計彼を意識させられてしまう。それと同時に彼が私に持つ関心が皆無であると現実が囁くのに耐えられなかった。
「佐々木君と恋仲じゃないです」
私に興味を持たない彼にちょっとした抵抗のつもりで言った言葉に、彼よりも私が戸惑ってしまった。
「わかってるよ」
私の言葉に笑みを零す彼の顔に耳を赤くしてしまう。つくづく面のいい男は理不尽に女を悦ばせる。
「きららさんらしくないもんね。佐々木君は」
まるで私の全部を知っているかのような言葉に余計心が浮ついてしまう。面のいい男は自分の言葉に責任を持たない。面がいいからだ。適当なことを言ったとしても女側はその言葉に簡単に浮つく。君はそんな人じゃないといわれれば、当の本人もそんな人間ではないと錯覚してしまう。面のいい男に作られた女はことごとく脆い。世の中の女の何割かは、きっと脆い。
「どういう意味ですか」
言葉の意味をできるだけ理解したいがために聞いた。
「んー、きららさん可愛いから、きっと付き合うなら俳優みたいな人と付き合いそうだから」
可愛い。きっと適当に女を悦ばせるためだけに放った言葉であることは痛いほどわかった。しかし、その言葉が彼から放たれたのなら別問題である。厳密には別問題ではないのだろうけど、女は自分の都合のいいように勘違いする。こんな勘違いだけで悦んでいる内に、この恋を終わらせておけばよかったのだ。
アルバイト先のメンバーだけで閉店後飲み会が開催された。学校の飲み会にも参加しない私だったが、彼が来るかもしれないとなると話は別だ。酔った彼はどうなるのだろう。好奇心と好意が入れ交じり、予定よりはやく準備を終えてしまった。やることもないのでまたSNSを開く。彼に出会ってからSNSを投稿することも少なくなっていた。投稿するとしても一言だけ。私の身体を欲していた猿達はかなりの数減っていた。所詮そんなもん。そう呟くが、心のどこかしらが寂しがった。でも今はそんな感情もこの香水一振りで消え去る。随分前に彼の使っている香水を聞き出し、秘密裏に買ったレディースの香水。服につけず、カーテンに振りまいた。この匂いが私の部屋を彼と私の空間へと彩る。家を出るまでの時間まで香水の匂いと共に彼のことばかり考えていた。なぜレディースの香水だったか。それだけは考えなかった。
時間丁度についても暇な人間としての烙印を押されるのを恐れた私は予定より15分ほどしてから顔を出そうとした。店先で彼と出くわした。もしかしたら彼も同じことを考えていたのかもしれない。私と彼の共通点を一人で感じ、少し悦んでしまった。別方向に歩いて行ったあの女性の存在は見なかったことにしておいた。
「あれ、二人で来たの! あれれー?」
きさくな店長は私達で遊ぶかのように笑っていた。
「あー! もしかしてー」
同僚の人達は面白そうに介入してきた。付き合っているのか、どういう関係なのかと、一瞬だけ飲み会の盛り上げ話として私達が取り上げられた。気恥ずかしく、鬱陶しかったが、結局のところ悪い気のしていない自分に心の中で笑いがこみあげてしまう。
「勘違いされちゃったね」
いたずらに笑う彼に無邪気さを感じ、何と言っていいのかわからない感情に襲われた。飲み会も随分時間がたち、皆酒がまわってきた頃合いである。彼の頬は赤みが生じており、目も垂れてきていた。可愛い。女が一番男に抱いてはいけない感情が生じてしまった。依存や沼。簡単な言葉で片付く感情ほど処理に時間がかかるし手間が必要だ。たまに来る連絡、ほとんどが業務連絡であるが、ときどき雑談に入った時の気持ちの高ぶり。こういった積み重ねが余計手間を増やす。全く面や声のいい男は理不尽だ。
「迷惑でしたよね。すみません」
ん? と、頬を赤く染めた彼が私に目を配る。面がいい。
「いや、悪い気はしなかったかな」
そうしてまた仕事仲間達と話の続きを進める彼の無意識な精神攻撃にあえなく撃沈してしまう。悪い気しなかった。嬉しかったということだろうか。こんな私と何かしら関係を持っていると勘違いされた事に対して悪い気しなかったのだろうか。店先で知らない女性を見ていなかったらこのまま酒の勢いで思いを打ち明けてしまいそうだったが、どうにかその勢いを殺すことができた。飲み会で佐々木が余計なことをした。彼を酔わせすぎた。おそらく彼は酔っている時の記憶を無くしているであろう。店先にいた女性は彼と恋仲であったらしい。
彼と肌を重ねることもなく私の恋は終わった。それと同時にSNSの投稿頻度が増え、脱走していた猿達は自分のいるべき場所に帰った。私に普通の恋愛は向いていないらしい。よくよく考えれば、彼女がいるのにも関わらず他の女に気持ちを持たせるような事をする男だ。仮に恋仲になったとしても彼女としての私は耐えられないだろう。90分という気が鬱になるほど長い大学の授業時間中、私は、私の中に残っている彼をひたすらに否定した。思えばこちら側が勝手に抱いた感情だ。彼に言及できる余地はない。こちら側で処理するしかないのだ。早すぎる失恋に絶望よりも笑いがこみあげてくる。汚い私が一瞬でも普通を感じれたことに感謝するべきなのである。そんな感情も後日跡形もなく払拭されることになる。
彼から連絡が来た。アルバイトのシフトは彼と合わないようにと店長に伝えておいた。物わかりの良い店長は理由を聞くこともなしに承諾してくれた。アルバイトの人数が多いというのも要因の一つに違いなかったが。しばらく顔を合わせていなかった彼からの連絡は私の生活に別の色を生んだ。【きららちゃん、どうしよう】きららちゃん。彼らしくない呼び方に違和感が働く。はじめは返すつもりなど毛頭なかったが、どうも気になり結局返してしまった。文章から分かるいつもの彼らしくない、余裕のなさに、余計違和感が生じる。彼女と別れたとのことだった。それを私に話したところで何があるのか全く分からなかった。だからなんだと言いたくなったがそれを押し殺し、仮にも一度好きになった男だ。話を聞くだけ聞きに会うことになった。心のどこかで私が報われる番がきたのではないかと考えてしまったがまずそんなことないだろう。隣駅だった彼は私の駅まで来てくれた。その行動力に違和感よりも気持ち悪さを感じてしまった。話を聞くため、彼とバイト先以外の飲み屋に足を運んだ。奢るから、と連れてこられたものの、この気持ち悪さの正体に気づけない。
「どうして私なんですか」
こちらの不信感を隠すつもりはなかった。彼に気を使うつもりがなかった。彼の答えは曖昧なもので私である理由がまるで分からなかった。いや、察していた。付き合ってどれくらいだったのか、別れた原因、未練の有無や、これからの事。話題を振ったりもしたが、ほとんど相槌だけが私の仕事だった。酒も入っていたのか私の手を彼が握ろうとした。とっさにそれを回避し、カバンに手をやる。この男は私を舐めているのだ。ようやく気づいた。今更だ。私の好意に気づいていながらその好意から得られる快楽に彼は溺れていたのだ。今更向けられる彼からの好意に近い性欲を心の底から気持ち悪く感じた。普段、彼から感じられる余裕の正体は、彼の彼女にあった。最後に帰る場所がある男は、そうでない男に比べ女に対する余裕が違う。他の女を遊び道具としか見なくなるため、余裕が出てくる。その男の汚い余裕にあてられた余裕のない女が私だっただけの話だ。今、彼は私を寂しさを埋めるためだけの穴としか見ていないのだろう。正体がただの汚い猿だった彼に失望し、その猿に遊び道具だと思われた私に絶望した。つくづく汚い。これが普通の恋愛かと、反吐が出る。カバンを手に取り、彼に一瞥することもなく店を出た。彼には抱かれたくない。私の中の何かがそう言い、すかさずSNSを開いた。下書きにあった写真と共にハッシュタグをつけ、一夜限りのベッドに身を投じた。
つくづく私は貪られるだけの道具にすぎない。