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鷹槻れん

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#極道
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月詠 涼
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千崎から、相良組が管理しているランジェリーショップ『YURIKA』が燃えていると連絡を受けたのは、芽生とともに子猫を伴って帰宅して間もなくのことだった。
被害に遭った店舗は、芽生に下着を見繕ってもらった馴染みの店で、もっというと千崎が囲っている情婦が経営しているショップでもある。
石矢とともにココアを飲んでいる芽生を気にしつつ、「百合香は?」と低めた声音でオーナーの名を出せば、『腕に少し火傷をしたようですが、無事です』と返る。他のショップ店員たちも大きな怪我などなく逃げおおせたと聞いてホッと肩の力を抜いた京介だ。
にしても――。
「放火か?」
思わず苦々しく吐き出せば、『……のようです』と予想していた通りの答えが返ってきて、つい眉間の皺が深くなった。
そもそもあの店には火元になるようなものがないのだ。
給湯室にあるのは流しと小さな冷蔵庫と急速沸騰機能付きの電気ポット、そしてコーヒーメーカーだけ。
もちろんコンセント差し込み口付近から火花が出ないとも言い切れないが、百合香は綺麗好きな女だ。埃が溜まって云々自体考えにくい。
芽生が住んでいた借家も、放火による火災だと断定されている。その犯人がまだ捕まっていない状態で、またしても不審火が起きたことを、さすがに偶然とは思えなかった。
借家の火災時、一番に細波鳴矢を疑った京介だったが、残念ながらあの男には芽生の家の出火時にアリバイがあって、早々に容疑者リストから外された。だが、今回はどうだろう?
(長谷川建設にも何かないとは言い切れねぇし、警戒を強めるか)
芽生を主軸に、不審火が起きている気がする。だとしたら友人の会社も危ない気がして、京介は以前芽生を攫って行ったことがある事務所に電話を掛けた。下の者を長谷川建設の警備に付けようと考えたからだ。
だが、何度コールをしても誰も出る気配がない。こんなことはあり得ないことだ。
そのことを不審に思いながらも、京介は仕方なく事務所を任せている三井の携帯を鳴らしたのだが、こちらも応答がない。
(何が起こってる?)
京介は不意に安全なはずの自宅へ残してきた芽生のことが気になった。大丈夫だと思うのに、何故か妙な胸騒ぎを抑えられなくて、気持ちを落ち着けるように煙草を咥えて火をつけると、自宅待機を命じている佐山文至に電話をする。
不本意ではあるが、佐山が芽生を預けるのに一番適任なことは確かだ。
部屋まで上がることは許可せず、マンション外で出入り口を張るように命じた京介だったが、我ながら佐山に対して警戒し過ぎだろと苦笑して、煙草を咥えた口元に力がこもる。
佐山の家から京介のマンションまで車で約三〇分。車自体は芽生の送り迎えに使用していた防弾仕様のミニバンを使うよう指定した。
その電話を切ったと同時、先程は繋がらなかった三井から着信が入る。
『カシラ、電話、出られなくてすみません! 実は事務所が入ったビルに火がつけられまして……今みんな外へ出されてます。下着屋の件もあって大変でしょうが、落ち着いたらこっちにも顔出してやってください。下の者たちがざわついてまして……わたしじゃ抑え切れる自信がありません』
千崎も『YURIKA』の火事騒動へ駆り出されていて不在な状態での出火騒ぎとなると、事務所の方は大変なはずだ。あの事務所は部屋住みの者たちが寝起きするスペースも取ってあるから、そこを焼け出されたとあっては、その混乱ぶりは想像に難くない。
京介はすぐさま千崎に電話を掛けると、「すまん。事務所からも火が出た。俺はそっちに行くから……YURIKAの方はお前に頼んで構わねぇか?」と問い掛けた。
電話口から千崎が息を呑む気配がして、すぐさま『分かりました。こちらは私にお任せください』という声が返ってくる。
京介は苦々しい思いを噛み殺しながら、ハンドルを握る石矢に行き先変更を告げた。
よりによって、自分が不在にしている日に立て続けにこんなことが起こったのは、偶然だろうか?
***
先ほど細波に酷い扱いをされたけれど、子猫は無事だろうか? そっと上から覗き込むと、箱が横倒しになっていて、慌ててそれを元に戻したら、小さな声で「ニィ……」と鳴かれて、胸が苦しくなる。
シートベルトをしないまま、足の上に載せた紙袋をギュッと握りしめて、芽生は窓外を流れていく景色を険しい顔でじっと見つめた。
自分ひとりならある程度スピードが緩んだ隙をついて車から飛び降りるとか出来るかも知れないけれど、弱っている殿様のことを考えると、なかなか決心がつかない。
「芽生ちゃん、変なことは考えない方がいいよ?」
前方を見詰めたままの細波からそう声を掛けられて、芽生は顔に企みが出ていたのかとドキッとする。
「シートベルトをしようとしないのは逃げようとか考えてるからでしょう?」
ちらりと胸元へ視線を投げかけられて、芽生は「わ、忘れていただけですっ」と慌ててシートベルトをした。
下手に細波を刺激して藪蛇になったらまずいし、車が停まるのを待って行動を起こした方がいいと思い直す。
(タクシー、呼べばよかった!)
今更のようにそのことが頭の中をぐるぐるする。動物病院を調べたとき、タクシーのことも頭に思い浮かびはしたのだ。だけど最寄りの動物病院が思いのほか近くにあったから、タクシーの配車手配をして待つ時間が惜しく感じられてしまった。
動いていないと不安だったというのもある。
芽生だって、まさか出てすぐ細波に待ち伏せされているなんて思わなかったのだ。
「そういえば細波さん、どうしてあそこにいたんですか?」
芽生がポツンとつぶやいたら、細波が「前に偶然ワオンモールで出会ったでしょう? あの時にね」と芽生の鞄に一瞬だけ意味深な視線を投げかけてくる。
キョトンとする芽生に、細波がさらに続けるのだ。
「芽生ちゃんはさ、ちゃんとハンカチとかポケットティッシュとか持ち歩くタイプでしょう? だから……」
ワオンモールで配っていたポケットティッシュに、盗聴器を忍ばせて芽生の鞄に入れたらしい。
芽生がワオンモールに行けば必ず立ち寄る行きつけの菓子屋付近で、夕方毎日のように張り込んでいた甲斐があったと付け加えられて、それはもはや偶然というより必然だったのでは? と思ってしまった芽生である。
見つけた時点で芽生を捕まえられたらベストだったらしいのが、そうできなかったときに備えての保険が盗聴器だったらしい。
「芽生ちゃんがワオンモール、大好きなのは知っていたし、備えあれば憂いなしっていうでしょ?」
「でもそんなの私がティッシュを使ったら……」
「多分見つかっちゃってただろうね。けど、大丈夫だったでしょう? 盗聴器の電池だってそんなに長くは持たないし、ある種の賭けだったんだ。で、僕はどうやらその賭けに勝ったみたいだね♪」
芽生が京介に引っ立てられるようにしてワオンモールを出た後を、タクシーで追いかけたのだと細波が言う。
「僕の車はさ、良くも悪くも目立っちゃうから」
追跡には不向きだと思ってタクシーにしたらしい。とすると、今日いつもの車じゃないのも同じ理由からということか。
細波は、芽生が思っている以上に悪知恵が働く男なのかもしれない。
「芽生ちゃん、すっごいセキュリティのマンションに住んでるんだもん。びっくりしちゃった。ヤクザって儲からないって聞いてたけど、君のパトロンは相当上手に稼いでるみたいだね」
言われて、「京ちゃんはパトロンなんかじゃ!」と思わず抗議した芽生だったけれど無視されてしまう。
「新しい住まいは分かったけどなかなか手出しできなくて焦っちゃった。あの男が芽生ちゃんから離れるタイミングを探ろうって思ってたんだけど、待つより作る方がいいかなぁって……路線変更♪」
「作、る……?」
「そう」
細波は芽生が抱えた紙袋に視線を移すと、「僕からのプレゼント、気に入ってくれた?」
と微笑んだ。
「それって……どういう」
「ん? 芽生ちゃんが帰ってくる時間に合わせて、僕が置いたんだよ、その子。芽生ちゃんたちの動向は、仕掛けた盗聴器で探れてたから、タイミングもバッチリ」
言って、細波が嬉しそうに笑う。
芽生たちが戻ってくる直前に、マンションの車寄せ付近に目立つように段ボール箱を置いたのだと誇らしげに笑って、「ねぇ、芽生ちゃん、知ってる?」と細波が声のトーンを変えた。
「猫ってね、牛乳を飲ませちゃダメなんだ」
「えっ?」
「牛乳に入ってる乳糖って成分をね、猫は分解出来ないんだって。だから飲ませると下痢したり嘔吐したりしちゃう」
家に連れ帰った殿様のお腹がはちきれんばかりに膨らんでいたのを思い出した芽生は、細波を信じられない者を見る目で見詰めた。
「もしかして……この子に牛乳を?」
「馬鹿だよねー。お腹が破裂しちゃうんじゃない? ってくらいたらふく飲んでくれたよ」
「どうして……そんな酷いこと」
「言ったじゃない。あの男と君を引き離したかったって」
「でも……」
殿様が体調不良になっただけなら、京介だけではなく石矢もいた。京介が突然家から出ないといけなくなったのまでは、細波にはコントロールできなかったはずだ。
「前にさ、芽生ちゃんの家に火が付けられたことがあったでしょう?」
いきなり話が飛んで、芽生はわけが分からず細波を見詰める。
「ごめんね。あれ、うちの母親の仕業だったんだ」
「えっ」
「芽生ちゃんが邪魔だったみたい」
細波鳴矢は日本を代表する大企業のひとつ、『さかえグループ』社長の遠縁だと言っていた。確かに、そんな息子が芽生のような親も分からない施設育ちの孤児なんかに熱を上げているのは、彼の母親的には許せなかったのかも知れない。
でも――。
「私が細波さんに好意を抱いてないことは」
「あー、逆にそれが問題だった、みたいな?」
ますます意味が分からなくて、芽生は殿様の入った紙袋を持つ手に力を込めた。
「芽生ちゃんがさ、僕に靡いてくれてれば万事丸く収まったんだよ? 今日だって危険を冒してまでママに動いてもらう必要なんてなかったんだ」
またしても母親。細波は一体何が言いたいんだろう?
そこで車が暗い場所に入る形で停車して、細波が「とりあえず降りようか」と言いながら芽生の腕から紙袋を引っ手繰った。
「あっ!」
車に誘い込まれた時もそうだったけれど、そもそも殿様の体調不良を作り出したのは目の前の細波なのだ。そんな男に殿様を奪われて、安心できるはずがない。
芽生は泣きそうになりながら殿様を取り返そうとしたのだけれど、細波はそんな芽生をあざ笑うみたいに殿様が入った紙袋を手にしたままさっさと運転席を降りてしまう。
「この子は大事な〝人質〟だよ。あー、猫だから〝猫質〟かな? まぁどっちでもいいんだけど……猫が僕の手の中にいる限り、芽生ちゃんはこの子を置いて逃げたりできないでしょう? 僕が、この子がどうなったって構わないと思ってるのは、さっきの牛乳の件で分かってもらえたと思うし。――ね?」
そこで再度車を降りるよう促された芽生は、薄暗いなりにも照明で照らされた周りを見回した。もしかしたら動物病院に連れて来てくれたのかも知れないという淡い願いは、どう見てもそうとは見えない雰囲気にあえなく砕け散る。
「芽生ちゃんはラブホって入ったことある? 実は僕、こういう安っぽいホテルを利用するのは初めてなんだけど……人と対面しなくていいっていう意味では今日の僕たちには打ってつけかな? って思って」
車庫の入り口が、切込みが沢山入ったカーテンで隠されるようになっているのは、ここが大っぴらに人から見られては恥ずかしい行為をする場所だからだろうか。それさえ細波にはおあつらえ向きに感じられたらしい。
「僕の車で入ったとしても、ここなら僕の車がいるようには見えないだろうね」
クスクス笑う細波に、芽生は今から彼になにを要求されるんだろう? と不安になった。
細波が手にしている殿様さえ取り返せたなら……。
そう思いながらギュッと握った鞄の中、スマートフォンが着信を知らせるようにブーブーっと振動し始めた。
今すぐ出たいけれど、携帯電話の存在に着目されるのは今は得策ではない気がして……。
下手に切れば、再度着信が入るかも知れない。
芽生は細波に気付かれないよう、鞄の中のスマートフォンを通話状態にした。
電話を掛けてきてくれた相手が、京介であることを願って――。
コメント
2件
細波、最低だ(泣)
うわ、細波、不気味すぎます……。子猫をわざと牛乳で体調不良にさせて人質にするなんて、その執念の深さと非情さにゾッとしました。借家の火災が細波の母親の仕業だったという衝撃もすごかったです。ラストのスマホの着信、早く京介が気づいてくれますように!続きが気になって仕方ないです。めちゃくちゃ引き込まれました。