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鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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月詠 涼
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「あー、別にラブホテルに入るからって何も今すぐにエッチなことをしようってわけじゃないから安心して?」
ギュッと身体を固くして細波のあとを怖々付き従う芽生を振り返って細波がクスクス笑う。
「とりあえず芽生ちゃんには僕が提示する書類の空欄を埋めて欲しいんだ。それが済んだら然るべきところへ提出するのに付き合ってもらうつもり」
そこで細波が、殿様の入った袋をこれみよがしに揺すってみせるから、芽生は慌てて手を伸ばした。だけど寸前のところでサッと躱されて、「くれぐれもこの子が僕の手の内にいることを忘れないでね?」と脅される。
要するに殿様を無事に返して欲しければ、黙って言うことを聞けと言いたいらしい。
芽生は泣きそうになりながらも懸命に頷いた。
「あのっ、ちゃんと言うことを聞くので先に殿様を病院へ」
ギュッと鞄を握りしめて言えば、「殿様?」とつぶやかれて、「ああ、猫の名前か。大丈夫だよ。もしコレが死んでも新しいのをもらってあげる。あ、ちなみにコレね、うちの知り合いの家で生まれたうちの一匹だから、代わりならちゃんと用意できるよ?」と信じられないことを言われてしまう。
京介なら、命に代えが効くとか……そんな酷いことは絶対に言わない。一流企業勤めだかなんだか知らないけれど、極道者といわれる京介の方がよっぽどこの男より優しいと思って、芽生はグッと唇を噛み締めた。
「細波さん、それ本気で……」
「当たり前だよー。そもそも僕、そんなに猫とか好きじゃないし。――けど、そうだな。〝殿様?〟を助けたいんなら僕の望みをできるだけ早く叶えることだ。じゃなきゃ手遅れになっちゃう」
芽生が、猫のことさえチラ付かせれば素直に従うと踏んだんだろう。
細波は芽生の方を振り返ることなく「行くよ」と告げるなり駐車場の片隅に設けられた扉を開ける。そこを押し開けたまま、先にあちら側へ行くよう目配せしてくるから、芽生はおとなしくその指示に従った。
扉を抜けると階段が一本上へ伸びていて、その先に部屋への入り口と思しきピンク色のドアが見えた。
どういうシステムなのかさっぱり分からなくて立ち止まった芽生に、「駐車場と部屋がワンセットになってるんだ。そのまま歩いてピンクのドアへ向かって?」と細波が指示を出してくる。それを聞きながら、芽生は(この人、本当にここへ来るの、初めてなの?)と思ってしまった。
それでも細波が背後にいて視線が自分より低い位置にある今がチャンスだと思った芽生は、気付かれないよう注意しながら鞄の中へ視線を落とす。
スマートフォンは依然通話中をキープしているようで、画面は明るいままだった。少なくとも電話先の相手がこちらの会話を聞いてくれているんだと分かってホッとした芽生は、細波からここの場所のヒントが聞き出せないかと思い至る。
「ここって……みしょう動物病院近くのラブホテルなんですか?」
殿様をすぐに病院へ連れて行けるかどうかが気になっているんだと前面に押し出しながら問えば、「さっき言ったよね? 書類を書いたらすぐ、提出しに行くって」と細波がのほほんと返してくる。
芽生には細波が自分に何の書類を書かせようとしているのか皆目検討がつかなくて、思わず口ごもった。
そこでピンクの扉の前へ着いてしまって、話が頓挫する。何も聞き出せなかったことに、気持ちばかりが急いた。
細波は「どうぞ」と嬉しそうに重そうな鉄扉を開けて芽生を中へ入れると、自分も後からピッタリとくっ付くようにして中へ入ってきて、後ろ手に扉を閉ざしてしまう。
直後、カチャッとロック音が響いて、『ようこそ。ロイヤルキャッスルへ。当ホテルは自動精算システムを採用しております。お帰りの際は扉横の会計ボタンを押して、精算機にて料金をお支払いください。なお、お支払い方法は現金、各種クレジットサービス、電子決済などに対応しております。詳細は案内表示にてご確認ください』と、定型文と思しき電子音的な女性のアナウンスが流れた。
恐らく通話相手にもその声は届いたはずだと思いながらも、芽生はもう一度だけ「ホテル、ロイヤルキャッスル」とつぶやいた。
(どうか聞こえていて!)
通話先の相手と言葉を交わすことが出来ない芽生は、祈るしかなかった。
***
火事の処理でバタついている最中ではあったけれど、ふと携帯を見た京介は思わず眉根を寄せた。
さっき電話を掛けたときにはなかったのに、いつの間にきたんだろう。芽生から着信とメッセージが入っていた。
着信時刻は、京介が家を出て三〇分も経たない内だったから、連絡があってから優に二〇分は過ぎてしまっている。
芽生からの着信があるより前に佐山へ行ってくれるよう要請はしてあったが、タイミング的に考えてまだマンションへは着いていないだろう。
京介は三井に目配せすると、ちょっとだけ現場から離れた。京介が顔を見せたことで下の者は一応に落ち着きを取り戻していたし、火事自体ほんの小火で、事務所が入ったビル付近に置かれたゴミと一緒に一階のテナントが少し焼け焦げただけで、上の階にある事務所の方は問題なく使えそうだった。少しぐらい電話を掛けても問題はないだろう。
着信履歴から芽生に折り返した京介は、結構コールしても出ない芽生に、動物病院で猫を診察してもらっている最中だろうか? と思った。
一旦切って、芽生の位置情報を確認しようかと考えた矢先、出た。
「芽生、お前……」
――また勝手に動いたのか?
事情が事情だし、京介自身芽生からの電話にすぐ応じられなかった手前、そんなに酷く怒るつもりはない。だが一応危機感は持って欲しくて低めた声音で続けようとしたら、何やら様子がおかしい。
ガサガサと言う音に混ざって聞こえてくるのは、男の声だ。
(……細波?)
聞き覚えのある厭味ったらしい喋り方に、眉間にしわが寄る。
京介は通話を切らないままマイクを切ってスピーカーモードに切り替えると、会話を録音しつつ位置情報アプリを立ち上げた。
(ここ……)
【ホテル・ロイヤルキャッスル】と地図上に出ているそれは、確かラブホテルだったはずだ。
それを裏付けるように雑音に混ざって芽生がラブホであることを確認する声に続いて、自動音声と思しきアナウンスが流れてきた。
それが聴こえてきたということは部屋に入ったということだ。
(あのバカ!)
会話の内容から、どうやら弱っている猫を盾に取られていることは分かったが、芽生の安全を第一に考える京介としては、どうしても細波の言うがまま個室へ入ってしまった芽生を苦々しく思わずにはいられない。
不幸中の幸いなのは、細波がすぐに芽生をどうこうするつもりはないと言っていることだ。クソ男の目的は、あくまでも芽生に書類を書かせて、どこかへ提出することらしい。
(何の書類だ)
ふとそこまで考えたところで、三井が恐る恐る「カシラ」と声を掛けてくる。
三井が、皆から離れて行動している自分の元へわざわざ声を掛けにくるということは、それ相応の用件ということだ。
京介は芽生を心配する感情をグッと押さえると、三井に向き合う。
「千崎さんが、至急カシラにって。わたしにはよく分からないんですが……狙われてるのは神田さん自身かも知れないからって……。その理由を説明したいそうです」
言いながら繋がったままの携帯を寄越してきた三井に、京介は「俺が千崎と話してる間、こっちの電話の内容を聞き漏らすな」と自分の携帯を手渡して、千崎からの電話に応答した。
『カシラ、一連の放火犯が分かったんですがね、どうやら……』
千崎の説明に、京介は携帯を握る手にグッと力を込めた。
***
「芽生ちゃんに書いてもらいたいのはこれだよ」
部屋に入るなり、細波は懐から折り畳まれた紙片を取り出した。
小豆色の味気ない線描で印字された紙片には左上に【婚姻届】と書かれていて、『妻になる人』以外の欄は、それこそ証人欄二名に至るまで全て埋め尽くされていた。
「はい、どうぞ」
当然のようにボールペンと〝神田〟の印鑑を渡された芽生は、意味が分からなくて細波を見つめる。
「芽生ちゃんがそれ、埋めてくれたらすぐそこの役所へ出しに行くからね」
「でも……」
芽生は知らないが、このホテルは繁華街を挟んだ形、車で五分と掛からず市役所へ行ける場所にある。お酒を呑んで、そのまま徒歩で入室……という人たちを取り込むことも見込んだ立地なんだろう。
「細波さんが私と結婚するメリットが分かりません」
芽生は孤児だ。遠縁とはいえ、大企業の社長様の血縁者である細波が選ぶ相手ではない。好きだと何度も言われたけれど、芽生の感覚ではそんな相手にこんな酷い真似はしないから、それも理由とは思えなかった。
そんなことを考えながらオロオロと細波を見上げたら、「僕が芽衣ちゃんのことを好きだっていうのはまるっきり信じてないんだね? やっぱり気持ちのない言葉は響かないかぁ」と吐息を落として、「ま、ホントの理由は役所に書類を出した後で教えてあげるよ。不本意ではあるけれど僕には君が必要なんだ」と、心底嫌そうな顔をする。
「……不本意なら」
――わざわざ無理する必要なんてないのに。
芽生がそう続けようとしたら、細波が苛ついたように舌打ちを落とした。
「聞こえなかった? 不本意だけど仕方ないんだよ! こうしなきゃ僕が立場的にマズくなっちゃうんだから!」
感情的にそこまで言って、細波はハッとしたように不自然なまでににこやかに微笑むと、殿様が入った袋を芽生に向けて揺すってみせる。
「ねぇ芽生ちゃん。無駄話してたら猫、死んじゃうんじゃない?」
酷く扱われたからだろうか。紙袋の中から「ニィ」とか細い声が聴こえて、芽生はそれが殿様の助けを呼ぶ声に聞こえた。
「分かったからやめて!」
芽生は子供の頃からずっと、京介との結婚に憧れていた。京介にいつかお嫁さんにして欲しいとお願いしたこともある。京介は『どうしても貰い手がなかったらな』と笑ってくれた。その場しのぎの優しさだと分かっていても、芽生はその日を夢見ていたのだ。でも、それも叶わなくなってしまうんだろうか。
そう思いながら、涙に滲む目を懸命に凝らして空欄を埋めていく。
陽だまりを出た時、『私が三十歳まで独身だったら約束通りお嫁さんにしてね?』とこの書類を書いて京介に渡したことがある。
だから書き方は知っているけれど、細波に自分のことを知られるのが嫌で本籍地の所で手を止めたら、児童養護施設『陽だまり』の住所を渡された。
「君は新生児の頃にそこへ捨てられてたらしいから本籍地はそこだよ」
細波は何故か芽生のことにやたら詳しくて、当然のようにそう言ってくる。
「ちなみに君の苗字は拾われた場所の近くの神田神社から付けられてる。芽生って名前も含めて名付け親は当時の市長だ」
出生情報が何も分からない孤児の場合、保護された場所が本籍地となって、その子が筆頭者になった戸籍が作られる。大抵その場所にちなんだ苗字が当てられ、下の名前も含め、名付けは市区町村の長がする。芽生の場合はそれが当時の市長だった。
そのことは施設を出る際、『陽だまり』の施設長から聞かされて知っていた芽生だけれど、何故細波が知っているんだろう?
大好きな京介には【婚姻届】を預けた際、芽生からそういう事情を全て話したことがある。だけど京介も陽だまりの職員たちも皆、そういうことを他者に漏らす人間ではないから、そこから漏れたとは考えにくかった。
「ほら、手が止まってるよ?」
言われて芽生は一旦思考を停止すると、細波が指示するままに「妻になる人」の欄を埋めていった。父母の名前の欄は不明なため戸籍上でも空欄だ。ペンを手にしたまま止まった芽生に、細波が「そこはまぁ……書かなくて大丈夫だよ」と言ってくる。
(まぁ?)
何だかその言い方に含みを感じてしまった芽生だけれど、朱肉を渡されて印を突くなり、細波がサッと書類を取り上げるから、そのことがポンと頭から飛んでしまった。
全て不備なく埋め尽くされた書類は、役所で受理されてしまえば、芽生は細波と夫婦になってしまう。
(そんなのイヤッ!)
そう思ったけれど、
「じゃ、行こうか」
満足げに細波が書類を懐に仕舞いながら、殿様をわざとらしくゆさゆさ揺さぶるのを見て、芽生は頷くしかなかった。
(細波さん、なんで私とそんなに結婚したいの?)
この婚姻によって、細波に何のメリットがあるというのだろう?
コメント
3件
不本意ならやめれ!💢
細波の目的は、芽生ちゃんと籍を入れる事だけど阻止されるに決まってるじゃないの。 ほんと、この男は自分の利益しか考えないよね
あおいです🤍 第20話、めちゃくちゃヒリヒリしました……! 細波さんの「不本意だけど必要」発言、あれがもう全てを物語ってますね。婚姻届を突きつけられて、猫を盾にされる芽生ちゃんの絶望感がひしひしと伝わってきました。特に「代わりならちゃんと用意できる」って台詞、ぞっとしました……命の重みを軽く見すぎてる。あと、京介さんが火事現場で芽生ちゃんの電話に出られなかったもどかしさ、そして通話に気づいて録音しながら位置情報追う判断力、かっこよかったです。続きが気になりすぎます!