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……やがて咲き始めていた桜が満開になると、夜桜を見に彼と連れ立って出かけた。
沿道に続く桜並木からは、下を流れる川へはらはらと桜の花びらが舞っていて、水辺には花いかだと呼ばれる薄桃色の花弁の絨毯が一面に揺らいでいた。
「……綺麗」
架けられた橋の欄干から彼と二人、川を見下ろした。
「満開の桜も美しいですが、散る桜も儚げな美しさがありますね」
彼が私の横に寄り添い、腰をそっと抱き寄せる。
「本当に…」
愛する人の温もりを身近に感じると、散り際の桜を静かに見るこんなひとときさえもかけがえもなく思えて、
改めて結婚への幸福感が、じんと胸に沁み入るようだった……。
「結婚をしてからも、こんな風にずっと一緒に桜を見ていたいです」
私の言葉に「ええ」と彼が頷く。
「こういう関係でずっといられればと、私も思っていますので、」そこまで口にすると言葉を切り、私の手を取って、
「どうか、いつまでも私のそばに……」
手の甲にふっと口づけを落とした。
「はい、ずっと……」
その先は言葉にならずに、涙が込み上げた。彼の求める愛情を私はちゃんと返せているんだろうかと感じると、
「私は、あなたを本当に愛せているんでしょうか……」
心の迷いがふと口をついた……。
黙って腕の中に身体が抱き寄せられ、静かに唇が重ね合わされた。
「……本当に愛せているかなどということは、何も気にする必要もないので」
目尻に滲んだ涙を彼が指で拭い去って、
「私は、あなたがいてくれたらそれでいいので、何も……それ以上などは何ひとつ求めてはいないのですから」
宥めるように、私の髪を手の平で優しく撫で下ろした。
「あなたが、ただ私を愛していてくれたらと……」
梳いた髪に顔を埋《うず》め、彼が耳元で囁きかける。
「ただ、愛して……」
彼の言葉を自分でもくり返して、たぶんきっと……と、思う。
たぶんきっと、愛は今ここにただあって、
それは、求めたり与えたりするようなものでもなく、
彼と二人で、これからずっと育んでいくものなのかもしれなかった……。