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治療したことに後悔はしてないが、申し訳なさまでは拭い去れない。
「マナ、落ち着いて」
とは言われても落ち着けるはずもなく、その場でわたわたと体を揺らす。
「ですが、言いたいことがたくさんあるのです。クリス様の尽力もあって、思ったより早く治療が終わりました。クリス様が患部を消毒する手付きはそれは、見事でございました。その他の道具の扱いも流れるような所作で……! 軍の医療知識なのでしょうか。私も是非ご教授頂ければと思いましたっ。そして、どこか身支度を整える場所はございませんかっ!?」
一気に思ってたことを言うと、クリス様がクスッと笑った。
そしてやや、私の後ろを見ながら。
「本当に|チヒロ《君》の人魚姫は面白いね」
と言った。
その言葉やクリス様の視線は私に向けられたものではないと分かった。
となると──
私は蟹の横歩きみたいに、ぎこちなく振り返るとそこには蒼波様が居た。
「……!」
蒼波様がいつの間にここに来たんだろうという驚きと、同時に夜でも闇に沈み込むことがない目立つ美貌に口をパクパクさせた。
蒼波様は軍服ではなく洋装のスーツ姿。しかも髪をスッキリと後ろに撫で付けていた。
仕立ての良い黒い生地が夜の闇を取り込んで、さらに存在感が増すようだ。
なのに私と来たら、せっかくのドレスも髪もめちゃくちゃ。背中に冷たい汗が流れる。これは土下座してもまだ足りない。
「そ、蒼波様っ……!」
なんとかお名前だけを呼ぶのが精一杯だったが、蒼波様は黒瑪瑙の美しい瞳を優しく細めた。
「久しぶりだな真那。三日程家を空けたが、その姿を見ると真那が元気で何よりだ。安心した。ドレス姿、実に愛らしい。さすがは俺の妻だ」
「──!」
三日振りの蒼波様のお声は心に染み渡るようだった。
カツっと革靴の音を響かせて、蒼波様は私へと指先を伸ばし、私の乱れた前髪を優しく整えだした。
指先が微かに触れるだけで胸がドキドキした。
「蒼波様、私、実は」
「リストランテには少々遅れて到着した。そしてクリスから伝言を預かった係の者から話を聞いて、ここにやってきた。全ては把握している。クリス、俺が不在で何か問題はあったか?」
清く流れるように、蒼波様はクリス様へと言葉を向けた。
「いや、何も無かったよ」
「クリスもそう言ってる。真那は傷付いた少年を治療したんだろう。良くやった。何も謝ることはない」
最後にそう言って蒼波様は私の頬を優しく撫でた。
途端に胸が熱くなり、涙が溢れそうになった。
ドレスをめちゃくちゃにしてごめんなさい。
私は蒼波様に相応しい立派な妻には程遠くて、ごめんなさい──。
けれども今はこの言葉が相応しいと思って、頬に当てられた蒼波様の手を握りながら口を開いた。
「お帰りなさいませ。だ、旦那様。ご無事で何よりです」
すると蒼波様は目をぱちっと開いて、屈託なく笑った。
「ふ、ふふっ。戦地から帰った訳じゃないのに真那は大袈裟だな。でも、そうだな。ただいま。今戻った」
蒼波様の言葉で冷えたと思っていた体は、いつの間にか熱を持っていて頬が熱いのに気がついた。私はどうも蒼波様の一言で、気持ちも心も真冬の海にも春の海にもなってしまう。
この気持ちがきっと──と、思うとゴホンッとクリス様の大きな咳払いの音がした。
「取り敢えずチヒロにマナ。ここは道の往来。睦み合うのは今じゃなくていいだろ」
コメント
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あおいです🌷 第28話、拝読しました。 クリスさんの「本当に君の人魚姫は面白いね」って、もう——チヒロさん(私には蒼波様にしか見えませんでしたが!)が後ろにいるのを分かってて言ってる感じが、なんて憎い台詞回しなんだろうって思いました。 そして蒼波様の「ただいま」「今戻った」が……三日ぶりの再会に、めちゃくちゃなドレス姿で「お帰りなさい」って言えたマナさん、本当に良かったですね。胸がいっぱいになりました。素敵な再会のシーンをありがとうございます🤍