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対策委員会の一員になって一夜が過ぎた。ヒースクリフをシャーレ代理として登録を終えた後、まだ赴任して初日の騒動の後始末がまだできていないと分かり、日を跨ぐまで急いで処理した。まあ、終わらなかったので、3人を休ませて後は1人で続けた。
「ははっ!今にも死にそうな顔色してんな!」
眩しいほど、空が透き通る砂漠の中。再びアビドスへ向かう私とヒースクリフ。昨日、ヒースクリフの登録ついでに、学校顧問先が決まったらしい。支給されたシャーレ専用のコートをピシッと決めて高機嫌なヒースクリフは、今までお返しか、目の下に隈を作った私の顔を揶揄ってきた。何で私なんだ……。
“随分と高機嫌だね……やっぱりシロコ達の元に戻れるから?”
「半分そうだな。アイツらの罵倒をぶっかけられるのは懲り懲りなんだがな」
私にとっては軽い悪口を言う関係は、比較的仲がいいと思ってるけどね。
“仲も深まっていいじゃないかな?”
「オレは罵倒とかうざったらしく嫌味吐くやつ見てると、その塞がらない顎を潰したくなるんだ」
“あはっ……あはは……気をつけるよ”
それって遠回しにぶっ殺すぞっていう意味なの?怖いよ、生々しいよ。とりあえず、何故か唖然としてるヒースクリフには、揶揄うのはやめようかな……。そう念じて住宅街を通ると、別の道から人影が見えた。
「んっ?うぇっ!?な、何……!?」
砂漠になった街では、普段道路で人とはすれ違わない。珍しくも見かけたその人影の正体は、昨日逃げたセリカだった。ばったりと遭い、私達を見て嫌そうな顔をした。とりあえず、挨拶をかけることにした。
“おはよう、セリカ”
普通に、気軽に挨拶はしてみたものの、逆鱗に触れたか、セリカは叫んだ。
「な、何が『おはよう』よ!馴れ馴れしくしないでくれる?私、まだ先生たちのこと認めてないから!まったく、朝っぱらからのんびりうろついちゃって。いいご身分だこと」
おっと、何て酷い言われようだ。まだセリカは、あの時の1人で向き合わなければならない苦痛が振り解けないみたいだ。もしかしたら、他にも理由があったのかも。呼び方がダメだったのかな。馴れ馴れしくしないでとは言ったが、ツンデレっていうやつで、本当は馴れ馴れしくして欲しいしれない。私も負けじと、セリカと会話する。
“セリカちゃんは、これから学校?”
「ぷっ」
「な、何よ!何でちゃん付けで呼んでんのよ!後、笑うな!」
ちゃん付けがおかしかったのか、セリカはキレるし、ヒースクリフは笑うし。私は次々と的外れな発言をしてまう。
「まだそんな会ってねぇ奴に『ちゃん』付けられて呼ばれましては。相当な美人さんであろうお方だな」
「もうっ!!!弱味見せた瞬間、たくさん突かないでよ!!ともかく!私が何をしようと、別に先生とは関係ない事でしょ?うろちょろしてたら、ダメな大人の見本みたいに思われるわよ?」
『なんて事を。私は先生であるが故、ダメな大人を演じる訳あろうことか』と反論しようとした束の間。
「じゃあね!せいぜいのんびりしてれば?私は忙しいの!」
セリカが、砂埃が舞う程の猛スピードで横を駆け抜け、そのまま走り去ってしまった。
“ゲッホ、ゲホゲホ……。ま、待って、セリカ……!”
「ありゃ、まるでガキのいじけ方だな」
焦る私に対して、ヒースクリフは冷静に呟いた。そう言えば何で、学校とは真反対の方向に走ってるんだ?この違和感をヒースクリフと共有した。
「ああ。自由登校日っていうじゃないか?好きに登校してもしなくてもいい日だ。たしか、今日だったかな……」
上の空を見ながら曖昧に答えるヒースクリフ。まあまだ数日しか一緒にいないそうなるか。ひとまず、ただばっくれた訳じゃないようでよかったが。だけどセリカが何か悪い仕事でもしてたら……。 思わず駆け出してしまった。
「ひゃあっ!?何でついてくるのよ!?ストーカーするなー!?」
詳しい事を聞くため、私はセリカの元へ必死に走り、情報を出そうとした。セリカは最初イヤイヤ言ってたが、観念して情報を吐いてくれた。どうやら一歩でも早く借金返済を完了させるため、わざわざセリカがバイトして稼いでるらしい。なんて優しい子なんだ、涙が出そうだよ……。そして更に情報を出してもらうとしたが、またセリカが逃げられた上、追いついてきたヒースクリフに襟を強く掴まれ、なす術なく追跡が終わってしまった。
“ヒースクリフ!強く襟を掴んで引っ張らないでくれ!”
「普通にストーカーだろうが!!」
「はぁ、まったく……あの大人は本当に……」
小さなため息とともに、セリカのぼやきが近未来的都市には似つかわしくない、とある木造の部屋で吐かれる。
「どうしたんだい、セリカちゃん?体調でも悪いのか?」
「あっ!いえ、何でもないです!」
小さい声で愚痴を言ったはずだったけど、聞こえてしまったのか、雇ってくれた柴大将が厨房から優しい声で心配をかける。セリカは慌てて、大丈夫と咄嗟に返した。
「そうか、もし体調が優れなかったら休んでもいいからな?」
「大丈夫です!いつも通り頑張れます!」
休んでしまってはダメだ。提案を切り捨てて、セリカはぎこちない笑顔で、エプロンを引き締める。
「そうかい。なら今日も頼むよ!」
察してくれたのか、快く了承の返事をする。柴大将はいつも言葉の裏を読み取って、最善の対応をしてくれる。
「はい!」
セリカは、嬉しくて胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、ぱっと明るい笑顔を浮かべて頷いた。
最初の頃は、このままずっと苦しみ続けなきゃいけないって思ってた。私の生まれ育ったこのアビドス学区では、取り返しのつかない程廃れてしまった。中学校のクラスメイトも、先生も、地元の人たちも絶望して、諦めてこの地をあとにしてしまった。私はそんな人たちの小さくなった背中を見て、悔しみ、苛立ち、悲しみを覚えた。
何故みんなはそんな簡単に故郷を捨てれるのか。何故私は止めることができなかったのか。何故私もそうすればよかったって思ってしまったのか。だけど行き場のないその感情は、果てしなく広がる砂の中に埋もれてしまった。だけど、だけど。このアビドスを変えたいっていう想いは嘘じゃない。だから、いくら傷ついても、後悔しても。先輩達とアヤネちゃんと一緒に進んできたの。
柴大将の店のもとで働いてるのも、少しでも役に立ちたい、早く解決したいっていう我儘な私が望んだこと。時々無理しちゃったり、みんなに迷惑かけちゃったりしたけど……それでも、それでもと私に今まで言い聞かせてきた。
だけど私達の努力は、皮肉にも砂に埋もれてしまう。そもそも砂漠化解決の以前に、返せるかわからない膨大な借金を抱えている。毎月の利息を返すだけでいっぱい。それを見ては、私は無駄だって思っちゃりしたよ。先生達にあんな態度を見せちゃったのも、たった数人の大人に解決できる訳がない。それとも……今さら現れた大人たちに、あっさりと私たちの問題を解決なんてしてほしくない、そんな意地のような感情だったのかもしれない。
……なんて、考えてても仕方ないよね。
セリカは一度だけ深呼吸して、気持ちを切り替えるようにカウンターへと歩き出した。今日も変わらない一日が始まる——そう思っていた。
ガラガラ……。
乾いた音を立てて、『柴関ラーメン』の玄関の扉が開いた。お客様が来たようだ。
セリカはそのままカウンターを離れ、玄関へと小走りで向かう。いつものように、あの決まり文句を口にした。
「いらっしゃいませ!柴関ラーメンです!何名様ですか?空いているお席にご案内いたしますね!」
「少々お待ちください!3番テーブル、替え玉追加です!」
都市部に比べれば小さな店舗。でもこのあたりでは、昼時になると客足が絶えない人気店。今日も今日とて、慌ただしく時間が流れていく。
——そんな時だった。
ガララッ……。
またしても扉が開く音。セリカは条件反射のように、そちらへと顔を向けた。
「いらっしゃいませ!柴関ラーメンで——」
そこで、言葉が止まった。
「わわっ!?」
入ってきたのは、見慣れた制服に身を包んだ数人の少女たち。そして、その後ろに立つ、4人の……おかしな大人達。
「あの〜⭐︎8人なんですけど〜!」
「よお。邪魔するぞ」
一瞬、世界の音が止まったような気がした。
セリカの頭の中は、驚きと困惑と、そしてほんの少しの安堵でごちゃごちゃになっていた。
「せ、先生……!? それに、みんな……! なんで……!?」
一歩踏み出そうとして、足が床に根付いたみたいに動かない。
まさかの再会。しかも、なんで今!?どうしてここで!?
セリカの脳内で警報が鳴り響く中、変わらない調子の仲間たちは、まるで買い物でも来たかのように、店内へと足を踏み入れてきた——。
突然やってきたアビドスの生徒と大人たち。セリカは職場のことを話していなかったが、大先輩のホシノが目星をつけてあっさり見つけてしまい、「せっかくだから寄っていこう」という軽いノリで来てしまったらしい。
案の定、セリカは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに接客しながら、8人席のテーブルまで案内する。
生徒たちは、まるで指定席が決まっていたかのようにスムーズに着席していき、比較的出入口に近い側に座ったシロコとノノミが、ヒースクリフを自分の隣へと誘った。
「……ん。ヒースクリフ、私の隣空いてるから座って」
「ヒースクリフさん!私の隣も空いてますよ〜!」
ヒースクリフはしばらくの間、2人の間で悩んでいたが、結局シロコの隣を選んだ。
「女の隣ってのはあんま趣味じゃねえが……隣、座るぞ」
そう言って、少し不機嫌そうにシロコの隣に腰を下ろす。だがそれではまだ不満だったのか、シロコはさらなる要求をした。
「ん、もっと近づいて」
「……はぁ? セクハラになりそうだから、やめとけ」
近年の風潮に気を遣ったのか、それともヒースクリフの紳士な一面としてなのか。ヒースクリフは戸惑いながらも拒否の姿勢を見せる……が、シロコはお構いなしに腕を引っ張り、彼を自分の方へと引き寄せてしまった。
「おい!ちょっ……!」
「ヒース、積極的だね〜」
その様子を見ていたロージャが、ニヤニヤしながらからかう。ヒースクリフは慌てて否定するが、シロコは知らん顔でそっぽを向いていた。
「ちがっ……!こいつが無理やり……!」
「…………ぐっ……」
観念したのか、ヒースクリフは耐えるように呻き声を漏らす。
“はは、ヒースクリフ、モテモテじゃん。じゃあ私はこっちに……”
私もからかいながら、ヒースクリフの隣に座ろうとした……が。
「先生はこっちですよ〜♪」
不意にノノミが腕を引っ張り、そのまま彼女の隣に強制的に座らされる。
“ノノミ!?いきなり引っ張っちゃって……”
窮屈そうだと思い、少し距離を取ろうとした、そのとき。
「じゃあ、私はこっち」
「わっ!?」
ロージャが後ろから押し込むように座り、気づけば両隣をノノミとロージャに挟まれていた。
対面の空いた席には、無言で俯くイシュメールが静かに腰を下ろす。
その姿を見て、私は思わず席を代わろうと声をかけた。
“イシュメール、こっちでも……”
「先生はそのままでお願いします⭐︎」
「生徒がご要望してるんだから……ね?」
両サイドの2人が食い気味に制止し、私の動きを封じる。こうして、先生という名の私は、両手に花ならぬ圧の強い花に挟まれてしまった。
俯きかけたそのとき、ノノミが声をかけてくる。
「あら、窮屈ですか? それなら、私の膝の上にでもどうぞ?」
「なにしてんのよ!人の店で!!」
「ふふ、冗談ですよ、セリカちゃん⭐︎」
軽い調子で流すノノミだが、異性同士の馴れ合いを職場でやられるセリカの怒りが、店内に響き渡る。
「ていうか!そんなに窮屈だって思うなら他の席に行ってよ!」
「目まぐるしく動かないようにする……店側への配慮ですよ?」
イシュメールが冷静に応じるが、それがセリカを余計に恥ずかしくさせる。その立ち振る舞いを眺めていたノノミが更に追い討ちをかける。
「セリカちゃん。バイトのユニフォーム、とってもカワイイです⭐︎」
「おっ、なるほど?ユニフォームでバイト先決めた系?」
ホシノまでがセリカを茶化す。
「ち、ちがっ……! そ、そんなの関係ないし!こ、ここは……行きつけだったし……!」
顔を真っ赤にして慌てるセリカは、言い訳にもなっていない言い訳を並べていく内に、とうとう限界に達した。
「も、もういいでしょ!? ご注文はっ!?」
「『ご注文はお決まりですか?』でしょ〜?セリカちゃ〜ん、お客様には笑顔で親切に接客しなきゃ〜」
「ぐぅう……ご、ご注文は……お決まりですか……」
ホシノの的確(?)な指摘に、セリカは力なく、しかし丁寧に言い直すのだった。
「私は、チャーシュー麺をお願いします!」
「私は塩」
「えっと……私は味噌で……」
「私はねー、特製味噌ラーメン!炙りチャーシュートッピングで!先生たちも遠慮しないで、ジャンジャン頼んでねー。この店、めちゃくちゃ美味しいんだよー!アビドス名物、柴関ラーメン!」
セリカの声を皮切りに、次々と品を注文するアビドスの生徒たち。ホシノはそれに加え、売り文句を並べながら 、私達にも注文は促す。メニューを受け取ったロージャは、メニュー表を開いて眺めた瞬間、何か驚いた顔を見せた。
「お、おおっ……ちょっと待っててね?思ってたよりもメニューが多くて……」
向かいの席の2人が、疑問に思っているのを見たロージャはメニュー表を机に広げる。私も見てみたが、バリエーションがまあまあ多い事に気がつく。ヒースクリフが見て、驚いたように呟く。栄えていたアビドス様々だろうか。
「すげぇな?麺だけでも10個ぐらいあるぞ?」
隣のイシュメールも落ち着きながら、しかし驚きを隠せない感想を漏らす。
「しかもトッピングが豪華ですね……?」
大人達はしばらく悩んだ後、召し上がるラーメンを決める。
“それじゃあ、チャーシュー麺でいいかな?”
素直に好みで決める私。
「…‥醤油でお願いします」
長考せず直感で選ぶイシュメール。
「うーん、じゃあ、醤油、味噌、塩で!」
「おお!たくさん頼むね〜」
悩んだ挙句、思い切って大量に注文するロージャ。
「ああ……選べねぇな」
「ん。だったら私と同じ塩でどう?」
「……じゃあそうすっか、オレも塩でいいか?」
結局決められず、仲間と同じラーメンを頼むヒースクリフ。
次々とやってくる注文を聞き漏らさないように、セリカは手元のクリップボードにすばやく記録していく。だが、ふと顔を上げて、一つの疑問を口にした。
「……ところで、みんなはお金大丈夫なの?もしかして、またノノミ先輩に奢ってもらうつもり?」
それを聞いた本人は、懐から眩しほど輝く金のカードを取り出し、余裕綽々とした態度で応えた。
「はい、私はそれでも大丈夫ですよ⭐︎このカードなら、限度額まで余裕ありますし」
カードを見せびらかしながら喋るノノミに、聞き捨てならないとイシュメールが口を挟む。
「待ってください。まさか私たちの分まで払うつもりですか?各々それぞれで負担させるべきです」
見守っていたホシノがまた口を挟む。
「そうだよー、またご馳走になるわけにはいかないよー。きっと先生が奢ってくれるはず。だよね、先生?」
“え?知らない知らない ”
突然話を振られた私は、咄嗟に否定してしまった。
「……え?初耳だって?あはは、今聞いたからいいでしょ!」
悪びれもせず笑うホシノに、私の財布が危ない……そういう一種の危機感を覚え、逃げようと体を動かしたが……。
「いやー、実は私も先生に奢ってもらうと思ってたんだよね〜?」
「逃しませんよ⭐︎」
前門の退路を防ぐロージャ。後門の動かしまいと掴むノノミ。その2人の圧に押され、泣く泣くと奢るという選択を取らざるを得なかった。
「あっ……」
反論するタイミングをなくし、挙げ句の果てには考えが同じだった者が強引に押し込まれている様子を眺めてしまったイシュメールも黙ってしまう。
「はは、まあたまには奢られる立場になってみたらどうだ?」
そこに項垂れてしまった夕陽色の髪の女性を慰めるヒースクリフ。そして、この一連の流れを見守ることしかできなかったセリカ、アヤネ、シロコ。そんな空気の中、ホシノは「じゃあ仕方ないね〜」と笑いながら私のポケットをまるで当然かのように漁り、黒色のカードを勝手に取り出して掲げた。
「うへ〜大人のカードあるじゃん。これは出番だねー!」
あたかも使う気で高らかに喋るホシノに、アヤネがそっと口を挟む。
「大人のカードを使うような場所でもなさそうですが……。先輩、最初からこうするつもりで、私たちをご飯に誘ってくれたんですね」
「先生としては、カワイイ生徒たちの空腹を満たしてやてる絶好のチャンスじゃーん?」
そう言われてしまってはこっちとして出してやりたくなってしまう。悩んでいると、隣のノノミが囁いてきた。
「先生、こっそりこれで支払ってください」
手元には先ほど出したあの金色のカード。どうやらノノミは、代わりに負担させて欲しいという魂胆らしい。しかし、頼まれたからには人の手を借りることはできない。彼女の気持ちを折ってしまうが、彼女のために断っておいた。
「え……?大丈夫ですか?でも……」
“気持ちだけでも十分だよ。生徒に甘える訳には行かないから、ここは先生に任せて”
「そうですか……ふふ」
納得させることができたようだ。すると、話している内に各々頼んでおいた品が届いたようで、ドサっと置かれる。
「はい!こちら、特製醤油ラーメンが3個。塩ラーメンが3個。味噌ラーメンが2個。チャーシュー麺が2個よ!」
合計10品の丼に載せられたラーメンを見るのは、なかなか見ないだろう。
「ロージャさん。本当に食べ切れるんですか?」
「もちろん!はぁ〜こんなに食べるのは久しぶりだわ」
3品頼んだロージャに心配をかけるアヤネだが、ロージャは余裕そうに理由になっていない返事した。そんなやりとりを他所目に、割り箸を持ち、目の前のチャーシュー麺に手をつけた。予想通りおいしい味だった。
空腹を満たし、会計を済ませた(勿論私がみんなの分まで払った)後、柴関ラーメンを出るアビドス一行と、見送ってくれるセリカ。
「いやぁー!ゴチでしたー、先生!」
ホシノは満足そうに背伸びし、遠慮のない笑顔で先生に感謝する。
“まあまあ、いつも助かってるお礼だと思ってよ”
「んー!いやぁホント!おいしかったよ!」
「本当にそうですね……もう都市の食べ物じゃ満足できなそうです」
幸せそうな笑顔で、感想を述べるロージャと、それに同感するイシュメール。
「ご馳走様でした」
ノノミは、面と向かってきっちりと感謝し。
「うん、お陰様でお腹いっぱい」
シロコは、軽くお腹をさすって、口を緩める。
「早く出てって!二度と来ないで!仕事の邪魔だから!」
「世知辛いな……」
好き勝手に言いまくる集団に、一喝入れ、追い払おうとするセリカに、ただ傍観し、ぼそっと呟くヒースクリフ。
「あ、あはは……セリカちゃん、また明日ね……」
苦笑しながら、セリカに手を振りそのまま離れるアヤネ。
「ホント嫌い!!みんな死んじゃえー!!」
己の言動が 軽く遇られた事に、更に顔を真っ赤にさせて、しまいには暴言を言う始末。
「あはは、元気そうです何よりだー」
そんな言葉を間に受けず、笑いながら手を振りかえすホシノ。賑やかな余韻を残しつつ、任務完了と印鑑を押して、一度学校へ戻ることにした。
『お疲れ様ー!』
薄暗く、肌寒い夜の砂漠に浮かぶ街の中。その静けさに、いくつかの温かな声が溶けていく。時刻はすでに19時を回り、普通の生徒なら家でくつろいでいる頃だろう。そんな中、セリカはひとり職場を後にしていた。
「はぁ……やっと終わった。目まぐるしい一日だったわ……」
ラーメンの湯気も冷えきる夜の風に吹かれながら、昼間の喧騒を思い出し、つい漏れるため息とぼやき。
「みんなで押しかけるなんて……ほんっと騒がしかったんだから。人が真面目に働いてるってのに、先生先生って、あの浮かれたテンションで……チヤホヤしちゃってさ。ほんと迷惑。何なのアレ」
ぶつぶつと不満を口にする一方で、セリカ自身、その内心に芽生えている別の感情にも気づいていた。それは確かに、迷惑で、厄介で、けれど……どこか、うれしい。
「ホシノ先輩、きっと昨日のこと気にして、先生まで引っ張ってきたんでしょ……私のこと、甘く見てるに違いないわ……私は、そんな簡単に折れたりなんかしないんだから……!」
無理やり因果関係をこじつけながら、どこかで言い聞かせるように呟くセリカ。それはまるで、先生に“飼い慣らされない”と必死に自己暗示をかけているかのようだった。
でも、その感情の輪郭がはっきりしてしまうほど、彼女がすでに特別な気持ちを抱いているという証明に他ならない。
少し荒れた足取りで帰路につくセリカ。その背に、「このまま平和に終わってほしい」という願いを滲ませながら。
だが、そんな彼女を、離れた場所からじっと見つめる視線があった。
「あいつか?」
赤い服装とヘルメットを着た生徒が指を指して確認する。
「……はい、そうです。アビドス対策委員会のメンバーです」
セリカとの距離を動かさないまま、追跡するヘルメット団。
「準備はいいか?次のブロックで捕獲するぞ」
とある生徒の合図で、ぱっと散る集団。セリカはそんなやりとりがされているのを知らずに、軽い足取りで段々と人気のない路地へ入っていく。
「……そういえば、この辺りも結構人がいなくなったなあ前はここまでじゃなかったのに」
過去の思い出に浸るように、周りを見渡して呟いた。
「治安も悪くなったみたいだし……。このままじゃダメだ。私たちが頑張らないと……そして学校を立て直さないと……」
再びを気合いを入れ、その遅くなった足取りを速くする。だっだっと響き渡る足音がなおさら気味悪く装飾する。
「とりあえずバイト代が入ったら、利息の返済を充てて……」
薄暗い路地の半ば、セリカは急いで抜け出そうとした刹那。
「なっ!?」
前方の物陰から、特徴的なヘルメットをつけた生徒達が次々と現れて、セリカの行手を塞ぐ。
「何よ、あんたたち」
足を後ろに引き釣り、愛銃をすぐさま取れる位置まで手を置く姿勢……臨戦状態へと移り変わる。
「黒見セリカだな?」
おそらくリーダーであろうヘルメット団がそう確認をとる。その格好を見た瞬間、脳裏に何か思い浮かぶ。
「カタカタヘルメット団?あんたたち、まだこの辺をうろついてんの?」
彼女らを見て、最初に感じたのは『復讐心』。この前の復讐に来たのだろう。それだったら……。 セリカは目を鋭くぎらつかせ、威嚇するように静かに叫ぶ。
「丁度良かった。虫の居場所が悪かったの。二度とこの辺りに足を踏み入れられないようにしてやるわ!!」
そう意気込んだ瞬間、背中から鋭い痛みが大量に押し寄せてくる。その正体が銃弾だと知り、後ろを振り向くと、前の生徒と同じような格好をした集団が、銃を構えていた。
(背後にも敵!?こいつら、最初から私を!?)
思考を巡らせた結果、辿り着いた結論は各個撃破し、戦力を削ぐ作戦。ただの子供じみたやり返しかと勝手に納得していたが、まさかこうも根に持たれるとは……。
「捕えろ」
冷たい声が響くと同時に、どこからか爆発音が聞こえた数秒後、何かをなす前にセリカに恐ろしくも重く張り裂ける衝撃と鼓膜を破らんとばかりの轟音、視界を埋め尽くす程の煙が降り注いだ。
「ゲッホ、ゲッホ……!?」
煙を吸い込んでしまい、咳き込むセリカ。段々と薄れる意識の中、必死に兵器の正体を探る。
(対空砲?違う、この爆発音は、Flak41改?)
Flak41改。元々のFlak41は対空砲だったが、Flak41改は性能は引き継ぎ、より人間を殺傷させる性能に特化した兵器。ただ問題はその兵器自体費用がかかること。チンピラ如きが、どうやってこんな高い兵器を……?
ヘルメット団の殺意を間に受け、危機感を感じ、今すぐに逃げ出したい……と考えていたが、とうとう意識とヘイローがぷつんと途切れてしまい、割れたコンクリートの道路の上で倒れてしまった。
その様子を、離れた場所から静かに見下ろしていたヘルメットの一団。
「……続けますか?」
重苦しい沈黙の中、誰かが問う。
「いや、生かしておかないと意味がない」
リーダー格らしき生徒が抑えた声で答えると、徐々に爆音が収まり、ただ濃い煙と焦げた空気だけが辺りに残された。
倒れ伏すセリカの姿は、まるで壊れた機械のように静かだった。
「……で、これどうすんの?」
「さ、さぁ……。生け捕りにしろとは言われたけど……具体的にどうしろとは……」
緊張に包まれていた空気は急速に緩み、誰からともなく困惑した空気が流れ始める。戸惑う集団の中で、突如スマートフォンの通知音が鳴った。
「依頼人からだ」
赤いヘルメットの生徒が端末を耳に当てると、スピーカー越しに、不気味な男の声が響いた。
『クックック……お疲れ様です。どうやら、黒見セリカの確保は無事に完了したようですね』
「……ああ、まあな」
男の声はどこか芝居がかっていて、現場の空気とは妙にそぐわない。それと何故か今起こった事を知っているかのような雰囲気だった。その違和感を飲み込みつつ、耳を澄ます。
『では、“当初の依頼物”と一緒に、トラックでランデブーポイントまで搬送をお願いします』
「こいつも、そのトラックに一緒に乗せるのか?」
『いえ、残念ながら、当該物件には未知の危険性が確認されておりまして……。そうですね、そちらで別途、輸送車を手配していただけませんか?』
「……はぁ!?そっちで用意しろよ!?」
思わず声を荒げるが、相手はまるで意に介さず、むしろ冷たく笑う。
『そうですか……では、追加の依頼は未完了ということで。報酬はその分……カット、ですね』
「わ、分かったよ!やるよ、こっちで車用意するから!だから減額はナシな、ナシ!」
即座に折れる生徒の声が、電話口の相手を満足させたのか、くぐもった笑い声がスピーカー越しに再び漏れた。
『クックック……そうこなくては。では、明後日までに搬入を。こちらも準備を進めておきますので……クックック……』
その声が完全に途切れた時、再び場には不気味な静けさが戻っていた。
セリカの傍には、未だ立ち上る硝煙と、行き場を失った緊張が、重く漂っていた。
「で……どうすんの?」
そのやりとりを傍で見ていたヘルメット団員が語りかける。その声を聞いてハッと我に帰った赤いヘルメットの生徒。顔を上げ、所々立ちすくんでいるヘルメット団に声をかける。
「だ、誰か今すぐトラック取って来れる奴はいないか?」
予想もしなかった指令に戸惑う生徒たち。すると察しがついたのか、1人の生徒が問いかける。
「トラックって……私たちにはあのトラックがあっただろ?一緒に乗せれば……」
同じような質問に、言葉を返しながら移動する赤いヘルメットの生徒。
「依頼人直々に、そう言われたんだ」
あまりにも単調な答えに、ぽかんとしてしまう生徒。しかし依頼人からの言葉という何よりもの理由に納得し、1人の生徒が動く。
「分かった。じゃあ私の方で持ってくるよ!」
「助かる!」
集団は段々と動きを見せ、場面は変わり、とあるトラックが駐車されている道路に辿り着く。
「くそっ……流石に1人が運びづれぇよ……誰か一緒に運んでくれないか?」
そう叫んだ生徒の胸の中には、未だ意識を失ったセリカが抵抗もなく運ばれていた。
「……でも、なんで同じトラックじゃダメなんだ?」
セリカを運ぶ数人の後ろで、別のヘルメット団員がぽつりと疑問を口にした。
「さあな。私たちに教えてくれるような連中じゃないだろ、ああいう依頼人は」
肩をすくめながら、赤いヘルメットの生徒が応じる。だがその言葉に、少し引っかかるように他の生徒が首をかしげた。
「けどさ……あのトラックから、ずっとカチカチって、何か刻むみたいな音してるよな?あれ……何なんだ?」
「……タイマーとかじゃないよな?爆弾ってこと?」
「やめろって、縁起でもねぇ……」
だんだんと不安そうな表情になるヘルメット団たち。重苦しい空気が一気に広がりかけたその時、赤いヘルメットの生徒が小さく溜息を吐いた。
「そういう憶測はいいから。要は『関わらせたくない』ってことだろ。あの音が何にせよ、私たちに見られたくない“中身”ってだけかもよ?」
「……ってことは、こいつの方がまだマシってこと?」
「かもな。あの依頼人が『価値がある』って言ってたくらいだし」
再びセリカに視線を向ける団員たち。その表情はヘルメットで隠されていて、分からない。
「ま、どうせ全部渡せば関係ない。報酬さえもらえりゃ、それでいいだろ?」
「……だな」
そうして彼女らは再び動き出す。
重たく沈む夜の路地裏には、ひび割れたアスファルトと、運び去られる少女の姿だけが残された。