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「電話はしてみました?」
「……はい。でも、数時間前から電源が入っていないみたいで……」
かつては活気に満ちていたアビドス高等学校も、今では砂漠に埋もれた廃墟のような姿をしていた。誰もが、生徒などもう存在しないと思っていたその校舎の一室に、ぼんやりと明かりが灯る。そこで、4人の会話が交わされていた。
「バイト先には定時に出たみたい。でも、その後、家には帰ってないってことかな」
壁にもたれながら、服に砂埃をつけたままのシロコが状況を簡潔に説明する。
「こんな時間まで戻らないなんて、セリカちゃんには珍しいですよね……」
椅子に座ったノノミが、心配そうに口を開く。
「あいつは、勝手にいなくなるようなタイプじゃねぇ。だったら誰かに攫われたとかだろ?」
同じように壁にもたれたヒースクリフが、ぼそりと推測を口にする。その言葉に、アヤネは一瞬目を見開き、ヒースクリフの方を見た。
「誘拐……ですか?でも……いや、あり得なくはないですね……」
否定しかけたものの、アビドスの置かれた現状を思えば、アヤネも言葉を飲み込むしかなかった。
「まさか、ヘルメット団の仕業?」
シロコが出した1つの説。その言葉に、2人は反応した。
「えっ!?ヘルメット団がセリカちゃんを……?」
「確かに……あの人達は、対策委員会にたくさんの恨みがあるはずですし……」
重くなる空気の中、突然「ガンッ!」と鈍い破裂音が響いた。皆が振り返ると、ヒースクリフがドアに向かって鉄製のバットを叩きつけていた。
「あいつら……舐めた真似しやがって……」
怒気を含んだ低い声。その一言に、室内の空気が一層重く沈む。
「ヒースクリフさん、物に当たらないでください。……私たちだって、同じ気持ちですから」
ノノミが冷静に言い返す。怒りを宿しているのはヒースクリフだけではない。この場にいる全員の胸に、同じ炎が灯っている。
「……すまねぇ。ちょっと、やりすぎた」
短く謝罪しながら、ヒースクリフはパイプ椅子に腰を下ろし、バットを床に立てかけたまま、静かにその一点へと重心を落とした。妙な緊張感が漂う中、最初に口を開いたのはシロコだった。
「とりあえず、待とう。ホシノ先輩と先生たちが調べてるから」
不用意に動いて事態を悪化させるわけにはいかない。だからこそ、今は確かな情報が届くのを待つべき。シロコのその提案に、他の三人は反論することなく、黙って頷いた。
その時だった。ギィ、と重たい音を立てて扉が開いた。振り返ると、そこにはホシノ、そして先生たちが立っていた。
「みんな、お待たせー」
いつもと変わらぬ調子に、一瞬場に違和感が走る。それでも、誰もその軽さを責めることはなかった。むしろ、何か手がかりを得たという希望が、その口調から読み取れた。
「ホシノ先輩、先生の皆さん!」
アヤネが立ち上がって駆け寄り、安堵の色を浮かべる。続いて戻ってきた仲間たちも、小さく挨拶を交わし、その場に落ち着いた空気が戻りはじめた。
ひとときの再会が終わると、再び場が引き締まる。今度はシロコが、真っ直ぐホシノに尋ねた。
「どうだった、先輩?」
ホシノは頷き、簡潔に答える。
「先生が持ってる権限を使って、連邦生徒会が管理してるセントラルネットワークにアクセスできたよ」
「セントラルネットワークに……。先生、そんな権限までお持ちなのですね」
アヤネが感嘆混じりに先生を見る。その声に、ホシノが少し笑って補足した。
「うへ〜、もちろんこっそりだけどね。バレたら始末書だよー?」
「ええっ!?だ、大丈夫なんですか、先生!?」
思わず身を乗り出すアヤネ。その真剣さに、先生はわずかに微笑み、軽く肩をすくめた。
“問題ない、セリカの安全のためなら。それにバレなきゃオッケー、だよ?”
「あーあ、全く。最近の偉い人は気楽でいいですよね……」
イシュメールが溜め息混じりに呟く。するとその隣で、ロージャがくすりと笑いながら指摘する。
「あら、イシュ?提案したのは貴方でしょ?」
「否定はしませんが、まさか実行するとは思ってなかったんですよ。先生ならより合法で最善な選択を取ると思ってましたが……」
何かと理由をつけ、己の非をやんわりと誤魔化そうとするイシュメール。その声に、先生は少しだけ目を細め、やさしく、しかしどこか強く言い放った。
“これが私にとって最善な選択だよ”
その一言には、強い決意と揺るぎない信念が込められていた。どんな方法であれ、生徒を守る。それが「先生」である自分の責任だとでも言うように。 イシュメールはその言葉に口を閉ざした。反論する余地はなかった。むしろ、自分以上に覚悟を持って行動しているその姿、誰かに似た姿勢に、どこか圧倒されたような表情を浮かべる。そうして、話に区切りが見えた隙に、アヤネが礼をする。
「ありがとうございます、先生」
その言葉には、様々な問題に一緒に解決しようとしてる先生たちに感謝しきれないという気持ちが微かに伝わった。
「それで、連絡が途絶える直前のセリカちゃんの端末の場所、ここだったよー」
そう説明しながら、先生から借りたタブレットをテーブルに置き、起動する。起動して束の間、画面からとある地図の立体的なホログラムが展開された。シルエットと軽く区別できるよう設定された色から推測するに、どうやら街と砂漠が交わる場所らしい。その中に一つ、赤く光る点が打たれている。
「ここは……砂漠化が進んでいる市街地の端の方ですね?」
地図を見て最初に口を開いたのは、ノノミだった。
「住民もいないし、廃墟になったエリア……。治安維持ができなくて、チンピラばかりが集まっている場所だね」
それに加えて補足をするシロコ。
「このエリア、以前危険要素の分析をした際にカタカタヘルメット団の主力が集まっていると確認できた場所です」
さらに情報を分析し、過去の記憶と照合して結論を導いていたアヤネが、はっと顔を変え結論を述べた。
「ということは、カタカタヘルメット団!」
アヤネが鋭く言い放つ。その言葉に、場の空気がピンと張りつめた。
「やっぱりアイツらか」
ヒースクリフが低く唸るように言った。怒りを押し殺した声は、地の底から湧き上がるようだった。
「学校を襲うぐらいじゃ物足りなくて、今度は人質を取って何かしようって魂胆か……」
シロコの口調は冷静ながらも、言葉の端には敵意がにじんでいる。
「でも、私たちが今ここで動けば……間に合うかもしれません!」
ノノミが勢いよく立ち上がり、希望を込めた声で言う。
「ささっ、早く子猫ちゃんを助けて美味い料理でも食べようか!」
ロージャはまるで遠足の準備でもするかのように楽しげに言い放った。
「いいね、その意気!」
ホシノが笑顔で背中を押すように応じたが、その直後、イシュメールが一歩前に出て、ぽつりと呟く。
「……でも、こちら側で予測したセリカさんがいるであろう地点と、今の私たちの位置には、思っている以上に距離があります」
「えっ?」
皆の視線が一斉に彼に向けられる。
「ん、私たちならこのぐらいの距離、大丈夫だけど」
なぜわざわざそんなことを言うのか、気になったシロコが尋ねる。
「まず第一に、あの場所は砂漠化が急速に進行していて、こちらの移動ルートが極端に限られているんです。安全な経路を使えば、回り道になってしまう。加えて……セリカさんは、今も移動中である可能性が高い」
イシュメールの声は冷静で、だからこそ説得力があった。
「つまり、彼女を乗せた何者かがトラックか何かですでに別の場所へ向かっているのだとしたら、下手に動いても追いつけず、逆に足取りを見失う可能性があるということです」
静まり返る室内。ノノミが思わず息を飲み、アヤネは険しい表情で地図を見つめた。
「……だったら、どうすればいいんだ?」
ヒースクリフの問いが、空気を切り裂いた。
“だからこそ、こっち側で用意してもらったよ”
その問いに、先生は待ってましたと言わんばかりに答えた。追いつけず、はてなを浮かべている皆んなを見た先生は、最初にドアから出て一歩踏み出し、こう言った。
“ついてきて。便利な物、持ってきてあげたよ”