テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
時雨が契約を結んでいる高ランク幻獣……名前は紅華。通称を火蜥蜴といい、紅色のトカゲのような姿をしている。その名が示すように炎を自在に操ることができるとされ、俺ですら聞いたことがあるくらい有名なスティースだ。そんな彼女は現在、俺の腹の上で寛いでいた。
「時雨さん。契約だなんて簡単に言わないでよ。俺には無理だって」
「またそんな弱気な事を……とりあえず試すだけ試してみなよ。もう最後の仕上げの段階に入ってるんだからさ」
ここまでの時雨の理解不能な行動は全て、俺と紅華の間に契約を結ばせるためのものだった。なぜ彼はそうまでして自分のスティースを俺に使わせることに拘っているのか。試験官を見返してやりたいという時雨の主張は果たして本当なのだろうか。
そもそも俺が寝ている間に勝手に事に及ぼうとしたのが怪しい。俺が疲れていたのを理由として上げていたが、無駄な抵抗をさせないためではないのか。考えれば考えるほど不信感が募っていく。
時雨のスティースを自分が扱えるわけがないという不安。そしてそれ以上に……彼の言うがままに契約など結んでしまって、取り返しのつかないことになるのではないかという恐れもあった。
「ほら、透。ちゃんと見守っているから早く、早く」
どうしよう。これ契約結ぶまで解放してくれそうにないぞ。
最初から俺に選択肢などない。分かってはいるのだ。それでも自分の意見をきちんと相手に伝えておくのは大切なこと。時雨の意向に沿うとしても、何も言わないで後悔するのだけはごめんだ。
相変わらず俺の腹の上で寛いでいる紅華に視線を移す。紅華からは嫌な感じは全くしない。むしろ愛らしいとすら思う。高ランクのスティースであるのは間違いないのに、こちらを萎縮させるような圧迫感もない。学苑で遭遇した時雨の従兄妹が契約していたものとは天と地ほどの差がある。紅華とならもしかして……なんて、一瞬でも思ってしまうくらい愛嬌たっぷりだった。
「もう!! 分かったよ。できなくても文句言うなよ」
俺の体に馬乗りになっていた時雨を脇にどかせる。さっきまでは頑なに動こうとしなかった癖に、時雨はあっさりと俺の拘束を解いた。要求を受け入れると宣言した途端にこれだよ。なんて現金な人なんだ。
ベッドから下りて真っ先にしたのは部屋の照明を点けること。目はいくらか慣れてきてはいたが、朝日が昇るのにはまだ少し時間がかかる。暗闇というのは不安を助長させるからな。自分を落ち着かせるためにも必要なことだった。
部屋が明るくなると浮き足立っていた気分が少し和らいだ。時雨と紅華の姿もはっきりと見えようになる。嬉しそうな顔をしている時雨と目が合って、何とも言えない複雑な気持ちになった。
駄目でもともと。失敗して当然。一度やってみて無理だったら時雨の諦めもつくだろう。
金色の瞳が俺を真っ直ぐに見つめている。深く息を吸って吐く……神経を集中させて雑念を取り払うと、俺はスティースとの『対話』の準備に入った。
「あの……これはどういうことか説明して頂けませんか?」
波乱の一夜が明け、現在の時刻は午前11時。昨日に続きまたしても寝過ごしてしまった。前回と違うのは時雨も一緒だということ。明け方近くにふたり揃って眠ってしまったようで、美作に起こして貰えなければ昼を跨いでいたかもしれない。一応目覚まし時計のアラームが鳴っていたみたいだけど記憶になかった。
「どうもこうも見ての通りだけど」
時雨は美作の問い掛けに対して答えになっていない返しをしている。見て分かるわけがないだろう。主人に対して常に礼儀正しい振る舞いをしている美作も、呆れたように深い溜息をついた。
結論から言うと、俺は紅華との契約に成功した。絶対に失敗すると思っていたのに……
あまりにも現実味がなくて、一連の出来事が夢だったのではないかと疑ってしまうくらいだった。しかし、その後に困惑しきった美作と対峙して、ようやくこれが現実であると認識するに至った。
「河合様の頭の上に乗っているのは火蜥蜴ですね。時雨様……あの件はどうか慎重にと申し上げたじゃないですか。もしもの事があったらどうするつもりだったんです? 試験の結果を見てから判断すると仰っていたじゃないですか!!」
「もうー、成功したんだからいいだろ。大体僕はもしもの可能性なんて微塵も考えていなかった。遅いか早いかの違いだけだよ。管理部の連中が小賢しい真似をしたから早くせざるを得なくなったんだ。文句ならあっちに言いな」
美作は再び大きな溜息をついた。目の前で繰り広げられるふたりの言い争い。見守ることしかできない俺は居心地の悪い思いをしている。
争いの原因は十中八九紅華だろう。彼女は頭から移動して現在は肩の上にいた。落下を防ぐために体全体を俺の首に巻きつけるように固定しているためマフラーみたいになっている。彼女も大概マイペースなようで、この状況で欠伸をしながらうとうとしていた。
紅華を召喚する際、とてつもない対価を渡していた時雨を目の前で見た。そんな高ランクのスティースと契約を結ぶ……要求されるだろう対価を想像すると身震いしてしまう。しかし、今回俺と紅華が結んだ契約は間に時雨が介入しているため、少し特殊なものになっているらしい。俺自身は対価を殆ど要求されずにあっさりと契約を結ぶに至り、拍子抜けをしている。
「……私は時雨様を信頼しています。ですが、おふたりの身に何かあったらと思うと……」
その言葉にさっきまでの勢いはなかった。まるで絞り出すかのように美作は呟いた。彼は怒っているが、それ以上に俺たちを心配してくれているのだ。そんな彼の姿に時雨も胸を打たれたのか、横柄だった振る舞いが一気に軟化していく。
「ああ……その辺は悪かった。今度からやる前はちゃんと言うから許せ」
時雨が謝罪をしたことで、彼らの言い争いは終了した。とりあえず一件落着だろうか。俺に対しては殆ど何も説明されていない事を除けば……
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
#ダンジョン配信