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その後無心で料理を作り。目の前にはくつくつと湯気が立ち昇り、お鍋が煮えていた。

火加減はもう大丈夫だと思いIHの電源ボタンを消す。


すき焼き鍋から甘い出汁の香りが漂う。お玉で出汁を掬い、味見用の小皿に移してそろっと味見をする。


「ん。美味しく出来たはず。バランス良く煮えた」


見た目も悪くないだろう。今日は特に丁寧に作った。

こうして無心で料理を作っていると、気持ちも落ち着いて来て。黒須君が帰って来るのが待ち遠しくなっていた。


このまま少し味を馴染ませるためにも、すき焼き鍋にかぱっとガラス蓋を乗せて。後ろの冷蔵庫横にある食器収納棚をみる。


こちらもホワイトで統一されていて、キッチンの美観を損ねない。それでいて収納スペースも沢山あって、使い勝手抜群の棚だと思った。

その棚のスペース部分に炊飯器が置かれていて、炊き上がりの灯りが点灯していた。


「締めのおうどんもあるけど。黒須君、男の人だし。お米がっつり食べたいかも知れないから、一応炊いたんだけども」


お米は食べ切りサイズの二合パックを購入していた。黒須君のお言葉に甘えてキッチンを使わせて貰って分かった。


黒須君は本当に家であまり、食事や自炊をしてないと思った。

立派な棚にはグラスからマグカップ。ブランドのカップ&ソーサー。お皿も一通り揃っていた。

使わせて貰ったすき焼き鍋や土鍋。フライパンに包丁。諸々の調理器具だって。料理を作るのに必要なものは全て揃っていた。


しかし全く使った気配が無くて。もはやキッチンの飾り状態。


この目の前のアイランドキッチンだって、新品かと思うほどにピカピカ。

冷蔵庫には水と野菜ジュース。少しの缶ビール。それぐらいだった。


「きっと全部外食なんだろうな。弁護士って忙しそうだし。それでもあんなスタイル良いなんて」


黒須君の体をふと思い出し。次の瞬間には私の上に覆い被さった感触を思い出した。

さらにここから見える、白いソファが視界に入り。


胸がドキッとして先日のソファでの出来事を思い出してしまい、大きく頭を振った。


「変なこと思い出さないっ」


恥ずかしいと思い、ペシペシと頬を叩く。


「えっーと、ほら。もうすぐ黒須君が帰ってくる時間だから。その間に後片付け。ダイニングテーブルの方に料理を配膳とか、まだやる事があるからっ」


そして一緒に食事して。

その後、あの名刺のことをちゃんと相談しないと行けない。

だからしっかりしなければと早速、洗いものから片付けをして。丁度終わったところ。


キッチンの上に置いていた、スマホが黒須君からのメールを受信した。


『あと、十五分ほどで家に着く』


その文章を見て、口元がほろりと緩んでしまうのだった。

メールを貰い。


気持ちが上向きになった瞬間。

スマホの横に置いていた名刺が視界に入り、口をきゅっと硬く結んでしまった。少し逡巡してから。


そのままスマホを手に掴んで『食事出来ています。実は聞いて欲しいことがあるので、お時間下さい』と打ち込んで送信した。


いきなり相談すると黒須君もびっくりするかなと、思ってワンクッション入れて置いた方が良いかなと思った。


「よし、これで大丈夫」


名刺を無くさないようにポケットの中に入れて、食事の準備を進める。

ささっとダイニングテーブルに、カセットコンロの上にすき焼き鍋を用意して。あとは火を点けるだけ。ランチョンマットも敷いて箸置きにお箸。お茶碗、取り皿に卵に菜箸等。準備万端。


このグレーカラーの大理石調のダイニングテーブルは、机の上の料理を綺麗に映えせると思った。


「見ためもテーブルのお陰で映えるよし、これで準備は整った」


エプロンをしゅるっと外してダイニングテーブルの椅子の背に掛けた。

最後の仕上げとして玄関に飾らせて貰った、お花のチェックをしようと思い玄関に向かう。


この家には花瓶がなく。食器棚奥から大きめのガラス瓶を見つけたので、それを花瓶の代わりにした。


それでも玄関に飾ったら、綺麗に見えると思った。


「お花は白と黄色のアルストロメリア。オススメされた花を買ったけど。うん。空間に馴染んでいて悪くてない」


アルストロメリアはユリズイセン属で、一本の茎に複数の花をつける。明るい印象の花でカラーも豊富。長持ちもする花屋の定番商品。


少し葉を落とし。茎をカットして高さを調節しただけでも、白い背景によく映えた。

玄関に彩りが加わったと思った。


(このアルストロメリア、よく教室に飾った。手に入りやすいし。昔はピンクとか可愛い色ばっかり選んでいたなぁ)


アルストロメリアの柔らかな花弁を優しく触りながら、ふと懐かしい気持ちになったとき。


かちゃりと音がしてドアが開いた。

そこにはダークグレーのスーツを着て、黒革のビジネスバックを持った黒須君が帰ってきた。

今日もピシッとスーツを着こなしていて、リムレス眼鏡が端正な美貌に、マッチしてとても良く似合っていた。


ぱっと、お花から手を離して黒須君に向き合った。


「あっ、お帰りなさい。黒須さん。お言葉に甘えてキッチン使わせて貰いました。ありがとうございます。お食事、すき焼きを作ってみました。お口に合えばいいんですけど。早速食べますか?」


なんだか、本当に結婚して夫を迎える妻みたいなセリフに照れてしまいそうだったけど、何とかスラスラと言えた。

しかし、黒須君はマジマジと私をみるだけで。


「えっーと、あっ……もしかしてすき焼き、お嫌いでしたか?」


「いや、そうじゃ無くて……」


何か言いづらそうに黒須君は口元を隠して、そっぽを向く。


その様子をみて、やってしまったと思った。

(きっと、すき焼き苦手だったんだ。好き嫌いはなしって言っていたの、私に気を使ったとかで。もっと詳しく聞いていれば良かった)


「あのっ、すき焼き苦手でしたか? ごめんなさい。無理しなくて食べなくても大丈夫です。ご飯は炊いているので、そうだ。焼きおにぎりとか。お吸い物とかだったら直ぐに作れるんでっ。今から作り直しますね!」


ばっと、その場を離れようとすると「違う」と、腕を掴まれて。後ろから黒須君に抱きしめられた。

どさりと、ビジネスバックが玄関に落ちる音がする。


「っ、く、黒須さんっ?」


背中に暖かな体温と、私の胸下とお腹に回った腕の力強さに胸がドキリとした。


「──可愛い過ぎて見惚れてしまった」


「!」


「ただいま。真白。今日は真白の手料理が食べれると思って一日中、楽しみにしていた。食事、作ってくれてありがとう。全部頂くよ」


「そ、そう言って貰えると嬉しいです」


耳元でさらりと黒須君の髪が揺れる音に、緊張してしまい私の心も揺れてしまう。


「そうだ、真白。さっきメールで送ってきた内容だけども。聞いて欲しい事って何? 気になるから今聞きたい」


そのまま後ろから抱きしめられ、耳元で囁かれる黒須君の声にぞくぞくした。


言い出す切っ掛けを貰って安心する。まさか、玄関で後ろから抱きしめられて言う事になるとは思ってはいなかった。


リビングで落ち着いてとは思ったけれども、しっかりと私を抱く腕の強さに負けて。


少し首を後ろに向け、黒須君の瞳を見つめる。その瞳は柔和な眼差しだった。


それに安心して。実は──と。

昼間、スーパーの前で起きた出来事を話して。

ポケットの中から名刺を取り出し、黒須君に差し出したのだった。

名刺を渡して。

黒須君にことのあらましを告げた。


名刺を渡されたときに、宇喜田弁護士から『子供じゃないんだから、よく考えろ』と言われた事も黒須君に伝えて、私の気持ちも打ち明ける。


「私には……揉めたくなければ、ホテルに行ってセックスをしろって言われたように思いました。母の事も私の事も含めて、こちらの足元を見てバカにしているんだって」


きゅっと、私を抱く黒須君の腕を掴む。

言う通りにしないと嫌がらせを受けると思ってしまった事がとても歯痒い。

そんな思いも全部伝え終えて、黒須君の顔を再度見ると。


先程の柔和な光は消えて、冴え冴えと鋭く冷たい瞳になっていた。その鋭さに怯んでしまいそうになる。


「真白」


「は、はい」


「ちゃんと相談してくれてありがとう。一人でよく立ち向かった。悩ましかっただろう」


黒須君はそう言うと、名刺を胸のポケットに入れてからぐっと強く腰を抱いてきた。

びっくりすると、あっという間に次は膝裏に手が回ってきて。


素早くお姫様抱っこをされてしまった。

黒須君はスタスタと歩いて。リビングのあの大きなソファに私を運び。その上にポスンと優しく降ろした。

そしてその私の前に騎士のように跪き、下から私の顔を見上げる黒須君。


「え、えっと」


「大丈夫。真白が心配することは何も無い。これぐらいのこと、すぐに解決出来る。俺が出る幕がないかもしれないぐらいだ」


ふっと黒須君は微笑をするけど。瞳が見えない敵を見据えているようで、鋭い光を宿していた。


「実は俺の方でも既に九鬼氏については調べ始めている。有能な記者友達のお陰でいろいろと分かった事がある。それも含めて、この最低な男をこのままにはしない。誰の妻に手を出したか分からせてやる。だから、真白は何も心配しないで。妻を守るのも俺の役目だから」


だから大丈夫だと、膝上に置いた手をきゅっと握られると安心感が体に広がる。


(友達って、弁護士仲間なのかな? 今の私にそこまで……こうしていると私が本当の妻だって、勘違いしてしまいそうになる)


黒須君の真意を聞きたくなってしまうけど、契約妻と言う形に納得して、返事をしたのは私。頭をゆるりと振って、憂いに目を瞑る。


「……黒須さん。本当にありがとう。心強いです」


「真白は俺が絶対に守るから」


そのまま重なった手が、するりと手から離れて。膝、脛を撫でて。足首のところまで降りたかと思うと、踵に手が添えられてゆっくりと持ち上げられた。


スリッパがガラスの靴のように、ストンと下に落ちる。


「あ、あの、何を」と、声を上げる前に私の足の甲に、騎士さながらのキスが落ちた。


「っ」


「真白。俺以外の男にこの体を触らせるつもりなんか毛頭ない。触ってもいいのは俺だけ」


覚えておいてと、言われるように魅惑的に下から視線を投げられると、強い眼差しを受け止めるのに精一杯になってしまった。


黒須君は最後に微笑し。ゆっくりと私の足から手を離して、すっとその場に立ち上がった。


「そうだ真白、名刺はこのまま俺が預かっていてもいいかな? これは証拠にもなる」


黒須君の指先が、先程名刺を入れた胸ポケットを指差す。


「はい、大丈夫です」


弁護士という専門家に預かっていて貰う方が、安心出来ると思った。


「ありがとう。適切に扱うから安心して。それと、この出来事を真白のお母様に報告をしたほうが良いな。焚き付けるとかではないが、これでお母様は戦おうと思ってくれるはずだ。何しろクズ男が愛娘に手を伸ばした来たのだから。母親として黙ってはいないはず。それでお母様が俺に正式に依頼してくれたら──全ては俺に任せておけばいい。すぐに着手出来る準備は整えているから」


相手が名士でもあるにも関わらず、まるで大した事はないと言わんばかりの堂々とした様子。素直に流石弁護士先生だと思ってしまう。


(相談して良かった。一人じゃ本当に困り果ててしまうところだったもの)


ほっと安堵感が広がると、次は母への説明。祖母にも説明しなくてはいけないと思った。

すると黒須君が少し前屈みになりながら、私の頬に手を触れた。


「真白、他に気になることはない?」


心から心配してくれている素振りに胸が暖かくなり。思わず頬に触れている黒須君の手を重ねた。


「大丈夫です。ありがとうございます。ちゃんと家族にも相談します」


「分かった。また何かあったら俺に直ぐに言ってくれ」


頼もしいと思い、添えられた手にすりっと頬を寄せてしまうと。

黒須君が少しだけ眉根を寄せて。


「食事の前に……このまま真白を食べたなくなるな。でも、この体はあまりにも敏感過ぎるから、ちゃんと俺に《《慣れて》》欲しいから──今は我慢しよう」


苦笑すると、頬から手が名残惜しそうにゆっくりと離れた。



「さぁ、一緒に食事しよう。真白の手料理が食べたい。その前に鞄を部屋に置いてジャケットを脱いでくるから、少し待っててくれ」


姿勢良く部屋に向かう黒須君の後姿を見て。


「……黒須君今のはずるい。足にキスなんかされた事ないのに。慣れるって、そう意味だったのかな」


ふぅと小さくため息を吐いて。

胸のドキドキを鎮める。

足から離れてしまったスリッパを再度履き直すだけで、とてももどかしい気持ちになってしまった。


なんとか気持ちを整えていると、黒須君がネクタイを外したラフなシャツスタイルで戻ってきた。

ほんの少しだけシャツはだけて、喉元や形の良い鎖骨が少しだけ顔を覗かせているだけなのに。どうしようもなく、男性らしさを感じてしまった。


その姿を見てだけで、カッコ良すぎてまた胸がドギマギした。

それでも、一緒にダイニングテーブルに座り、食事が始まると和やかに会話が出来た。


黒須君がとても美味しいと、食事を褒めてくれた事が嬉しかった。


そんな食事中の会話は本当に他愛のないもので。

黒須君が玄関のお花が綺麗だと褒めてくれて。今度一緒に花瓶を買いに行こうとか。

ゆっくりと会話を楽しみながら、色んな話題を振ってくれて。

優しく微笑んでくれたり。


前回の食事より、随分軽やかに私もお喋り出来た。

先に相談を打ち明けて、心が軽くなったと言うこともある。


こうして食事をしながら、ささやかな会話を楽しんで。


まるで──本物の夫婦ってこんな感じ。幸せな結婚ってこう言うことじゃないかと。

錯覚を覚えるほどだった。


そんな錯覚は自分でも淡く儚い夢だと思いつつ。今はこの気持ちに浸りたいとそのまま、食事を続けて。

一時間も経つと黒須君はご馳走様でしたと。ペロリとすき焼きを食べてくれた。


私も食事を終えて少々残ったご飯はおにぎりか、もしくは冷凍に。次は緑茶を淹れようかなと思ったところで、壁に掛けているおしゃれなデザイナーズブランドの時計を見ると。


そろそろ帰りの電車を意識しないと行けないと思った。


(ご飯食べ終わったし。片付けをして、お茶を淹れたりすると、あんまりゆっくり出来ないかも)


楽しい時間はあっと言う間に終わってしまうと、実感した。

弁護士・黒須絢斗は契約妻を甘く淫らに絡めとる

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