「穂乃果に会わないとって、変な胸騒ぎがした」
「えっ……」
「店で嫌なことあった?」
「う、ううん」
今日の悠人は、私の答えをすごく欲しがった。
偽りじゃなく、本当の答えを――
「ごめん。悠人にわざわざ言わなくてもいいのかなって……ちょっと思ったけど……」
「……知りたい。穂乃果のことなら全部」
悠人は私の手を優しく引いて、リビングのソファに導き、ゆっくりそこに腰掛けた。
「……話して」
悠人にこんな風に見つめられたら、全部話したくなる。
キリッとした瞳の奥に、私が映る。
すごく恥ずかしい……
「……隠してちゃ、いけないよね……。あのね、今日の帰り道、本屋さんの前で輝くんに会ったの。本当に偶然に」
「……ああ」
次の言葉を焦らさないように、そっと優しく相槌を打ってくれる悠人。
「輝くんに……食事に行きませんかって誘われて……」
「輝に……」
「う、うん。私、行けないって言ったら……輝くん、10分だけ時間欲しいって言ってくれて」
「10分だけ……」
悠人の静かな声が耳に届く。
その先は、どう言ったらいいんだろう?
上手く言えない……
「……えと」
「穂乃果のことが好き……って?」
「えっ……あ……」
「だろうな。輝は、いつも元気だけど、穂乃果が来てからますます明るくなった。かと思えばものすごく落ち込んでみたり……。誰かを想っているんだと思ってた。それが……きっと穂乃果だってことも」
「悠人……。どうしてそんなこと?」
「知りたい?」
悠人は意地悪そうに言って、さらに私に顔を近づけた。その美し過ぎる表情にドキッとする。
「……う、うん」
「簡単だよ。俺も穂乃果を愛してるから」
時が止まる感覚って、こういう感じなのか?
悠人のその言葉は、私の心をギュッと掴んで離さなかった。
愛してるって――
悠人に初めて言われた。
私の中での「好き」と「愛してる」は、言葉の重みが違い過ぎる。
どうしよう……心臓が破裂しそうだ。
「ね、ねえ、悠人。愛してるって……そんな大切な言葉はね、簡単に言ったらダメなんだよ」
「穂乃果……」
「……」
「穂乃果には、俺が簡単に言ったように思えるの?」
「えっ……」
戸惑う私の手をつかんで、悠人は「右手を広げて……」と囁いた。
「右手?」
「いいから広げて」
私はうなづきながら、言われるままにした。
この手、どうするの?
「ここ聞こえる? 俺の心臓の音……」
悠人は自分の胸の真ん中辺りに、私の右手のひらを押し当てた。
ドクンドクンって……
ああ、悠人の鼓動、すごく早い。
「簡単に言ったんじゃないよ」
同じように、私も自分の胸の音を感じたくて、反対の手のひらを心臓に当てた。
一緒だ……
同じ速さで脈打つ鼓動に、なぜか幸せを感じた。
このまま私も「愛してる」って、言ってしまいたくなる。
「穂乃果の気持ちは? 輝に対する想いを聞きたい」
「輝くんはすごく好感が持てる。人間として、本当に大好きだし。でも……弟みたいで、恋愛対象にはならない。輝くん、そのことを察してくれて、私に何も求めないって。ただ、一緒に仕事ができればいいって……言ってくれた」
「そうか……。でも、輝が穂乃果を好きになる気持ち、同じ男としてよく分かるつもりだ。だから、穂乃果がそう言うなら、俺はこのまま見守る。輝は、シャルムの大事なメンバーだからな」
「ありがとう、悠人」
「ああ……」
悠人の腕が、私の体を引き寄せた。
その胸に顔を埋めたら、とてつもない安心感に包まれて、私は自分の全てを預けてもいいって、本気でそう思えた。
きっともうすぐ、私も「愛してる」って、言える日が来るような気がした。