テラーノベル
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旧地域管理所は、第31居住区から北へ半日ほどの場所にあった。
ガイ、レン、警備員二人。
四人は昼前に到着した。
建物は低く、頑丈だった。
入口には錆びた文字。
『COLONY PROJECT
REGIONAL CONTROL』
レンは指でなぞる。
「中央?」
「中央そのものじゃない」
ガイが答える。
「複数の居住区をまとめる地域管理所だ」
扉は壊れていた。
中は暗い。
警備員が先に安全を確認する。
机。
通信設備。
壁一面の区域図。
31。
24。
17。
他にも多数。
「こんなに」
レンは息を呑んだ。
父も黙っている。
自分たちの区域だけではない。
17だけでもない。
この地域だけで十を超える居住区があった。
「全部残ってるかな」
「分からん」
「調べたい」
「今日は記録だ」
ガイはそう言いながら、地図から目を離さなかった。
奥の保管室。
紙の記録。
多くは腐っている。
金属板に刻まれた緊急手順。
『中央回線途絶時、各区域は現行安全手順を維持し、次回指示を待機』
31の最後の通信と同じ。
「これだ」
レンが言う。
「待機」
「緊急時の手順だ」
「いつまで?」
ガイは答えない。
さらに記録を探す。
通信障害一日目。
三日目。
十日目。
一か月。
中央応答なし。
地域管理所から各区域へ、現状維持を指示。
半年。
物資輸送縮小。
一年。
中央応答なし。
三年。
地域管理所の人員減少。
五年。
設備維持困難。
そして。
最後の記録。
『中央指揮系統の復旧見込みなし』
レンは息を止めた。
その下。
『各居住区域は地域状況に応じ、自律的な安全判断へ移行することを推奨』
「父さん」
ガイが紙を取る。
何度も読む。
「これ……命令じゃない」
「何が」
「閉鎖を続けろとは書いてない」
レンが別の紙を見つける。
さらに後の日付。
地域管理所最後の業務記録。
『中央政府機能について確認不能。地域管理所は本日をもって常設業務を終了する』
署名。
その後は何もない。
「終わってる」
レンが言う。
ガイは黙る。
「中央からの最後の命令は、待てだった」
「そうだ」
「でも、そのあと地域管理所が、自分たちで判断しろって」
「推奨だ」
「それでも」
レンは父を見る。
「俺たち、誰の命令で閉じてたの?」
ガイの目が鋭くなる。
「だから何だ?」
レンは言葉を止める。
ガイは紙を机へ置いた。
「命令する人間が死んだら、危険まで消えるのか?」
「消えない」
「中央がなくなったら、水が増えるのか。食料が増えるのか。昔の争いがなかったことになるのか」
「ならない」
「じゃあ、これを見つけて何が変わる」
レンはすぐ答えられなかった。
父の言う通りだ。
中央がない。
だから壁を開けよう。
そんな単純な話ではない。
「決める人が変わる」
後ろから警備員の一人が言った。
ガイが振り返る。
年配の男だった。
「今までは、中央の決まりだからって言えた」
男は区域図を見る。
「でも中央がもうないなら、閉めるのも開けるのも俺たちの判断だ」
ガイは黙った。
レンが頷く。
「そういうことだと思う」
「責任も俺たちに来るぞ」
ガイ。
「うん」
「開けて人が死んだら?」
「俺たちの判断」
「閉め続けて、助かるはずの人間が助からなくても?」
レンは言葉を失う。
父は自分で問いを続けた。
「それも俺たちの判断になる」
部屋が静かになった。
これまで「昔から」で隠れていたもの。
責任。
選ぶということは、好きな方を選ぶことではない。
結果を引き受けることでもある。
「持って帰る」
ガイが記録をまとめる。
「31のみんなに見せる」
「信じるかな」
「信じるかどうかじゃない。記録だ」
レンは少し笑う。
ミオみたいな言い方だと思った。
一方。
その日の夕方。
ハルとミオは17へ向かっていた。
予定より遅い。
崩れた道で時間を取られた。
「日没まで無理」
ミオが言う。
「走る?」
「暗くなって怪我したらもっと遅れる」
「父さん来る」
「たぶん」
二人は急ぎながらも、足元を確認する。
中継所を越えたところで、遠くに灯りが見えた。
一つ。
二つ。
三つ。
「捜索?」
ハルが叫ぶ。
「父さん!」
返事。
「ハル!」
トウマだった。
ハルは走った。
今度はミオも止めなかった。
父が近づく。
怒鳴られる。
そう思った。
トウマは何も言わず、息子の肩を掴んだ。
「遅い」
「ごめん」
「怪我は」
「ない」
「ミオは」
「大丈夫です」
サキも捜索隊にいる。
娘を抱きしめる。
「31、あった」
ハルが父へ言う。
「人もいた」
「そうか」
「俺たち拘束された」
「何?」
父の顔が変わる。
「でも帰してくれた」
「先にそれを言え!」
「あと、中央の最後の通信、31も同じ日だった」
トウマが止まる。
「同じ?」
「内容も似てた」
ミオが説明する。
中央から待機。
その後、通信なし。
31でも同じ。
「偶然じゃない」
トウマが呟く。
「たぶん」
ハルは北を見る。
レンたちは今ごろ管理所へ着いているだろうか。
何を見つけたのか。
まだ知らない。
けれど、二つの居住区が同じ命令を受け、同じように待ち続けたことは分かった。
村へ戻ったのは完全に日が落ちたあとだった。
ナナが泣きながらハルを叩いた。
「遅い!」
「ごめん」
「石持ってた?」
ハルはポケットから丸い石を出す。
「持ってた」
「じゃあいい」
「いいんだ」
ユイは泣きながら笑った。
その夜。
ハルは31の話を大人たちへ伝えた。
シン。
セイジ。
ゲン。
村の代表たち。
第31居住区。
レン。
ガイ。
過去の争い。
最後の通信。
誰もすぐに結論を出さない。
話が終わった時、ゲンが言った。
「兄貴は31へ行ったのか」
「記録は見つからなかった」
ハルが答える。
「でもレンたちにも探してもらえると思う」
ゲンは頷いた。
「それでいい」
五十年待った老人の声は、不思議と穏やかだった。
翌朝。
境界の外に人影が現れた。
三人。
先頭はレン。
その後ろにガイ。
手には白い布。
そして。
中央が最後に残したものではなく。
中央が消えたあとに残された、最後の記録を持っていた。
管理所の記録を持ち帰る前、レンは地下の通信室も確認した。
壁には小さなランプが並んでいる。
もちろん、どれも消えている。
区域番号の札。
17。
24。
31。
そのほか、文字が剥がれたもの。
机の引き出しには、送信確認の紙束が残っていた。
2081年6月17日。
各区域へ同じ指示を送信。
『現状の安全手順を維持。次回指示を待機』
31で見たものと一致する。
レンは次の紙をめくった。
6月18日。
中央回線へ再接続要求。
応答なし。
19日。
応答なし。
20日。
応答なし。
毎日だった記録が、やがて三日ごとになり、一週間ごとになる。
「ずっと呼んでたんだ」
レンが言う。
ガイが横から紙を見る。
「当時の人間も、すぐ諦めたわけじゃない」
「うん」
一年後の記録には、中央から届かなくなった部品を地域内で融通する計画がある。
さらに後には、各区域からの返信そのものが減っている。
設備故障。
人員不足。
経路寸断。
中央があるかどうか分からないまま、つながりだけが一つずつ消えていった。
「誰かが全部切ったんじゃないんだ」
レンが呟く。
「そう見えるな」
「命令して閉じ込めた人がいたわけでもない」
「少なくとも、この記録にはいない」
それはレンが想像していた真実より地味だった。
秘密の命令も。
巨大な嘘も。
悪い誰かもいない。
通信が途絶えた。
物が届かなくなった。
危険があった。
人々はその時できる方法で生き延びた。
そして、生き延びるための一時的な手順が、次の世代には日常になった。
「怖いな」
レンが言う。
「何が」
「誰も悪くなくても、こうなること」
ガイはしばらく答えなかった。
「だから記録するんだろう」
「父さんがそれ言う?」
「俺だって記録はする」
「読む方は?」
「お前より読んでる」
「古いのは読んでなかった」
「うるさい」
二人の後ろで警備員が笑った。
帰路、ガイは何度も足を止めて区域図を見返した。
「どうしたの」
「17と31の間だけでも、使える道を決めた方がいい」
レンは驚いた。
「交流する気になった?」
「飛躍するな。安全な経路を決めるだけだ」
「それ交流の準備じゃん」
「警備の準備だ」
どちらでもいい、とレンは思った。
同じ道が、見る人によって交流路にも警備路にもなる。
大事なのは、道があると知ったことだった。
一方17では、ハルたちの報告を受けたセイジが古い授業資料を集めていた。
「何してるの?」
ハルが聞く。
「中央について、学校で何を教えてきたか確認してる」
「何て書いてある?」
「『かつて居住区を建設した組織』」
「それだけ?」
「それだけだ」
セイジは苦い顔をした。
昔の教本には、中央政府、区域間輸送、地域管理という項目があった。
新しい手書き教材になるほど、その説明は短くなる。
「先生たちも隠した?」
「違うと思う」
「じゃあ何で消えたの」
「教える必要がないと思ったんだろう」
使われない知識。
試せない仕組み。
もう届かない中央。
世代が変わるたび、今日の生活に必要なものだけが残された。
「悪いこと?」
ハルが聞く。
「分からん」
セイジは古い紙を撫でた。
「全部を教えることはできない。何を残すか選ぶのが教育だ。ただ、選ばなかったものが消えることは覚えておかないとな」
翌朝、31から来たガイたちの記録を読んだ時、セイジは長く黙っていた。
中央がなくなったから自由になった、ではない。
ずっと前から、判断する責任は自分たちへ戻されていた。
ただ、その事実を知らなかった。
あるいは忘れた。
「最後の命令って」
ハルが紙を見る。
「待て、だったんだよね」
「中央から直接届いた最後はな」
ミオがその下を指す。
「でも最後の記録は、自分たちで判断しろ」
シンが低い声で言った。
「命令ではない」
「はい」
「だから余計に厄介だ」
誰かに従えばよかった時代は終わっていた。
それを、何十年も後になって知った。
ハルは紙の最後の空白を見る。
そこには、次の命令は書かれていない。
次を書く人間は。
もう中央ではなかった。
asahin
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コメント
1件
読了しました…「命令を待つ」という状態が、じつは「誰も命令してない」状態だったっていう構造、めちゃくちゃ重くて考えさせられました。 特に「誰も悪くなくても、こうなること」ってレンが呟くところ、グッときました。誰かを憎めれば簡単なのに、そうじゃないもどかしさってあるんですよね。 中央が消えたあと、自分たちで選ぶしかなくなった——その「責任」の重みを、ガイがちゃんとレンに伝えてるところも好きです。 ラストの「次を書く人間はもう中央ではなかった」、静かな余韻がすごい。続き、気になります。