テラーノベル
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ガイが第17居住区へ来ると、村中の人が境界へ集まりそうになった。
シンが止めた。
「仕事を放り出すな!」
それでも遠巻きに人が見る。
外から来た人間。
何十年も存在すら知らなかった別の居住区。
ハルには、その光景が少しおかしかった。
31でも自分たちは同じように見られていたのだろう。
門の前。
シンとガイが向き合う。
二人とも似た顔をしている。
警戒している顔。
「第31居住区、警備責任者のガイだ」
「第17居住区代表、シン」
握手はしなかった。
でも武器も構えない。
「話がある」
ガイが紙の束を出す。
管理棟へ移動する。
ハルとミオ。
レン。
トウマ。
ユイ。
セイジ。
ゲン。
サキ。
31の警備員。
多くの大人が集まった。
ガイは旧地域管理所で見つけた記録を机へ置く。
中央回線途絶。
現行安全手順維持。
待機。
中央応答なし。
そして。
自律的な安全判断への移行。
地域管理所の終了。
セイジが何度も読み返す。
「これは本物ですか」
「疑うなら見に来い」
ガイ。
「場所は案内する」
シンは最後の紙を持ったまま動かない。
「中央政府がなくなったと書いてあるわけではない」
「機能について確認不能、だ」
ガイが答える。
「俺も最初は同じことを言った」
「なら」
「だが地域管理所は終わっている。少なくとも、俺たちへ命令を出す系統はそこで切れている」
部屋がざわつく。
ハルが聞く。
「じゃあ、境界を閉じろって命令は?」
誰も答えない。
「最後は待てだったんでしょ」
ミオが言う。
「そのあと、自分たちで判断しろって」
セイジが頷く。
「そう読める」
「だったら」
ハルが言いかける。
シンが止めた。
「だから開けろ、とは書いていない」
「分かってる」
「本当に分かっているのか」
シンはハルを見る。
「中央が消えた。それで外の危険が消えるわけではない」
「それ、ガイさんも言ってた」
レンが小声で言う。
ガイが睨む。
「余計なことを言うな」
少しだけ空気が緩む。
シンは続けた。
「第17居住区は二百五十八人いる。子供も老人もいる。外へ行きたい者だけの場所じゃない」
「開けっぱなしにしたいんじゃない。」
ハルは言った。
「閉めるか開けるかを、俺たちで決めたいんだ」
部屋が静かになった。
「今までだって俺たちが決めてきた」
シン。
「違う」
ミオが言う。
「今までは、昔決められたことを変えないって決めてきただけ」
「それも決定だ」
「はい」
ミオは頷いた。
「でも、理由を確かめずに」
シンは彼女を見る。
「理由はある。昔、外では人が死んだ」
「本当です」
「31では外部者との争いもあった」
「それも本当です」
「なら」
「だから調べるんです」
ミオは静かに言う。
「危険があるなら、何が危険なのか。安全に行き来できる範囲はどこまでか。誰となら話せるのか」
レンが続ける。
「31も同じことできる」
ガイが息子を見る。
「勝手に決めるな」
「だから、みんなで決めるんでしょ」
ガイは黙った。
トウマが口を開く。
「門を開けることと、境界をなくすことは違う」
設備担当としての声だった。
「搬入門は管理できる。開閉時間を決める。外へ出る人間を記録する。帰還予定を残す。緊急時は閉じる」
「外から人が来たら?」
シン。
「いきなり中へ入れない。31がやっていた確認区画を使える」
ガイが頷く。
「あれは使える」
「水や食料を要求されたら?」
「余裕がなければ断る」
「断って争いになったら?」
トウマは少し黙る。
「閉じる」
ハルは父を見る。
それでいいと思った。
開けることだけが自由じゃない。
危険を無視することでもない。
セイジが黒板を持ってきた。
「一度、分けませんか」
何を?
という顔が集まる。
「分かっていること。分からないこと。決めなければいけないこと」
ミオが笑った。
「先生、やっと先生っぽい」
「失礼だな」
黒板に三つの欄。
分かっていること。
中央の指揮系統は途絶えた。
外には人がいる。
31が残っている。
旧道は使える。
外に危険がないとは言えない。
分からないこと。
他の居住区。
現在の環境。
遠方の人々。
中央政府そのものがどこかに残っているか。
決めること。
門をどうするか。
外出。
交流。
情報共有。
危険時の閉鎖。
「こんなにある」
ハルが言う。
「だから今まで変えなかったんだろうな」
トウマ。
決めるのは面倒だ。
責任もある。
昔の決まりを守る方が楽なこともある。
シンが椅子へ座る。
疲れたように見えた。
「俺は、壁を開けることに賛成したわけじゃない」
「分かってます」
ハル。
「だが」
シンは記録を見る。
「中央の命令だから閉じている、とはもう言えんな」
それだけでも大きかった。
午後まで話し合いは続いた。
結論は出ない。
出るはずがない。
何十年も変えなかったものを、一日で変える方がおかしい。
31の三人は一泊することになった。
今度は鍵のかからない部屋。
夕方。
ハル、ミオ、レンは境界の上の監視台へ上がった。
「17の方が畑いいな」
レンが言う。
「31は機械いっぱいあるじゃん」
「壊れてるのもいっぱい」
「交換できるかも」
ミオが言う。
「17の作物と、31の部品」
レンが目を丸くする。
「それ、母さん喜ぶ」
ハルは笑う。
境界を越えた先にあったのは、自由だけではなかった。
別の人。
別の問題。
交換できるもの。
助けてもらえること。
助けられること。
そして争う可能性。
全部ある。
「正しい壁ってあると思う?」
ハルが聞く。
レンが考える。
「必要な壁はある」
ミオ。
「でも、必要だった壁がずっと必要とは限らない」
ハルは境界を見る。
「じゃあ、正しいかどうかは」
「その時に決めるしかないんじゃない?」
ミオが答えた。
壁は答えではない。
道具だ。
守るために閉じることもできる。
会うために開くこともできる。
そのことを。
村はようやく思い出し始めていた。
翌朝、話し合いは管理棟から共同広場へ移された。
代表者だけで決めるには大きすぎる問題だと、シン自身が判断したからだ。
全員が同時に仕事を止めることはできない。
午前と午後に分け、来られる人が意見を出す。
セイジが黒板を運び、ミオが記録係を手伝った。
最初に手を挙げたのは、畑を担当する女性だった。
「31と交流するなら、病気はどうするの」
人の病気だけではない。
作物の病気。
害虫。
見たことのない種。
ユイが答える。
「人は体調確認。発熱や原因不明の症状があれば入れない。作物や種は最初から畑へ持ち込まない」
「どこで見る?」
「旧搬入区画を使えると思う」
次は水路担当。
「外へ人を出して、怪我したら誰が探す」
トウマが答える。
「行程を残す。帰還時刻を決める。遅れた時の捜索手順を作る」
「子供は?」
「単独は禁止」
ハルが小さく抗議した。
「聞こえてるぞ」
父に言われて黙る。
今度は年配の男。
「31が食料を欲しいと言ったら?」
ガイが自分で答えた。
「要求はするかもしれん。だが、断られたら帰る」
「信用できるか?」
「今すぐ信用しろとは言わん」
ガイは広場を見回した。
「だから最初は少量の交換から始めればいい。こちらも17を全面的に信用したわけではない」
その言い方に何人かが顔をしかめた。
けれどハルはむしろ安心した。
いきなり「仲間だ」と言われるより本当らしい。
知らない者同士が、少しずつ知る。
そのための仕組みを作る。
昼には反対意見も強くなった。
「今まで閉じていて困らなかった」
「困ってる」
別の人が言う。
「ポンプの部品が足りない。薬も減ってる」
「外へ出たらもっと困るかもしれない」
「それも分からない」
声が重なる。
シンが止める。
「分からないから、全部開けるという話ではない」
ハルはその言葉を聞いて、少し驚いた。
数週間前なら、シンは「分からないから閉める」と言ったはずだ。
今は、分からないから小さく試す、という選択肢が増えている。
午後、31側からも具体案が出た。
中継所を共同の連絡地点にする。
週に一度、決めた時刻に双方が記録を置く。
緊急時用の印を決める。
最初の一か月は17と31の間だけ。
知らない第三の集団が現れた場合は、双方へ連絡してから対応する。
「壁、なくならないね」
休憩中、ハルが言った。
ミオが水を飲む。
「なくす話してないから」
「もっと自由になると思ってた」
「前より決まり増えてる」
レンが笑う。
「31もたぶん増える」
「自由って決まり減ることじゃないの?」
ハルが聞くと、二人とも少し考えた。
ミオが言う。
「選べることじゃない?」
「決まりがあっても?」
「理由があって、変える方法があるなら」
レンが頷く。
「警備の決まりも、本当はそうなのかも」
守るための手順は必要だ。
でも手順が目的になった時、誰を何から守っているのか分からなくなる。
夕方、シンとガイは二人だけで境界を歩いた。
ハルたちは少し離れてついていく。
「お前のところは低い壁らしいな」
シンが言う。
「二重柵だ」
「こっちは高すぎる」
「その分、見張りは楽そうだ」
「外が見えん」
ガイが少し笑った。
「どっちが正しい?」
シンが聞く。
「知らん」
「警備責任者がそれでいいのか」
「お前も代表だろ」
二人は壁を見上げた。
「昔は必要だった」
シンが言う。
「今も必要かもしれん」
ガイ。
「でも同じ使い方である必要はない」
シンは答えなかった。
翌日、試験運用案が紙にまとめられた。
門を壊さない。
常時開放もしない。
日中の決めた時間だけ、管理者の立ち会いで開く。
来訪者は確認区画を通す。
交換品は記録する。
外出者は帰還予定を残す。
異常があれば閉じる。
一か月ごとに見直す。
そして最後に。
『この手順は必要に応じ、居住者の話し合いによって変更する』
ハルは最後の一文を何度も読んだ。
「ここが一番好き」
「地味だね」
ミオ。
「でも大事」
違うのは、門が開くことだけではなかった。
変えられると最初から書いてあることだった。
壁を正しいものにするのは、高さでも強さでもない。
何のために使うのかを、今いる人間が問い続けられることなのかもしれない。
コメント
1件
第28話、読み終えました……。壁って「閉めるため」だけにあるんじゃなくて、「どう使うか選べる道具」なんだなって思った瞬間が何度もあって、胸がぎゅってなったよ。特に「変えられると最初から書いてある」って一文がすごく好き。話し合いの中で大人たちがゆっくり変わっていく感じも、ちゃんと丁寧に描かれてて、asahinさんの書く世界はいつも「考えさせられる静かな強さ」があるなって思いました🌙