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変わり始めた日常
LINEを交換してから、
やりとりのテンポは、
さらに軽くなった。
既読がつくのが早い。
返事も、早い。
それだけで、
胸の奥が緩む。
『大和さんの言葉、嬉しかったです』
その一文を、
何度も読み返した。
今だけは。
誰かの「夫」でも、
誰かの「父」でもなく。
ただ、
誰かの「大和」でいられた気がして。
それが、
ひたすらに嬉しかった。
やりとりは、
他愛もない。
天気の話。
仕事の愚痴。
どうでもいい一日の切れ端。
それなのに、
笑う回数が増えている。
画面を見て、
ふっと口角が上がる。
その瞬間。
自分の手が、
無意識にスマートフォンを伏せていた。
テーブルの上。
画面を下に。
理由は、
特にない。
ただ、
そうした方がいい気がした。
ポケットに入れる位置も、
いつの間にか決まっている。
取り出すとき、
戻すとき。
必ず、
自分の体に近い側。
もう、
身から離していなかった。
考える時間も増えた。
――スカイツリー。
行ったことがない。
だから、
行ってみようかと、
思った。
理由は、
リサーチ。
ただの下見。
そう、
自分に言い聞かせて。
ある日、
何気なく、
食卓で口にした。
「今度さ、スカイツリー行ってみようか」
一瞬の間。
家族の視線が、
集まる。
「どうしたの? 急に」
少し笑って、
はぐらかす。
「いや、前からちょっと行ってみたくてさ」
「高いところ、苦手じゃなかった?」
その問いに、
間を置かずに答える。
「子ども、連れてってあげたいなって」
自分でも分かる。
質問と、
答えが、
ずれている。
それでも、
誰も深くは追及しない。
その優しさが、
胸に刺さる。
どうしようもない、
罪悪感。
足元から、
冷たい感覚が這い上がってくる。
やっぱり、
水は冷たい。
それなのに。
もう、
水から上がる術を、
忘れていた。
家族のため。
家族サービス。
そう言いながら、
頭に浮かぶのは、
別の顔。
同じ場所を、
一緒に見ている想像。
その想像を、
誰にも気づかれないように、
胸の奥に押し込める。
罪と、
嘘を、
一つずつ重ねていく。
気づけば、
日常は、
静かに形を変えていた。
音もなく。
決定的な出来事もなく。
ただ、
確実に。
冷たい水の中で、
足が、
もう底に触れなくなっていた。