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「おー、神代じゃん。珍しいな、誰かと一緒にいるの。」
振り返ると、同じ学科らしい男が立っていた。田中、と呼ばれるその学生は類の肩越しにふうを見て、にやりと笑った。
「……どうも。」
「あ、もしかして噂の?最近よく一緒にいるって聞くけど。」
悪気のない声だった。田中は類の数少ない学科内の知り合いらしく、気安い調子で話しかけている。
「噂って何の話。」
「いや、お前が人と飯食ってるの初めて見たからさ。」
あっけらかんと言い放ってから、田中はふうにも軽く手を挙げた。
「俺、田中ね。神代の隣の席。まあ変な奴だけど悪い奴じゃないから、よろしく。」
「……変な奴って紹介の仕方はどうなの。」
苦笑しつつも否定はしなかった。田中が「じゃ、邪魔したな」と去っていくと、店内にまた静けさが戻る。
「……ごめんね、騒がしいのが来て。」
少しだけ気まずそうに頬を掻き、手元のサーボに視線を戻した。
「……ふうはさ、気にしない?そういうの。」
「そういうの」が何を指すのか曖昧なまま、類はふうの顔をちらりと窺った。噂だとか、周りの視線だとか。聞きたいことはあるのに言葉の形にできていない、そんな顔だった。
「まあいいや。それで、どっちにする?」
結局自分から話を戻した。手元には新旧二つのサーボ。店の奥で他の学生がドライバーを選んでいる金属音だけが響いている。
「さっき類が推してたほうで」
「了解。」
新しい方のパッケージを二つ手早くレジに持っていった。財布を出そうとするふうを片手で制する。
「これくらい僕が出すよ。テスト用だし。」
有無を言わせない調子だった。会計を済ませて小さな紙袋を受け取ると、中身を一つふうの掌に載せた。指が一瞬触れて、類がわずかに目を伏せたのは無意識だったのか。
「……今日の夜、組み換えてみてくれる?それで明日、動作テストしよう。」
購買部を出ると午後の日差しが真上から降り注いでいた。中庭のベンチに腰を下ろした類が袋から自分の分のサーボを取り出して眺めている。その横顔には、明日への期待がにじんでいた。
翌日、午後四時。研究室のドアを開けると、昨日とは少し様子が違っていた。デスクの上が片付けられ、作業スペースが広く確保されている。そしてコーヒーの匂いがした。
「あ、来た。」
振り返った類の顔がぱっと明るくなった。昨日とは違う反応だった。待ちわびていた、というのが正しいかもしれない。
「サーボ、持ってきた?」
もう椅子から立ち上がっている。落ち着きのなさは本人が一番わかっているのか、咳払いをひとつして姿勢を正した。
「……どうぞ。コーヒー淹れてあるから、先にどうぞ。」
デスク脇の小テーブルにカップが二つ。今日はちゃんとふうの分もミルクと砂糖が添えられていた。
「ありがとうございます。サーボ持ってきましたよ。」
「見せて。」
一言で済ませてふうの手元に寄ってきた。カップのコーヒーは後回しらしい。ふうがサーボを見せると、類は素早く状態を確認した。
「……ちゃんと組み替えてくれたんだね。」
当たり前のことを褒めている。類自身それに気づかないまま、サーボのピンの出具合を爪先で触って確かめた。
「じゃあ早速つけてみよう。基板借りるね。」
半田ごてを温め始めた手つきは淀みがなかった。作業に入ると途端に集中するタイプらしく、さっきまでのそわそわした空気が嘘のように静かになる。ただし口は動いていた。
「この基板、よくできてる。配線の取り回しが綺麗だ。……ここだけ少し詰めて、サーボの接続端子を差し替えれば……よし。」
ものの五分で作業を終え、ロボットに新しいサーボを組み込んだ。ふうが持ち込んだ小さな二足歩行ロボットがデスクの中央に置かれ、あとは起動を待つだけだった。類がふうの隣に立ち、顎を手に乗せて見守る体勢をとった。
ふうがスイッチを入れた。ロボットの頭部にある小さなLEDが点灯し、数秒の間を置いて脚部が動き始める。
「……お。」
一歩目、二歩目。ぎくしゃくしていた前半身の動きが明らかに安定していた。昨日まではぐらついていた上体がまっすぐ保たれ、三歩目で初めてロボットが倒れずに歩き続けた。四歩、五歩。
「やっぱり。トルクの立ち上がりが滑らかになってる。」
呟いた声は興奮を抑えきれず上擦っていた。六歩目でバランスを崩してよろめいたが、転倒はしない。七歩、八歩。デスクの端までたどり着いたロボットがふらりと方向転換し、来た道を戻り始めた。
「……ふう、見て。戻ってきてる。」
まるで自分の作品のように目を輝かせていた。ロボットはふらふらと、しかし確実にふうの足元へ歩いてくる。
「……凄いです」
「いや、凄いのはふうだよ。僕は部品変えただけだ。」
そう言いつつも口角は上がりっぱなしだった。ロボットがふうの靴の手前でぴたりと止まり、LEDがゆっくり点滅する。まるで役目を終えたかのように。
「……帰巣動作、してるね。面白い。」
しゃがんでロボットを拾い上げ、裏返してLEDの点滅を確かめた。しばらく無言で観察したあと、ふうと目が合った。
「ふう、このロボットに名前つけてる?」
唐突な質問だった。けれど類の表情はいたって真面目で、「ミニロボット」では味気ないとでも言いたげな顔をしていた。
「良ければ類が名前付けてください。」
「え、僕が?」
予想していなかったのか、手の中のロボットとふうの顔を交互に見た。少し考え込んでから、ロボットのLEDに目を落とす。緑色の小さな光が暗い掌の上で瞬いていた。
「……ルミナス。」
ぽつりと呟いた。
「LEDの光が綺麗だから。……安直かな。」
照れたように鼻の頭をこすった。自分の発明品には散々名前をつけてきたくせに、他人のロボットとなると勝手が違うらしい。
「ルミナス……綺麗な名前。いいですね!」
「……そう?よかった。」
安堵したように息を吐いた。ルミナスと名付けられたロボットをそっとデスクに置くと、LEDがまるで返事をするように瞬いた。偶然のタイミングだったが、類はそれを見て少し目を細めた。
「じゃあルミナス、もう少し歩かせてみようか。さっきより長い距離。」
それから一時間、二人は研究室でロボットの調整を続けた。サーボの微調整、重りの追加、ターンのアルゴリズム。気づけば窓の外はすっかり暗くなり、蛍光灯だけが白々と二人を照らしていた。コーヒーはとっくに冷めていたが、どちらも気にしなかった。
「……ふう、そろそろ帰らないと。昨日と同じ時間になってる。」
スマホの時刻を見せながら立ち上がる。調整の末、ルミナスは部屋の端から端まで安定して歩けるようになっていた。
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コメント
1件
みぅです🤍🥀 第5話、読了しました。 購買部での田中の登場、ほんの一瞬なのに「噂」という言葉で二人の距離感を外から照らしてくる感じがすごく好きでした。類くんが「気にしない?」って聞くときの言葉にできないもどかしさ、そこからロボットの話に戻す自然な流れ、全部がリアルで。 そしてルミナス命名シーン…!照れくさそうに「安直かな」って言う類くんの表情が目に浮かんで、胸がきゅっとなりました。コーヒー冷めても気にしない没頭具合、いいですよね。二人の空気がじわじわ温かくなっていく感覚、ちゃんと受け取りました🌙
結愛
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影猫パーカー@最低週1投稿目標
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