マウンテン・ベアーを持ち帰り―――
解体と肉料理を期待して、町が賑わいを
見せる中……
処理の手伝いを妻2人に任せて、私はギルドの
支部長室で、ある相談をしていた。
「魔狼の受け入れ……か。
まあドラゴンやゴーレムもいるくらいだし、
今さらだろ」
あっさりと返すジャンさんに、周囲は拍子抜け
しつつ、同調してうなずく。
あの後―――
無用なトラブルを避けるため、ゲルトさんを
通じて魔狼に対してあるお願いをした。
仲間を集め、町の庇護下に入って欲しいと
頼んだのだ。
そしてその事をジャンさんの許可を取るために
話していたのだが、
「あのマウンテン・ベアーを一撃ですか……」
「ワシは上空におりましたので、遠目からでしか
見てはおりませんが―――
勝負は一瞬で終わりました。
それだけは確かですじゃ」
主人であるナルガ辺境伯も同席しており、
彼から詳しい情報を聞く。
アルテリーゼに上空待機してもらったのは、
能力を隠すためでもあり……
それは上手くいったようだ。
ミハエルさんも信じられない、という表情をして
沈黙していたが、それに構わず辺境伯様は話を
元に戻し、
「それでゲルト、魔狼の群れは何匹くらい
いたのですか?」
「元は50匹ほどいたそうですじゃ。
ですがマウンテン・ベアーの襲撃で、
今は半分以下に減っているのでは、
との事で」
隣りで魔狼が、フンフンと鼻を鳴らしつつ
ゲルトさんと何やら意思疎通をする。
「ですが、獣人族であるゲルトならともかく……
魔物である彼らを飼いならす事など可能なので
しょうか?」
その危険性を心配してか、ミハエルさんが
消極的に語る。
「そこは信頼関係を築けるかどうかじゃな。
……それに、我々は恩義を忘れぬ、とも
言っておる」
ゲルトさんの言葉にミハエルさんはハッとなり、
「失言だった。許されよ」
と―――魔狼に向かって頭を下げた。
それは彼の、ゲルトさんに対する謝罪も
入っていたのだろう。
そして、後に町長代理も含め、町に魔狼の群れを
受け入れる事が正式に伝えられた。
それから1週間ほどして……
「シンおじさんー、臭いー」
「相変わらずスゴイ匂いですね」
「ははは、まあガマンして」
私は町と川の中間で『調理』を行っていた。
孤児院の子供たちと数名のブロンズクラス、
ゲルトさんも一緒だ。
ゲルトさんの通訳によると―――
あの魔狼はすぐに仲間を探し出して率い、
3日ほどで町へやってきてくれた。
ただ、その数は大人の魔狼が7匹、子供が
12匹と、合計20にも満たない。
しかも大人は全部メスで、もはや群れとしては
壊滅したも同然であり―――
むしろあのマウンテン・ベアーを倒した者
ならばと、進んで保護下に入る事を受け入れた。
また人間と同じく、幼い魔狼は食事も
必要で……
その確保も条件の一つとして、彼らは
了承したのである。
今は孤児院の近くに、簡易施設を作って
面倒を見ている。
そして今、私が作っているのは―――
まさにその魔狼たちの食事であった。
「魚のはらわたと麦粥を煮たものですか。
確かにスゴイ匂いじゃ」
「でもコレが、魔狼たちには人気のようでして」
ゲルトさんの通訳を待つまでもなく―――
すぐ側には、シッポをブンブンと振り回して
魔狼たちが待ち構えていた。
「確かに、マウンテン・ベアーの内臓は
あっという間に食べつくされたからのう。
あれもナマですさまじい匂いだったのじゃが」
よく肉食動物は、捕らえた獲物はその内臓から
食べると言われているが……
それは草食動物ではない彼らが―――
足りない栄養素を本能的に欲しているから、
とも言われている。
となると動物の内臓、いわゆるモツが一番
いいのだろうが、鳥はともかくとしてそう
たやすく手に入るシロモノではない。
しかも鳥の方は最初は避けられていたものの、
自分がレバーやハツ、キモなどを食べていたのを
住人たちに見られ、今はそれらもポピュラーに
なってしまい、残らなくなってしまった。
それに対し、魚は安価に手に入るし、基本的に
内臓は食べられず―――
せいぜいが同じ魚のエサ、もしくは双頭の魔物鳥
『プルラン』に食べさせるくらいで……
さらに保存しようにも臭みがあって、
他の食料と同じ氷室に入れる事は出来ず、
処理に困っていたとの事情もあった。
(一度魚のアラ煮を作ってみたが、それも
全力で拒否された。
どうも匂いがまずダメらしい)
そこで彼ら魔狼に提供してみたところ……
貪るように夢中で食べたので、それらを
ベースとして、
時々はひき肉も混ぜて、こうして調理して
出すようになった。
「じゃあ、大人の魔狼はブロンズクラスの人が、
小さいのは君たちが持っていって」
私の声に、それぞれが出来たばかりの
エサを持って、魔狼たちに運ぶ。
大人の魔狼には―――
1匹に付き1人のブロンズクラスが、
子供には成人間近の孤児院のメンバーが
多頭飼いのようにみんなで付いていた。
『ていまあ? 何だそりゃ?』
要は、狩りや単独での遠征の際……
冒険者ギルド所属の人の、パートナーになればと
思っていたのだが―――
ゲームでは定番の『テイマー』、つまり
魔物使いという概念が無いらしく、
ジャンさんに怪訝な顔をされた。
そこで、魔狼にパートナーとして認められる事の
メリットを説明。
本能で危険を察知する能力も高く、基本的な
身体能力は人間と比較にならない。
また、大きめの犬くらいだった魔狼も今は、
魔力と体力を回復したからか、体も一回り
大きくなり、馬のように人間を乗せる事も
出来るだろうとゲルトさんを通じて伝えられ……
ギルドで希望者を募り、魔狼ライダーとして
ブロンズクラスを育てる事にしたのである。
なおこれは当初、『動物のお世話係』の
依頼として『動物好きな人♪』を条件に
募集したため、後で
『魔狼とは聞いてません!』
『この依頼は詐欺では!?』
とクレームが来たが聞かなかった事にしたよ。
「はぁ……
ま、いつまでもブロンズクラスで
くすぶっているワケにもいかないし。
ちょうどいい機会と思う事にしますよ」
魔狼にエサをやりながら、冒険者の一人が
達観したように話す。
ちなみに、大人の魔狼の担当者は全員男だ。
これは魔狼側からも要望があり、出来れば
若いオスがいいと言われて選抜したのだが、
これに関しては、大人のオスがほぼ全滅
している状態で……
生存戦略として選んだものだと思っていた。
魔狼の彼女たちの本当の真意を知るのは―――
ずっと後の事になる。
数日後・夕食時―――
「護衛、ですか?」
「おう」
冒険者ギルド・支部長室―――
ではなく宿屋『クラン』の食堂で、私は家族と
一緒に、ジャンさんから話を聞いていた。
「例のマウンテン・ベアー、な。
アレの毛皮と頭を王都まで運ぶ」
骨はパックさん夫妻が、肉や可食部は町で
すっかり消費され―――
毛皮は王都で貴族たちのオークションに
かけられる事が決まった。
頭部は骨を抜かしてマスクみたいに加工され、
それがオークションの目玉になるとの事だ。
その王都までの運搬の警護を、私および
ギルドメンバーに……
との事らしいのだが。
「でも、いくら高額な商品とはいえ……
シンが必要なほどですか?」
「ジャイアント・ボーアやワイバーンは、
シンがいなくても普通に運べたであろう?」
「ピュ~?」
家族が疑問を口にすると、ギルド長は私の後ろを
指差し、それに誘導されて振り返る。
「いやーウィンベル王国は食事が美味しい!
人生とは本当にわからないものですね。
まさか捕虜になってこんな味や生活に
出会うとは」
「お気持ちはわかりますが……
少々気が緩んでいるのではありませんか?」
自分たちから少し離れた席に、ナルガ辺境伯様と
その部下2人がおり、
「そんな事はありません!
私たちにはここの優れた戦闘方法や技術、料理、
素材を本国へ持ち帰る使命があるのです!
というわけでおかわり!」
「その本国から、返還交渉は終わったので早く
帰ってきて欲しいとの要請が、ナルガ様に
来ておるのじゃが……
ワシもそろそろ女房子供の顔が見たいですし」
実際、彼らが王都に移送されてから、それなりに
期間は経っているはずで―――
この町にも一ヶ月になるかならないか、くらいは
滞在していた。
「それは仕方がありません!
ここのごはんが! お風呂が! トイレが!
素晴らしいのが悪いのです!」
「ですから、各種穀物や料理のレシピ、
娯楽や下水道の設計図に至るまで、
本国に先行して送付済みですので」
「いーやーだー!!
まだ私はここにいるのー!!」
まるで子供のように駄々をこねる彼女に、
ミハエルさんとゲルトさんは困惑した表情を
浮かべる事しか出来ないようだった。
「……アレの移送も頼まれていてな。
もうとっくに返還交渉が終わっているのに、
『何で返さないんだ?』って事になりかねん。
下手すりゃ国際問題だ」
「なるほど……
馬車に押し込むだけでも大変そうな
気がしますね……」
帰りたいならともかく、帰りたくない捕虜と
いうのはどうなのかと思うが―――
「少し前からあんな感じなんだよ。
確かに、ここの居心地の良さに慣れちまったら
そりゃねえ」
クレアージュさんが飲み物を置きながら話す。
「ギルド長が私をここに連れてきたのは、
アレを見せるためですか」
「直接見てもらった方が早いと思ってな。
それで護衛、頼めるか?」
と、そこで妻2人が身を乗り出してきて、
「まあまあ、ギルド長。
ここは私たちに任せてみない?」
「見たところ、帰国を拒否しているのは彼女
一人のようじゃし、女同士の方がうまく
説得出来るかも知れぬて」
メルとアルテリーゼ、2人の思わぬ提案に、
私とギルド長は顔を見合わせる。
「いやしかしなあ……
いくら同じ女性って言っても」
腕組みしながら眉間にシワを作るジャンさんに、
私は片手を上げて、
「でもですね、確かカルベルクさんのギルドに
行った時―――
なぜかそこの次期ギルド長のエクセさんが、
ミリアさんに絡んできた事があったんですよ。
それでちょっといろいろあったんですけど……
その時うまく事を収めたのが2人なんです」
「う~ん……」
私の話を聞いても、上を向きながらうなる彼に、
「それに今回は別にトラブルというわけでも
ありませんし―――
戦うわけでもなし、話くらいなら任せても
いいのでは」
するとジャンさんは視線を正面に戻した後、
メルとアルテリーゼに顔を向けて、
「―――わかった。
女にしかわからない事ってのもあるだろうし、
ここはひとつ、頼むぜ」
こうして、ナルガ辺境伯様の『説得』は―――
メルとアルテリーゼに任される事になった。
明けて翌日……
「いらっしゃーい!
これで全員揃ったわね♪」
「では我らは大浴場に行ってくるからのう」
例のチエゴ国の3人と―――
パックさん夫妻、レイド君とミリアさん……
ここまでは関係者として、ならばわかるのだが、
なぜかクラウディオさんとオリガさん、そして
ギル君とルーチェさんが自宅に招かれ、
『湯につかって話す』『その方がリラックスする』
という理由で、男性陣は応接室に残された。
(※ラッチは例によって孤児院預かり)
「ええと……
辺境伯様はなぜここへ?」
「いや、本国への帰還を説得してくれると
伺ってはおるのじゃが」
彼女の部下2人が不安そうに聞いてくるも、
「いや、私も詳しい事は。
ただ女性同士の方が、説得もしやすい
だろうと、妻2人が提案しくれたので。
とにかく―――
今は待ちましょう」
取り敢えず飲み物と軽食を出して、
彼女たちの帰りを待つ事になった。
一方その頃、大浴場の方では……
「おお、広いですね。
これが個人の邸宅で用意出来るとは」
「我がドラゴンの姿でも湯につかれるよう、
シンが特別にしつらえてくれた風呂だからな」
「わたくしの家にもありますよぉ~♪
パック君が考えてくれたんです」
ナルガ辺境伯が感想を漏らし、それに対して
ドラゴンの人妻2名が自慢気に返す。
「そういえばミリ姉。
何でわたしまで呼ばれたの?」
「んー……
まあそろそろ、あなたにも無関係な
話じゃないと思って」
ミリアの答えに首を傾げるルーチェ。
オリガも同様の疑問を持っていたようで、
「私も、クラウと一緒に来るようにと
言われたのだが……」
それを見てメルがパンパン、手を叩き、
「とにかく入りましょう!
話はそれからです」
それが合図であるかのように、全員が軽く
体を一通り洗った後―――
次々と足を湯に入れていった。
3分もすると温まってきたのか、軽口が
誰からともなく飛び出す。
「ああ、いいですねえ……
この町にも浴場があるとは聞いていたのですが、
そちらには入る機会が無く……」
「一応、捕虜の身ですからね。
ギルド職員用のお風呂しか許可出来ず、
すいません」
セシリアとミリアのやり取りに、ルーチェが
入ってきて、
「そういう事情があったんですか。
孤児院にも比較的広いお風呂がありますけど、
ここや大浴場とは比べものになりませんし……
はぁあ、何というゼイタク……♪」
「聞けば、ここでの料理や施設は全てシン殿が
発案、もしくは関わっているとか―――
正直、うらやましい限りです。
町を丸ごと国に持ち帰りたいくらい……」
セシリアが顔半分まで沈んで湯を堪能し、
「それわかりますぅ~。
女性としては、ここでの生活を覚えたら、
他では満足出来ません~」
オリガが同調して一緒に沈み始めたところ、
他の女性陣に動きがあった。
メルとミリア、アルテリーゼとシャンタルが
隣り同士、そして4人一組となり―――
セシリア・オリガ・ルーチェの対面に位置取る。
「えーと……」
「どうしたのですか、みなさん?」
「何か今日のミリ姉、おかしくない?」
いつの間にか4対3の構図になった事で、
3人は疑問を口にする。
「確かに、風呂も食事もトイレも―――
この町の魅力には相違あるまい」
「でも、それは表面上だけの事……!」
ドラゴン2人がまず、ニヤリと笑いながら
口を開き、
「この町の……
いえ、シンさんの本当の『真価』はそこでは
ありません……!」
「それを教えて差し上げましょう」
ミリアとメルも続き、それに対しセシリアと
オリガ、ルーチェは唾を飲み込む。
「『真価』……ですか」
「ま、まだ何かあるんですか?」
「また何か作るとか」
耳に神経を集中させる3人を前に、
メルはアゴに人差し指を当てて、
「んー、でもその前に確認。
ルーチェちゃんのお相手はギル君で、
オリガさんのお相手はクラウディオさんで
確定しているからいいとして……
セシリア様は、あのミハエルさんが
本命なんだよね?」
突然の指摘に、相手を確定された2人は顔面を
水面に突っ込み、セシリアは慌てふためく。
「んななななっ!?」
「いえ、クラウとはまだ先の話でっ!?」
「そそ、それは……!
確かにミハエルとは幼き頃よりの主従で、
でもそれは兄と妹のような関係であって……!」
否定とも肯定とも取れない事を彼女は答えるが、
すぐに気を取り直して、
「で、ですがその質問―――
シン殿の『真価』に何か関係が
あるのですか?」
その質問に4人はクスクスと、嘲笑ではなく
何か企んでいるような笑みを浮かべ、
「重要ではあるな」
「恋人未満、の関係であれば余計に」
アルテリーゼとシャンタルの後に、
今度はミリアが片手を上げて、
「アタシからも質問があるんですけど―――
ミハエルさんやクラウディオさん、
ギルちゃんに……
他の女の影ってあります?」
セシリア・オリガ・ルーチェは互いに視線を
交わした後、
「女にもてない、というわけではないで
しょうが……
そもそも武技一筋にかけてきた者。
今さら彼女を作ろうとは思わないのでは
ないでしょうか……」
「わ、私とクラウは一緒にギルドの依頼を
こなしているわけですから、女を作る
時間は無いかと」
「ギルはもともとあんなだし、
相手にする女ってわたしくらいしかいないと
思うんだけどなー」
するとミリアは波しぶきを立てながら、
一瞬で彼女たちの前に移動すると、
その両手で3人の中心にいたセシリアの
肩をつかみ、
「―――甘いっ!!!
その考えは激甘っ!!
シンさんが作る極上のデザートより
甘過ぎる!!」
あまりの剣幕に3人が固まる中、
彼女はさらに続け、
「いいですか!?
『どうせすでに自分のモノだし』とか、
『彼が裏切るはずがない』とか、
『自分以外と恋人になるはずがない』という
甘い考えは一切捨ててください!!
そんな妄想は恋敵に対して何の
役にも立たないっ!!」
それを後ろで見ていたシンの妻2人と
パックの妻は小声で
「(……何かあったのか? ミリア殿は)」
「(あー、ブリガン伯爵領でちょっとのう)」
「(レイドさん取ろうとする相手が出てきてね。
かなりの強敵だった。
そりゃ経験者として熱もこもるってモンよ)」
(■第44話
はじめての ぶりがんはくしゃくりょう参照)
そして一息ついたミリアは、セシリアとルーチェの
肩から手を放すと、
「……まずは、『自分のモノにする』方法……
それで終わりではありません。
次に『自分から離れられなくする』方法を
学びましょう……!
ではメル先生、アルテリーゼ先生。
お願いします……!!」
ミリアの言葉に、2人がゆっくりと湯舟から
立ち上がり……
こうして―――
とある『授業』がスタートした。
「シン、お待たせー」
「少し長湯だったかのう?」
1時間ほどして―――
メルとアルテリーゼが応接室へと戻ってきた。
続けてシャンタルさんと、後ろに3人……
「ナルガ様?
どうされましたか?」
主人の顔を確認すると、まずミハエルさんが
声をかけ、
「ルーチェ、どうしたんだ?
顔が赤いぞ」
「オリガもだ。
耳まで真っ赤だが、大丈夫か?」
長湯につかってのぼせたのか、顔が紅潮した
辺境伯様とルーチェさん、オリガさんの3人が
そこにいた。
「ミッ、ミハエル!!」
「は、はい!」
主人からいきなり名指しされた彼は、
飛び上がるように立ち上がる。
「……と、ゲ、ゲルトも―――
帰りますよ。
急ぎ、チエゴ国へ帰国する準備を
お願いします!」
その発言に、部下である2人は一瞬目を丸く
したが、すぐに姿勢を正し、
「わかりました、すぐに!」
「し、しかし……その……
急ですな」
メルとアルテリーゼが説得するという話は、
予め聞いていたはずなのだが―――
あっさりと辺境伯様が方針転換した事に対して、
戸惑っているようだ。
「まあ、一応捕虜の身であるし……
ここでは出来ない事も、あると思います、から」
何か微妙に歯切れが悪いな―――
と思っていると、今度はルーチェさんがギル君に
近付いて、手をガッシリとつかむ。
「な、なんだよルーチェ?」
「わ、わたしたちも帰りましょう。
えっと……今日は、外の宿屋で」
「お前、やっぱり熱でもあるんじゃ……
わわっ」
座っていたギル君を、ルーチェさんが
引っ張って立たせる。
「じゃあパック君、わたくしたちも……
ちょうど『新技』も覚えたし」
「『新技』って何?」
次いでシャンタルさんがパックさんを、
「ホラ、レイドも!
時間がもったいないから、さっさと帰るわよ」
「いや別に、今日は別に仕事もそんなに……
あいたたた! わかったッスから!」
レイド君はミリアさんに耳を引っ張られ―――
「……は、早く宿に戻って休みましょう。
クラウ」
「オ、オリガ。本当に大丈夫か?」
「こ、これくらい平気だから!
さあ行きましょう!」
オリガさんはクラウディオさんの腕にしがみつく
ようにして―――
こうして、女性陣に連行されるようにして男性陣が
それぞれ帰っていった。
「えっと……お疲れ様?
ところで、ナルガ辺境伯様はともかく―――
他の4人はどうしたの?」
妻2人に質問すると、ニコっと微笑み、
「あの3人には別に何も話してないけど?
ミリアさんには、ギルド職員としてちょっと
協力してもらったけど」
「『説得』したのはあくまでもあの、
チエゴ国からの客人だけだからのう。
まあ、その『説得』が聞こえていたかも
知れぬが」
うーむ、よくわからないけど……
ともかく辺境伯様は説得出来たようなので、
それで良しとするか。
「そういえば、ミリアさんやレイド君、
パックさん夫妻は関係者だからわかるけど、
どうしてギル君やルーチェさん、
クラウディオさんとオリガさんを?」
するとメルとアルテリーゼはフフン、と
鼻を鳴らし、
「まあ、女性同士でもいろいろな人がいた方が
説得しやすいと思ってねー」
「ルーチェ殿は年下であるし、オリガ殿は同じ
貴族として意見を求めようと思ったのじゃ。
ギル殿やクラウディオ殿はパートナーで
あるし、付き添いじゃな」
そういうものなのかな。
でも説得は成功したようだし、終わり良ければ
全て良し、か。
こうして、課題は無事? 解決し……
チエゴ国3人の返還とその護送の日を
待つ事になった。
「あとは王都まで一本道ですか」
「何とはなく懐かしいのう。
しかし、やはり馬車でも結構かかるもの
なんじゃな」
「本来は4日かかると言われておりますが、
馬車3台での移動ですからね。
高速の特製馬車を用意したとの事ですが、
それでもかかる日数は違わないかと」
あれから2日後、ナルガ辺境伯様、
ミハエルさん、ゲルトさんの護送のため、
彼らと私、そして妻2人を乗せた馬車は
町を出発した。
今回はラッチも同行している。
途中、まずはドーン伯爵様の屋敷で
一泊し―――
今は走行中の馬車の中で、ミハエルさん、
ゲルトさんと雑談を交わしていた。
「ピュー♪ ピュー♪」
「こら、ラッチ!
馬車の中では大人しくしてなさい」
今回は留守番ではない事が嬉しかったのか、
揺れる車内で義理の子供が飛び回る。
ちなみにゲルトさんに一度、魔狼や動物と
意思疎通が出来るのならと……
ラッチとの通訳を頼んでみた事があるが、
『わかる事はわかるのじゃが……
まだまだ子供、単純な言葉か単語―――
あとはせいぜい、機嫌がいいか悪いかくらい
じゃなあ』
と返され、本当にまだ幼児なんだなと再認識した
だけだった。
「それはそうと……
『また』この編成なんですかね。
出来ればナルガ辺境伯様と同じ馬車に
同乗したかったのですが」
「も、申し訳ありません。
女性は女性だけで乗るから、と妻たちが
言い出して……」
「それはセシリア様も認めておるから……
しかし、ずいぶんと仲良くなったものじゃ」
3台の馬車の振り分けとして―――
1台はマウンテン・ベアー専用の運搬となり、
残り2台に分乗する事になったのだが、
なぜか妻2人とセシリア様が、女性用と男性用に
分けると言い出し―――
今の状況となったのである。
(ラッチはまだ性別がわからないのでノーカン)
「しかし、あちらも特に問題はありますまい。
何せ―――」
「ドラゴン付きじゃからのう。
豪華な護衛じゃて♪
……む……!?」
軽口での会話を楽しんでいると、不意に
ゲルトさんの目の色が変わる。
「ゲルト、どうかしたのか?」
ミハエルさんの問いに、彼は鼻をヒクヒクと
動かしながら、
「気を付けるんじゃ!
妙な匂いが……!!
人族が複数、そして金属の匂いも……!」
「!? これは……
麻痺魔法、いや誘眠か!?
いつの間に……!」
2人が武器に手を伸ばす中、私は馬車の中で
まずフラフラとし始めたラッチを抱きかかえる。
「あの、何らかの魔法攻撃を受けているという
事でしょうか?」
「ああ、間違い無い!
特殊系の魔法だ!
非致死性だがかなり広範囲のもの―――
このままでは馬車もろとも……!」
ミハエルさんの指摘通り、馬車の速度は
みるみるうちに落ちていく。
(それならやりようはある。
取り敢えず、この馬車内だけでも―――)
魔法でなくても―――
即効性のガスや液体で人が即座に意識を失う。
よくある演出だ。
だが現実には……
そのような強力な効き目の薬は存在しない。
また人によっても効き目が異なる。
例えば毒薬といえば青酸カリが有名だが―――
自殺目的で用い、致死量の8倍以上飲んでも、
死ぬ事が出来なかった人がいたほどだ。
軍や治安部隊が鎮静用として使う薬なら、一応
強力な物はあるだろうが……
それも直接注射で人体に打ち込むくらい
しなければ、即効で人を倒す事は不可能。
ましてや魔法なんて―――
「『抵抗魔法』を使ってみます。
それと、馬車が止まっても大人しくしていて
ください」
そして、麻痺や睡眠の魔法など
・・・・・
あり得ない、
この馬車の中限定で……
そう私が小声で言った途端、
「っ!!」
「こ、これは……!!」
「……ピュ?」
2人と、ラッチの顔に生気が戻る。
私は口に人差し指をあてて、しー、と
ラッチに注意を促す。
やがて馬車が完全に停止し……
「(……ゲルトさん、周囲はどうですか?)」
「(様子を伺っておるのか、まだ遠巻きに
している感じじゃな。
人数は10人前後といったところか)」
「(その程度の人数で我々を襲撃とは
舐めれらたものだ。
それとも目的は我々ではないのか?
マウンテン・ベアーが狙いか……?)」
もちろん、ここで議論したところでわかる
はずもなく、私はある提案をしてみる。
「(ちょっと私だけで外で『演技』して
来ますから……
私が合図したら出てきてください)」
そこで私だけ馬車から出て、女性陣の馬車の
様子や、周囲を探る事にした。
「……!」
馬車から降りると、馬が地面に足を折りたたんで
座り―――その横で御者の人が寝息を立てていた。
私はいかにも『わーたいへんだー』という感じで
メルとアルテリーゼ、セシリア様の乗った馬車に
向かい、中をのぞくと
「(おう、シン。
我らは無事じゃぞ?)」
「(セシリア様は眠っちゃったけどねー。
で、これからどうする?)」
と、小声で返してきた。
2人の話によると、異常には気付いたが、
私が何の行動も起こさないので何か考えが
あるのだろうと―――
息をひそめて待機していたのだという。
そこで私はひとまずセシリア様を『起こし』、
「ん……
はっ!? な、何が?」
「(落ち着いてください。
どうやら襲撃されているようです。
ミハエルさんもゲルトさんも無事です。
そこで……)」
意識を取り戻した彼女も含め、3人に
『わーじぶんいがいみんなねちゃった
どうしよう』作戦をすると告げ、合図が
あったら動いてくれと頼み……
引き続き待機してもらう事にした。
そうしてわざと馬車の周囲で、大げさに
慌てふためいて見せる事3分ほどで―――
『彼ら』は姿を現した。
「オイ!
オッサン1人だけ効いてねーじゃねえか」
「知らねぇよ。
ここで殺せば同じ事だろ?」
「ヘッ、運がいいんだか悪ぃんだか」
いかにも野盗、という集団に遭うのは
この世界に来て二度目だが……
魔法でまず無力化を試みた事といい、
最初から殺害目的っぽい事といい……
どこか違和感を覚える。
「……あなた達は何者ですか?
マウンテン・ベアーが狙いですか?
それともチエゴ国の捕虜を?」
「どーでもいいだろうが。
どうせすぐ死ぬんだからよぉ」
私はホールド・アップのように両手を上げて、
「いやいや……
死ぬ前に、何で殺されるのかくらいは
教えてくれたっていいでしょう」
「うるせぇな!
女なら生かしてやってもいいが、何で
オッサンの話し相手なんかしなくちゃ
ならねえんだ!
これ以上ごちゃごちゃ抜かすと、
長く苦しめながら殺すぞ!」
うーん……
という事は問答無用で殺害する事が
目的ではない?
しかし、これ以上の情報収集は難しそうだ。
私が深くため息をつくと、
「やっと諦めたかぁ?
往生際が悪ぃんだよ、オッサン」
「ええ、諦めましたよ。
このままこれ以上、何か聞き出せるとは
思えませんし……
という事で、お願いしますー♪」
その私の言葉を待っていたとばかりに―――
一方の馬車から、メルとアルテリーゼ、
セシリアさんが……
もう一方の馬車からミハエルさんとゲルトさんが
降りてきて……
―――そして野盗たちに取って地獄が現れた。
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