テラーノベル
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「おはよう。」
「おはよ。」
「おはよ〜。」
三人一緒に寝ていると、誰かの(大体涼ちゃんの)アラームで一緒に起きる。
今日も涼ちゃんのアラーム音で三人一緒に目を覚ました。
外はすっかり冬の空気で、まだ太陽も登りきっておらず、部屋の中はほんのり薄暗い。
光が足りないと、なかなか頭が働かなくて、ぼくは思わず、ぬくもりの残る布団の中にもぞもぞと潜り込んでしまった。
枕元のリモコンを手に取った涼ちゃんが、ピッとボタンを押す。
ブォーッという音と一緒に、エアコンからやわらかな温風が流れ始めた。
やっぱり、涼ちゃんも若井も寒いのは苦手みたいで、誰もまだ布団から出ようとしない。
ぬくもりに包まれたまま、ぼくは頭だけ布団から出して、隣の二人にぽつりと話しかけた。
「若井、レポート終わった?」
「うーん、あと二割くらいかな。元貴は?」
「…あと四割。」
「まじ?それ終わる?」
「やめて…朝から絶望させないで。」
布団に包まれたままの会話。
ぬくぬくした空気の中で現実を突きつけられるのは、なかなか堪える。
「涼ちゃんは?卒論の準備とかあるから大変じゃない?」
「うん。あと、言ってなかったんだけど…僕、大学院に進もうと思ってさぁ。」
「「え?!そうなの?!」」
声がそろったのが可笑しくて、布団の中で三人とも笑い出した。
「全然知らなかった…!」
「うん、ちゃんと話すタイミングがなくて。ごめんね。」
涼ちゃんは、布団の中で照れたように笑いながらそう言った。
「すごいね、ちゃんと将来のこと考えててさ。」
若井がそう言うと、涼ちゃんはそんな事ないよと言って、今度は苦笑いをした。
「正直、やりたい事が見つからなくてさ…このままどこかに就職…って言うのもなんか違う気がして。だから、ある意味逃げ…みたいな感じな気もするんだけどねぇ。」
涼ちゃんはそう言うけど、やっぱりちゃんと将来の事を考え行動に移している涼ちゃんは、ぼくからしたらとても大人に見えて…
ほんの少しだけ、距離を感じてしまった。
「…涼ちゃん、遠くに行ったりはしないよね?」
ぽつりと呟いたその言葉に、涼ちゃんは驚いた顔をしてから、ふっと笑った。
「行かないよ。ちゃんとここで、頑張るつもりだから。」
「…そっか。よかった。」
そのやり取りを聞いていた若井が、くすっと笑った。
「なにそれ。なんか告白みたいじゃん。」
「ばっ…!ちがっ…!」
「照れてるー!」
「うるさいっ!」
わちゃわちゃと騒ぐ朝の布団の中。
まだ太陽は完全に登っていないのに、部屋の中だけはもうすっかり明るくなっていた。
・・・
「「「いただきまーすっ。」」」
温かくなった部屋で涼ちゃんが作ってくれた朝食を食べていく。
「涼ちゃん今日、何限から?」
「今日は三限からだけど、先生と進学の相談するから二人と一緒に家出るよ〜。」
「そっかあ、大変だね。」
「まぁ、ほんとに大変なのはこれからだけどね。卒論に進学の勉強に…やらなきゃいけない事だらけだよ。」
涼ちゃんはそう言いながら、いつもの調子でスクランブルエッグにケチャップをかけている。
その何気ない仕草が、妙に頼もしく見えた。
「ぼくなんて、レポート終わる気配すらないのに…。」
ぼくが小さくぼやくと、涼ちゃんが笑いながら持ってたケチャップを差し出してきた。
「ご飯食べたらやる気出るよ!」
「…うん、頑張る。」
そんな些細なやりとりが、妙に心に沁みた朝だった。
テーブルの上には、スクランブルエッグとトースト、そして三人分のマグカップ。
どこか、当たり前でいて、当たり前じゃないこの空間。
こうして笑い合っていられる日々が、あとどれくらい続くだろう。
ふと、そんなことが頭をよぎって、思わずスクランブルエッグを掬ったフォークを止めた。
「…元貴、どうかした?」
不意に涼ちゃんが覗き込んでくる。
「ううん、なんでもないよ。」
ぼくはそう言って、湯気がのぼるスープをひとくち飲んだ。
ちょっとしょっぱくて、でも、温かくてやけに優しかった。
・・・
「今日の小テスト大丈夫かな…。」
大学へ向かう途中。
ぼくがぽつりと呟くと、隣を歩いていた若井がすかさず返してくる。
「おれは来週のプレゼンの方が心配…。」
「だよね…。あの先生、厳しいし。」
そう言いながら、ぼくは吐いた白い息を眺める。
朝の空気は冷たくて、でも三人で並んで歩いているせいか、どこかぬくもりがあった。
「二人とも真面目だねぇ〜。」
そう言って、涼ちゃんがちょっと笑いながら前を歩く。
「僕が1年生の時なんて、この時期は冬休みの事で頭がいっぱいだったのに。」
「えー、涼ちゃんが?信じらんない。」
「今はすっかり“進学の鬼”だもんね。」
若井がそう茶化すと、涼ちゃんは苦笑いしながら肩をすくめた。
「だってさ〜、時間って思ったより全然足りないんだよ。授業終わって、課題やって、進学準備して…その合間に元貴と若井に振り回されて……」
「おいこら。」
若井が軽く笑いながら肩を小突くと、涼ちゃんが『いてっ』と言って笑った。
ぼくもつられて笑ってしまう。
こんな風に二人と他愛もない話をしながら歩く時間が、やっぱりぼくは大好きだと思った。
・・・
「だあー!疲れたあー!」
「小テストどうだったぁ?」
「…聞かないで。」
「そう?終わったあと、チラッと見えたけどちゃんと書いてたじゃん。」
「いやー、とりあえず全欄埋めはしたけどさー…。」
「なら大丈夫だよ!何とかなるってぇ。」
お昼休み。
いつも通りぼく達は食堂に来ている。
12月に入り、冬限定のメニューが出始め、ぼく達はさっそくそれらを頼んだ。
「元貴のミネストローネスープパスタ、ひとくち頂戴!」
「いいよー。」
「あ、涼ちゃんのクリームシチューも!」
「いいけど、若井っていっつもひとくち頂戴って言ってくるよねぇ。」
「だって、人が食べてるのって美味しそうなんだもん!」
「若井の鍋焼きうどんも美味しそうじゃん。」
「美味いよ!食べる?」
「うん!食べるー!」
「僕も〜。」
三人でスプーンや箸を持って、お互いのトレイを行き来しながら味見し合う。
「ん〜、あったまるぅ〜〜!」
「ミネストローネ、トマトの酸味ちょうどいいね!」
「冬の鍋焼きうどんって、なんか美味しいよね。」
食べるたびにいちいち感想を言い合って、気付いたら、ちょっとした試食会みたいになっている。
賑やかな食堂でも、一際賑やかなぼく達の昼休みは、楽しそうな笑い声と共に、あっという間に過ぎていった。
・・・
午後の講義が終わった後は、ぼくと若井は図書室に直行。
グループ席に行くと、既に涼ちゃんは来ていて、真剣な顔でPCに向かっていた。
「お疲れえー。」
少しだけ周りを気にしつつ、小声でそう話し掛けると、涼ちゃんは顔を上げてにこっと笑い『お疲れ様〜。』と返してくれた。
涼ちゃんが取っておいてくれた席にぼくも若井も腰を下ろすと、さっそくレポートの作成に取り掛かった。
カタカタと、控えめなタイピング音が机の上で響く。
時折、ページをめくる音や、誰かが椅子を引く音が小さく混ざるけれど、それ以外は静かで、集中するにはもってこいの空間。
若井はと言えば、早速うーんと唸りながらノートを広げていて、たまにぼくの方を覗き込んでは、『ねぇ、これでいいと思う?』と囁くように訊いてくる。
涼ちゃんはそんな若井の声を聞きながらも、自分のペースを乱さず、PCの画面とにらめっこ。
でも、時々ぼくらが詰まって黙り込むと、タイミングを見てそっとヒントをくれる。
「ここ、講義資料の三ページ目のグラフ使えるかも。」
小声だけど、優しい声でそう言ってくれるのが、なんだか嬉しかった。
「ありがとう、助かる…!」
「さすが涼ちゃんっ。」
ぼくらが口々にそう言うと、涼ちゃんはちょっと照れたように笑って『頑張って〜』なんて言ってくれる。
それぞれのペースで、でも同じ時間を共有して、一緒に頑張ってる感じが心地よかった。
今日は、閉館ギリギリまで粘り、三人とも、何とか目標としてる所まで終わらせる事が出来て、ちょっとした達成感を感じながら、外に出た。
冷たい夜の空気が一気に肌に触れる。
「うわっ、寒っ…!」
若井が肩をすくめると、ぼくも思わず首をすぼめた。
「でも、なんか気持ちよくない? 一日頑張った後のこの冷たい空気ってさ。」
ぼくがそう言うと、涼ちゃんが小さく笑って、『うん、分かるかも』と頷いた。
吐く息が白くなって、それが三人分、並んで空に浮かぶのがちょっと可笑しかった。
「ねぇ、今日の夜、お鍋にしない?」
ふとぼくが言うと…
「賛成ー!」
若井が即答。
「いいねぇ。じゃあスーパー寄ってから帰ろ〜。」
涼ちゃんがにっこり笑って、自然に歩く方向を変えた。
「何鍋にする〜?」
「キムチ鍋ー!」
「おお、あったまるやつだ!」
駅前の街灯が照らす道を、三人でわいわいと話しながら歩いていく。
『お腹減ったー!』と若井が叫べば、
『ぼくもー!』とぼくも続け、
『じゃあ、お買い物して早く帰ろ〜。』
涼ちゃんが穏やかに締めくくる。
寒空の下でも、三人で並んで歩くと、なんだか心までぽかぽかしてくる。
今夜も、にぎやかで温かい食卓になりそうだ。
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